20話.思惟は巡る1
(きっと父上はヴァルツの事を喜ぶだろうな)
そうアルルヤースは感じていた。
(もし僕も軍に入隊すると言ったら、もっと喜ぶかな。でも……)
アルルヤースには一つだけ掲げている目標があった。
『No.1よりOnly.1』
父や母は決して自分達兄弟の比較をしなかったが、エスパニルでも指折りの商会長という父の立場が、或いは富裕な家庭に育ったという羨望の眼差しが、街の人々や父の仕事仲間にそれをさせた。
挨拶や礼儀作法、家の手伝い、剣術や馬術、学問、果ては休日の過ごし方や趣味嗜好といったプライベートまでもが彼らの目の比較対象となり、ことあるごとに一言、「ヴァルツ兄さんを見習わなきゃ」だったり「ヴァルツと比べ……」だったり言われ続けていた。
それにもう辟易してたのだ。
僕は僕だ!
兄と比べどうなのかじゃなく、もっと“僕”を見てくれよっ!
そんな思いがいつしか彼を、Only.1を目指す気持ちに傾けた。
もし自分も軍に入ったら……きっと兄ヴァルツとの比較の目でずっと見続けられる事だろう。それだけはどうしても嫌だ。
でもここで軍に行くのを拒むと、まるで兄には敵わないからと、そこから逃げたみたいに思われてしまう。それはプライドが許さない。
例え他の道を歩むにしても、剣術で兄に一泡吹かせたい、そう強く考えていた。
(でも、このままじゃ分が悪い。これじゃあ何度対戦しても、あの兄の事だ、きっと同じパターンに持ち込んでくる)
一人暫く部屋で考え込んでいたアルルヤース。
だがどうにも思考がまとまらない。
兄との対戦の事も、自分の将来の事も、モヤモヤは膨れるばかりである。
これではいけないとカイマンに助言を乞おうと部屋を出た。
すると廊下の向こうに、後ろ姿でなぜか棒立ちの兄ヴァルツが居た。
「どうしたんだい? 兄さん」
しかし、返事が無い。
近くへ寄ると小さな黒い影がサッと走り抜けどこか部屋へと消えていった。
(ん? ネズミかな……)
ポンと肩に手を置くと、漸くヴァルツは「あ、あぁ……」と漸く弟に気付いた。
「……ところでアルル、将来なりたい事とかあるのか?」
「実はさー、その事で部屋で一人考えていたのだけれどね。特にコレっていうのは無くてさー」
「お前……“商人”になるつもりはないのか?」
「え? それって父上の後を継ぐって事かい?」
「いや、そうじゃあない。父上は父上でこのままエランツォ商会を引っ張って、お前はお前で別の商会を建ち上げるって事さ」
アルルヤースは目をぱちくりとさせた。
エスパニル三大商会と謳われたエランツォ商会の長の息子にあって、わざわざその後を継がずに別の商会を建ち上げるだって?!
考えもしなかった。
今までは、もし商人を目指したら今度は比較の対象が兄から父に代わるだけだと思っていた。そんな事はまっぴらごめんだったのだ。
ところが、その兄のセリフにアルルヤースは衝撃を覚えた。
「俺は商売の事はあまり良く分からないが……ほら、お前、良く口癖で言ってるだろう? 『No.1よりOnly.1』だって。それだよ。アルルなら自分で商会作ってOnly.1になれるんじゃないかって思ってな」
ヴァルツは弟アルルヤースの事を、(実はこいつ、商売が上手いのでは……)と本心から思っていた。
それは剣の稽古をしている時に見られる駆け引きの鋭さや、何より普段のお使いで、品によって値引きを求め、それが店側もちゃんと納得して応じるもんだから、しばしば驚かされる事があったのだ。
こいつは人の心を読んだり、物の価値を正しく見据える眼に長けている、常々そうヴァルツはアルルヤースの事を見ていたのだ。
これがアルルヤースの琴線に触れた。
これまで彼は比較されるのが嫌でそれを避けるところがあった。
今だってそうだ、それで悩んでいた。
だけども兄の提案は逆転の発想に聞こえた。
もし誰からも、父と比較される仕事に敢えて挑み、父の商会とは全く比較出来ない点で優れた商才を発揮したならば、それは互いにNo.1を競う事にはならない上に、Only.1をより際立たせる結果になるのではないか……と。
何よりアルルヤース自身、商売が向いているかもと思うところはあったのだ。
しかし、驚いたのは兄ヴァルツも自分が商人に向いているのではと考えてくれていた事。しかも、父の跡継ぎを心配してではどうやら無いらしい。
そういえば、父の商会の跡継ぎを長男であるヴァルツ兄はどう思っているのだろうか?
普通は長男が父の仕事を引き継ぐものだ。なぜか父は僕らに後を継がせようとはしてないけれど、長男としてその辺、どう思っているのだろう。
「ヴァルツ兄は……父の後を継ごうと考えた事は無いのかい?」
その問いに兄ヴァルツは鼻でフッと笑って答えた。
「俺にはなー、残念ながら商人になれない致命的な欠点がある。だから父上もせめて国王軍に入れようって躍起になったのさ」
「どういう事?」
「実はなぁ……」
ヴァルツは辺りをキョロキョロとして「絶対にカタリーナには内緒だからな」と語気を強め念入りに言う。
「俺は……ネズミがダメなんだ」
「え?!」
「……あれは俺がまだ幼い頃、そうカタリーナが生まれて間もない時だった」
ヴァルツは、静かに語り出す。その顔はどこか寂しげでもあった。
(続く)
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