第3話 最強へ至る第一のピース

 クソ!!

 マジでどうすればいいんだ!!

 俺はトイレの中で頭を抱えながら心の中でそう叫ぶ。


 あれから一人になろうとトイレを借りたいと言ったのだがそれは叶わず、フェリシアに家のトイレまで案内され、更には終わるまでトイレの前で待たれるというちょっとした辱めのような事になってしまっている。


 それよりもいつレベルが上がるかわからない上、いつ上がっても可笑しくないこの状況が非常に不味い。

 何せこの世界のレベルは日常生活を送る事でも上がるからだ。


 勿論戦闘で得られる経験値の方が高いが、それでも低レベル時は日常生活で得られる経験値を馬鹿に出来ない。

 一般的に早くて2歳、遅くても3歳までには2レベルに上がるようしていた。


 といってもどの程度行動すればレベルが上がるかの設定をした覚えがなく、更に現在の経験値等も確認する事が出来ないのでいつレベルが上がるかわからないのだ。

 そしてレベルが上がってしまえば俺の強くなる未来の可能性が潰えてしまう。

 それだけは何として回避しなければならない。


「おい! まだ出ないのかい!!」


 俺がそんな事を考えていると、猛烈に扉をノックされながらそんな大きな女性の声が聞こえてきた。


 しまった!!

 いくら悩んでいると言っても時間をかけ過ぎた!


「すみません! 今出ます!!」


 俺は外から聞こえた声に対してそう答えながら、急いで扉を開けてトイレからでる。

 するとそこにはどこかホッとした様子のフェリシアと、左頬に大きな傷があり、耳が長く特徴的な白髪交じりの屈強なエルフの女性? が立っていた。


「いつまで入ってるんだい。この子が心配してたじゃないか」


 フェリシアの頭に手をやりながらエルフの女性はそう言った。

 だが頭に手をやられたフェリシアは、イヤイヤと首を振るようにしてその行為を即座に拒絶する。


 エルフの女性……

 それにあの左頬の傷……

 間違いない!


 彼女だ!!

 彼女が俺の探していた人物、ルシルスさんで間違いない!!

 

「なんだい? もしかして恥ずかしがってるのかい? フェリシア?」


 エルフの彼女……ルシルスさんはフェリシアの反応を茶化すかのようにそう言った。

 フェリシアはそれを否定するかのように先程よりも強く首を左右に振る。


「そうかいそうかい。まぁ頑張んな」


 ルシルスさんは笑いながらフェリシアの背中を軽く叩くと、俺達に背を向けてリビングと思わしき方向へと歩き始めた。

 ここで声をかけないでいつかけるんだ!!


