エピソード.二人の兄
19話.ヴァルツとアルルヤース
私にとって、兄達とは……。
そう……かけがえのない存在。
思えば二人の兄達からは大きな影響を受けてきた。
そしてそれはゆくゆく、彼等の人生を揺さぶる運命へとも繋がっていく。
結局、兄達は私の運命を型作り、彼ら自身の運命も築いていたって思えるの。
だから今回は少し、若き日の兄達についても見てみようかしら。
……まぁ、私の事どう思ってたかについちゃ、嫌な予感しかしないんだけどね。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
その日、エランツォ家の中庭はいつもと違う雰囲気が漂っていた。
対峙するヴァルツとアルルヤース。
剣は真剣、二人の表情はいつになく険しい。
何より、その二人を見守るカイマンの表情すら真剣そのものだ。
真剣を用いた地稽古。
二人はこれまで幾度となくそれを行ってきた、ある意味、慣れた稽古の一つ。
だが今回は全くそう感じさせない、“気”が張り詰めていた。
きっかけはヴァルツの一言、
「稽古を頼む――殺す気でな」
何を言い出すかと驚いたアルルヤースだが、ヴァルツの表情は真剣そのものだ。
兄は何か大切な事を覚悟している――そこまで悟り了承した。
互いに手の内は十分知っている。
その上での真剣勝負。
対戦のその日まで、どれ程の戦闘シミュレーションを繰り返していた事だろう。
それが物語る様に、今、対峙する二人の間には、自信と緊張、読みと覚悟が渦を巻いていた。
「始めいっ!」
気魄の籠ったカイマンの号令――遂に火蓋は切って落とされた。
「うおぉぉーーっ!」
開始早々、一気に間合いを詰め、斬りかかったヴァルツ。
その瞬発、気迫ゆえ、油断してなかったとは言え、遅れを取ったアルルヤース。
(くっ! 狙っていたな。なんとか僕の間合いに持ち込まないと……!)
長身を活かした中接戦を得意とするアルルヤース。
ヴァルツの得意とする近接戦を避けようと、サッと横に退きながら剣をスーッと振り上げる。
「させるかよっ!!」
ズザッ!
獲物を狙う肉食獣の如く、逃がさんとばかり退いた先に跳び掛かる。
迫りくるヴァルツ、アルルヤースは両足を大きく広げ腰を据え、その獅子奮迅の勢いを留めんと唐竹斬りに思いっきり剣を振り落とす。
「読んでるぜっ!」
アルルヤースの白銀直下の一刀に、猛虎が獲物に嚙みつくが如く、力一杯薙ぎ払うヴァルツ。
ヴァルツはその慣性の赴くままに体をくるりと一回転させ、勢いそのまま斬りかけた。
「うおぉらぁーーっ!」
しかしアルルヤースも読んでいた。
ヴァルツの薙ぎで弾かれたその力を利用して、自分も体をくるりと回転させシュタッと跳ねて距離を取る。
ビュオォン!
ヴァルツの回転斬りが、空を割く音を響かせる。
「やるじゃねぇか!」
態勢を整え、間髪入れずヴァルツはアルルヤースに跳び掛かる。
ヴァルツの速攻、これには理由があった。
弟アルルヤースは自分より、見上げる程、背が高い。
このリーチ差は馬鹿にならず、彼の間合いで勝負してそれを撥ね退ける程の技術や実力はまだ自分にはない――これまでの練習でヴァルツはそう感じていた。
いちかばちかのフェイントで、その初撃を殺し自分の間合いに持ち込む事は出来るかもしれない。
しかし、そんな頭脳戦はヴァルツの頭には、はなから無かったのだ。
(相手にフェイクかまして様子見て……なんてやり方は、らしくねぇだろうがよっ! 俺には!!)
頭脳戦は相手の土俵、ならばパワー、スピード、テクニック、それにスタミナとバランスよく高いパフォーマンスを備え発揮出来る自分には、相手に反撃の暇を与えぬ
追撃の袈裟斬りがアルルヤースを襲う。
ガキーン!
アルルヤースは剣を水平に、そしてなるべく高い位置でヴァルツの剣を受けた。
もちろん、その勢いを殺す為。
そして、狙いの鍔迫り合いへと持ち込む為だ。
その態勢に持ち込む事は、アルルヤースにとって一つの作戦だった。
近接戦を得意とするヴァルツが
「むぅ…… 」
鍔迫り合いの態勢から、アルルヤースがじりじりとヴァルツに圧をかけていく。
上背のあるアルルヤースは、自重を利用する事が出来た。
同じ条件では負ける力比べも、これなら勝てると踏んでいたのだ。
(よし! このまま押し倒してやる)
その時、思いも拠らない事が起きた。
なんとヴァルツが自ら、更に下へと沈んだのだ。
ヴァルツは、脇を締め足をばっと大きく広げていた。
(?!……チャ、チャンスだ!!)
アルルヤースは一気に圧し潰しにかかった。
互いの剣がカチンと再び触れたその瞬間……、
「うらぁぁぁーーっっ!!」
「なにーーっっ!?」
ドガッ!!
気付くとアルルヤースは豪快に吹っ飛ばされていた。
何をされたかは解る、が道理がいかない。
理解しようと思考をフルに巡らせる。
(僕は当て身を喰らった。同時に左足に何かが引っかかった。でもまさか……信じられない!?)
一応の納得に辿り着いたアルルヤース。
それに費やした時間など然程でもない。
だが地面に仰向けの姿勢で倒れ、素早く態勢を整えようとしたアルルヤースの目に映ったのは……、
胸にピタリ、剣を突き立てていたヴァルツの姿であった。
「それまでっ! 勝者ヴァルツ!」
アルルヤースはそのままの姿勢で空を眺め呟いた。
「はぁ~負けた~。強いな、ヴァル兄は。ところであの“当て身”なんだけど」
「あぁ、あれは今回俺が準備した秘密の技だ! まぁお前ならもう絡繰りが解ってるんじゃないか?」
やっぱり、とアルルヤースは納得した。
兄は今回の対戦に向け、鍔迫り合いの状況を想定しあの技を磨いていたのだ。
なぜならあれは、一朝一夕で身に付く技でない。
(簡単に言えば体当たり。しかしただの体当たりじゃあない。
全体重を瞬間的に、しかも助走無しに僅かな隙間でぶつける究極の体当たりだ。
強靭な足腰と体幹、体全体の筋力の瞬間的なON/OFF、スムーズな
心・技・体が揃って初めて為せる超高等体術だ)
上から潰そうとしたアルルヤースにはそれがカウンターで効いてしまった。
しかもアルルヤースの姿勢は足に踏ん張りが効き辛く、対してヴァルツは十分。
更に大きく広げたヴァルツの片足は、狙いすました様にアルルヤースの内股から足裏にかかっていたのである。
スッと手を差し伸べる兄ヴァルツ。
「これで覚悟を決めたぜ、アルル。俺は、エスパニル国王軍に入隊する」
「そうか」
とうとうヴァルツの覚悟の源が明かされ、点であったこれまでの兄の姿や言動が一つの線で繋がっていった。
(今回の敗因の一つは、僕の洞察力の欠如かな……)
「お前はどうする?」
兄の手をガシッと掴み立ち上がるアルルヤース。
体についた土埃をパッパッと払い、また空を見上げた。
「そうだなー……僕は。……もうちょっと考えるよ」
「そうか」
(続く)
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