4話.幻獣ショップ

 私は改めて窓からそのネコを眺めた。


 おなかや手足は真っ白でフカフカな毛に覆われ、背側はライトブラウンの縞模様が鮮やかだ。アライグマの様に縞々で大っきな尻尾をくねらせている。

 後足で立てば小さな子供ほどの大きさがありそうなそのネコは大きなロッキングチェアーにもたれて、小さく揺れながら居眠りしていた。


 可愛い!


 私は早速このネコを買おうと店に入ったの。


「ごめんくださーい! このネコお幾らですか? 買います!!」


「フニャ! いらっしゃーい……ニャニッ!? 俺様は“ネコ”じゃないし売り物でも無いのニャ! この店の主、ムニャルだニャ!」


「げっ!? ネコがしゃべったー!!」


「だーかーらー! ネコじゃないのニャ! あ、待つニャン、落ち着いて落ち着いて……どうか逃げないで欲しいのニャ……」


 “ネコ”が話しかけてきた!


 思わずビックリして店から出ようとした。

 そこをこの“ネコらしき”ものは両手を合わせお願いする様にしてペコペコしながら私を引き留めたのだった。


 彼の名は<ムニャル>、なんと“幻獣”だという。

 幻獣なんて言葉、幼い頃に母から読み聞かせて貰った絵本のお話でしか聞いた事が無い。


 なんだか怪しいわねー……。


 ここは幻獣ショップだとムニャルは言った。

 店内をぐるっと見回すと、そこがお店だと思えるものは何もない。

 あるのは小さな丸いテーブルが一つと椅子が二つ、それにムニャルが居眠りしてたロッキングチェアー。


 壁は一面真っ白だけれど、天井には見慣れない文字だか紋様がびっしりと書き込まれていた。

 これはカイマンの魔術授業で習ったやつと同じなのかしら?


 カウンターの奥にも部屋があった。

 レースのカーテンで仕切られて、そのカーテンも不思議な模様で織られていた。

 でもこんなにこじんまりとしたお店、その奥に大層なものがある様にはとても見えない。

 

 ムニャルは『ニダーラント』からはるばる出稼ぎにここまで来たんだって。


 そういえばカイマンの授業で習ったわ。

『ニダーラント共和国』。確かエウロペの北、北海に面した小国。


 そこでは竜や妖精、神獣、幻獣と呼ばれている、他の国ではあまり見られない未知の生物種が数多く発見されており、ゆえに御伽話に出て来る伝説上の生き物も、ここで発見されたものがモデルとなっているケースが多い。それゆえ別称「おとぎの国」とも呼ばれている国だ。


「この店には特殊な術がかけられていてニャ、誰もがここを見つけられると言うわけじゃないのニャ。お前、どうやってここを見つけたニャ?」


 ひょっとして……それってあの盗人から貰った石のペンダントが関係する?

 どうしようかしら、まさか盗賊が盗んだものを貰ったなんて言えないし……。

 

「さ、さーて……どうしてかしらね?」

「ふーむ不思議だニャア。お前には特別な力があるのかもしれないニャ」

「私には何だか良く分からないわ。あーでもそれじゃあ困ったなー」

「ペット用のネコが欲しいのかニャ?」

「いいえ、父が長期航海に出るからネズミの発生を防ぐ為にネコが欲しいのよ」


「なんだそんな事かニャ! それなら普通のネコよりずーっと良い奴がいるニャ! 梟ネコだニャ」


 するとムニャルは奥の部屋へと入っていった。

 

 ふー、良かった。何とか誤魔化せたようね。

 それより今、なんて言ってたかしら。梟ネコ?


 するとムニャルは店の奥から見た事の無い動物を自分の腕に侍らせやって来た。

 それは、顔がネコで体が梟だったのだ。


「……」


 ま、ネズミをちゃんと獲ってくれるなら何でも良っか。


「これお幾ら?」


「お! 気に入ってくれたかニャ。こいつなら間違いなくネズミは一網打尽だニャー。今回は特別サービスでこのお値段だニャ!」


 テーブルに置かれた羊皮紙にサラサラ~ッと値段を書き込むムニャル。

 やっぱりただのネコでは無い様だ。

 しかし……。


「!!(高っかーい!)」


 その額は、手持ちの金を超えていた。

 さっき、コソ泥に渡した分を合わせても足りない位に。

 ならば、よ~し……!


「ねえ、疑うわけじゃないけどさー、本当にしっかりネズミ捕ってくれるか判らないのにこのお値段はちょっと……」


「もっともだニャ、そしたらちょっとこっちに一緒について来るニャ」


 そう言うとムニャルは梟ネコと一緒に店の外に出た。


 向こうにある下水溝を指差すムニャル。

 そこにはネズミが何匹かうろちょろしていた。


 するとムニャルは梟ネコを飛び立たせた。

 それは梟の様にスーッと音もなく飛空しネズミに向かう。

 ネズミはその気配に全く気付いていない様だ。


 すると梟ネコの目がキランと光った。

 しかしそのまま何もせずにUターン、またムニャルの腕に停まってしまった。


「?……ちょっとー、ネズミ捕まえないで戻ってきちゃったじゃない」

「まぁ、よーく見てるニャ」


 すると下水溝の辺りをちょろちょろしていたネズミ達が一斉に、一列に並んでこちらに向かって歩きだした。

 そしてムニャルの前でピタリと全部立ち止まったではないか!


「な、何コレ~?!」


「コイツの能力はネズミに催眠術をかけて自由に操る事が出来るんだニャ。もちろん、お腹が空いてれば食べるし、ちゃんと会話も出来るからこうやって集めて一網打尽にも出来る。気に入ったかニャ?」


「うわーすっごく欲しいなー。でも……もうちょっと負からない?」


「おれっちにとってもこれは商売ニャ、生活がかかってるのニャ! これ以上は、びた一文まけらんないのニャ!」


 うぅ、マズイ……。

 

 でもここで引き下がるわけにはいかないわ!

 私は“エランツォ家”の人間よ。

 転んでもただでは起きないわ!


「お願い! この通り! 私、どうしてもその梟ネコが気に入ってしまったの! 一目見た瞬間、ビビッと雷に打たれたみたいに。あぁこれは運命だわ!って。だから、どうかお願い!」


 ムニャルは暫く「ムー」と唸って私を見てたわ。


「しょうがない、じゃあこうするニャ。この街に“焔火ほむらびネズミ”を見かけたという情報が入ってるのニャ。お前、それを捕まえて来てほしいのニャ。もし捕まえてきたら梟ネコと交換してやる。おれっちが怪しいと睨んでる場所はこの街の教会だニャ」


「え?! それってって事!?」


 腕組みしたムニャルは「うむ」と大きく頷いた。


 いよーし! 燃えてきたーっ!!


 店に入るとムニャルはカウンターの引き出しからごそごそと何やら取り出した。


「焔火ネズミを捕まえるには、きっとこれが役に立つニャ」


 そう言うとムニャルは小さな皮袋と首飾りを私に渡してくれた。

 私はこんな小さな皮袋に入れる程の小さなネズミ、果たして見つけられるかしらと少し不安になった。


 でも悩んでいてもしょうがない! やるしかないのだ。

 なんとしてもこのミッション達成してみせる!

 なんせ捕まえればであれをゲット出来るんだから!


 私は燃えていた。


 転んでも何かを拾って起き上がる!――固い決意を胸に、私は教会へと向かった。



(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る