「あ、あの!」

「うん? なんだい坊主?」

「……Sですよね?」


 俺がそう言ったと同時に、ルシルスさんの表情が笑顔から真剣な表情へと一変した。

 これはかなり怪しまれているかもしれない。


 だが、逆にその方がこちらとしては好都合だ。

 何せその方が俺の目的を果たせる可能性が上がるからな。


「坊主……それはアタシに言ってるって事で間違いないのかい?」

「はい」


 威圧するかのような声音の言葉に息を呑みながらも、俺はしっかりとそう断言する。

 それを聞いたルシルスさんは俺をまるで値踏みするかのような視線で全身をチェックした。


 確実に怪しまれている。

 だがそれも無理ないだろう。

 何せこんな田舎の村で彼女の事を知っている人間が居るはずがない。


 しかもそれが幼い子供となれば更にあり得ない。

 頭の切れる者なら怪しまない方が不思議だ。

 そして彼女はその頭の切れる者に含まれる。


「坊主、誰がそう言った? お前の両親か? それとも行商人か?」

「その誰でもありません」

「ほぉ、面白い」


 ルシルスさんはそう言うが、顔に一切笑みはない。

 俺を見つめる目は冷たく、まるで今にも飛び掛かってきそうな程だ。


「なら誰が言ってたって言うんだい?」

「それは言えません」

「言えないときたか」

「はい」


 俺の返答にルシルスさんは何も答えずその場に嫌な沈黙が流れる。

 空気が重い……

 それにルシルスさんから放たれているプレッシャー。


 このまま膝をついて倒れ込みたいほどの何かを感じる。

 だがここで折れる訳にはいかない。

 何故ならここで折れれば彼女が俺に対しての警戒が薄まってしまうからだ。


「……で、用件は何だい? 態々呼び止めたんだ。何の用もありませんって訳じゃないんだろ?」

「勿論です」

「あたしゃぁまどろっこしいのは嫌いでね。用件があるなら建前や回りくどいのは抜きで言いな。さもないと坊主、アンタの首が地面に転がると考えな」

「わかりました」


 俺は息を呑みながらそう答える。

 脅しだとわかっていても凄い凄みを感じる。

 彼女が子供を傷つける事は絶対にない。


 それは例え何があろうとも、だ。

 それがわかっているからこそ、ここまで挑発する事が出来るんだ。

 さもなければこんな危険な橋渡れるわけがない。


「ここじゃなんだ。向こうで話をしよう。フェリシア、アンタはライラの所に行ってな」

「……いや」


 ルシルスさんの言葉にフェリシア首を振りながら、ギリギリ聞こえるかどうかという程の小さな声でそう言った。


「今回ばかりはダメだ。我が儘を言うな」


 そんなルシルスさんの言葉にすらフェリシアは首を振り嫌だと意思を示す。

 しかしだからと言ってルシルスさんが妥協するとは思えない。

 それに俺としても出来るだけ他の人間に話を聞かれない方が助かる。


「話が終わったら坊主はお前の所に向かわせる。それならいいだろう?」

「……ほんとう、に?」

「あぁ」


 ルシルスさんは不安そうなフェリシアを安心させるかのように頭を軽くなでながらそう言った。

 いやいや、ちょっと待て!


 俺のこの後の行動を勝手に決めないでくれ!

 そう叫びたいが叫んだところで俺に拒否権などなく、無理矢理にでも連れていかれるのは目に見えている。


 なのでここは何も言わない。

 言ったところで何も変わらず、逆に状況が悪化する可能性まであるんだからな。


「……わかった」

「ならライラの所に行ってな。なるべく早く坊主を連れてってやるから」

「……うん」


 フィオリアは寂しそうにそう答えると、後ろ髪を引かれるかのようにチラチラと俺とルシルスさんを見ながらライラさんのもとへと向かって行った。

 あの会場には俺以外に心から祝福してくれた同年代の子供が居なかったんだろうな……


 俺は心の中でそう結論付け、フィオリアが自身の家を出るまで視線を外さなかった。


「ここじゃなんだ。あっちで話そう」


 同じくフィオリアが家を出るのを見ていたルシルスさんは荒っぽくそう言いながらリビングと思わしき場所を親指で指さす。

 俺はそれに対して頷き、無言でルシルスさんの後に続く。


 ルシルスさんはリビングにある三人掛けと思わしきソファーの真ん中に豪快に座り、腕を左右に広げ足を組む。

 そして直後顎と視線で正面の一人掛けのソファーに座るように指示される。


 俺はそれに従いそのソファーにゆっくりと腰かけた。

 ここで従わない理由はないからな。


「まどろっこしいのは無しにして単刀直入に聞く、誰の指示だい?」

「誰の指示とは?」

「あくまでも惚けるつまりかい?」

「なんの事だかわかりません」


 俺はルシルスさんの言葉に子供らしい笑みを浮かべながらそう答える。

 どうやらいい感じで勘違いしてくれているみたいだ。

 まぁ勘違いしてくれるような発言や態度をわざととってたんだから当たり前だろう。


 彼女がいくらS級冒険者で有名人だと言ってもそれは中心部、例えば王都やその周辺の人が多い場所での話だ。

 こんな冒険者もあまり来ないような辺境の町ですらない村ににおいては、知る人間が居る方が珍しい。


 更に言えば彼女が過去に、今とほぼ同じような状況で騙された事があるというのも大きいだろう。

 確かその時は俺と同い年ぐらいの子供を盗賊がそそのかし、手伝わせたという設定だったはずだ。


「まぁいい。用件があるんだろう? 聞こうじゃないか」

「ありがとうございます。といっても、用件は簡単です。僕と、をして欲しいのです」

「じゃんけん……だと?」


 ルシルスさんは俺の言葉に、訝しむような視線を向けながらそう答える。

 疑うのも無理はないだろう。

 何せ散々怪しい言動をしていた人間の要求が、単なるじゃんけんだというのだからな。


 とは言え、ここで警戒を緩められては困る。

 しかし警戒され過ぎても問題が起きかねない。

 なのである程度警戒はされつつような、そんな状態が好ましい。


「はい。ですが勿論、単なるじゃんけんという訳ではありません」

「だろうな。簡潔に説明しな」

「ルールは簡単です。お互いに目を瞑り出す手が見えないようにしてじゃんけんを行い、負けた者は勝った者の言う事を何であろうと一つ聞くというものです。勿論、スキルの使用は反則です」

「見えないようにすることで反射での後出しを防ぎ、更にスキルの使用を禁ずる、か。あいこの場合はどうするんだい?」

「目を開き確認した時あいこだった場合は再度仕切り直しとします」

「……」


 そう言った俺の言葉に、ルシルスさんは頭に右手にやり考えるようなポーズをとる。

 即決……は流石に無理か。


「……大物喰らいジャイアントキリング


 そうつぶやかれた言葉に、俺はビクッと体が反応してしまう。

 咄嗟にルシルスさんを見ればこちらは見ていなかったが、微かに笑みを浮かべているような気がするが……気のせいか?


「いいだろう。その勝負を受けてやってもいい」

「ありがとうご……」

「ただし! 先に私が負けた時に坊主がアタシに命令する内容を聞いてからだ!!」


 ルシルスさんは俺の言葉を遮るように力強く、そしてどこか優しさを感じさせる声でそう言ってきた。

 これは、非常に不味い!


 何が不味いって、内容次第では彼女が手を抜きそうな雰囲気を感じるからだ。

 俺としてはこのに負けるわけにはいかないが、だからと言って手を抜かれるのはそれ以上に看過できない。


 だが俺がお願いしようと思っている事を言えば、彼女は確実に勝ちにこだわらなくなってしまうだろう。

 それは絶対に避けなければならない。


 かといって嘘をつくのは言語道断。

 こんな駆け引きをしてはいるが、彼女からの信頼は今後必ず得なければならない。

 なのでここで嘘をつくのは今後の関係に響く可能性がある為、却下。


 となると真実を話ながらも詳細をぼかす、という事になるだろうな。

 しかもルシルスさんが本気で負けられないと思うような内容のだ。

 …………よし。

 話す内容は決まった。


「……わかりました。ですが先に全てを話す事は出来ず、一部しかお話しする事が出来ません。それでもよろしいでしょうか?」


 俺は子供に似つかわしくない程丁寧に、そして申し訳なさそうにそう言った。

 ここで子供だと侮られる事も勿論許されない。

 多少疑われたとしても、を築かなければならないのだ。


「構わなくはないよ。……だが坊主はそれ以上は許されない、という状態なんだろう? ならそれで構わない。こっちとしちゃぁ判断材料が多少なりともあるに越したことはないからね」


 ルシルスさんはまるで何かを察したかのように軽くため息をつきながらそう言った。


「では一部……いえ、一言言わせていただきます。フェリシアの生死に関係します」


 俺はそう言った直後、呼吸がままならない程の凄まじい息苦しさに襲われる。

 その元凶が目の前のルシルスさんである事は、火を見るよりも明らかだった。

 予想はしていたしある程度覚悟はしていたが、まさかこれ程までの圧をかけられるとは……


「すまないがよく聞こえなかった。もう一度言ってくれるか?」

「ふぇりしあ……さんの…………せいしに……かんけい、することです」


 眼光だけで人を殺してしまいそうな程の視線受け、ままならない呼吸の中俺は必至でそう伝えた。

 クソ……流石に、ヤバい……


 俺がそう思い意識が飛びそうになった瞬間、先程までの息苦しさがまるで嘘かのように消えた。

 それと同時に俺は新鮮な空気を取り込もうと荒々しく呼吸を繰り返す。


「詳しく話しな」

「……できま、せん」

「話さないじゃなく出来ない、ね。その様子でそんな事が言えるとは、えらく肝っ玉の据わった餓鬼だね」

「おほめ、いただき……ありがとうございます」

「褒めてないよクソ餓鬼が。……その勝負、仮にアタシが勝った場合どうなるんだい?」


 ルシルスさんは落ち着いてそう聞いてきた。

 どうやら冷静になってくれたみたいだな。

 一瞬、マジで死ぬかと思ったから助かった。


「仮にルシルスさんが勝った場合は、全てが綺麗サッパリ無かった事になるそうです。ただ僕が勝った場合は詳細をお話しいたします」

「……良いだろう。その勝負受けたげるよ。ただし忘れるんじゃないよ。勝った時の報酬を」

「勿論です」


 報酬というのは恐らく、一つ言う事を聞くという事だろう。

 彼女は負けた場合に備えての保険を掛けたのだ。

 とは言え、今の彼女の心境は保険を掛ける程真剣だという事。


 目隠しでやるただのじゃんけんにそこまで本気になってくれるとは……

 これは俺にとって願ってもない状態だ!

 後は彼女が約束を守ってくれると信じるのみ!


「では早速始めましょう」


 俺の言葉にルシルスさんは無言で目を瞑る。

 俺もそれを確認してから、同じように目を瞑る。


「ではいきます! じゃんけん、ポン!!」


<称号の取得条件を満たしました。称号【超大物喰らいジャイアントキリング】を獲得しました>


 俺が目を瞑りながらチョキを出したと同時に、そんな言葉が俺の頭の中に直接聞こえてきた。

 かなり不安だったが、どうやら彼女は俺の言葉通りに勝負してくれたみたいだな。

 

 にしても、こんな鮮明に聞こえるとは思ってなかった。

 だが結果として俺は目的を果たせた。

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