第六十九話 全国遊行・金パツ雑技団牟尼堂川公演

「まったく、野暮やぼばっかりね。今日きょうは」

「他の人に被害が出ちゃマズい! 急ごう」


 僕とソフィーは人混みをかき分け、土手を駆け下りる。

 ソフィーは土手の途中で踏み切ると、川に立つロボットの本体――と思われる一番大きな平たい構造物――に早速とりついた。


「邪魔すんじゃ、ないわよッ!」


ガァン


 本体上に立った彼女はその装甲に鋭い、下駄での蹴りを一発叩きこんだが、その部分は少しへこんだだけで、ロボット自体の駆動くどう音には変化がない。


「ちっ。さすがに固いわね……」

『なんだ、なんだ? 浴衣女子が何の用だ!』


 ロボットから音声が流れる。声の主は「逢瀬おうせつよし」ではない、浴衣少女のソフィー出現に戸惑とまどっている様子だ。


『こっちは女子はお呼びでないッ! 食らえッ!』


 その掛け声とともに、ロボットの本体のそこら中から、すさまじい勢いで水がき出した。


「キャッ?!」


 不意を突かれたソフィーはロボットから引きはがされ、ちゅうに身が投げ出される。ちょうど水際にたどり着いたところの僕は、落ちてきた彼女をなんとか受け止めた。


「おぉ。ナイスお姫様だっこね、強くん」

「これはもう、経験済みでして……」

「あら。いちゃう」


 ってかソフィー……。濡れて、浴衣が……。ちょっと……まともに見れません。

 顔を背けながらソフィーを下ろすと、僕はロボットをあらためて見上げた。


「でかいな、結構……」

「中にいるわね。息づかいの気配があったわ。操縦者かしら」

「そいつを倒せば、コイツは止まる、か」

『おお、その顔は! 逢瀬強!』


 ロボットの声が嬉々ききとして叫ぶ。僕の姿を確認したらしい。


『お前を倒すことで、俺のこの「ミラージュ・クラーケン」シリーズを武器商人にプロモーションするんだぁ! ひゃっはあッ!』

「だいぶイカれてらっしゃるわね……。クラーケンだけに……」

『食らえッ!』


 ロボット本体側面のアームの先端、これがグルリンと大仰おおぎょうに回り、僕の方に向けられた。井戸のように底知れない、六つほどの黒い穴と僕、目が合う。


「あぶないッ!」


タタタタッ

 

 ソフィーを巻き込むようにして、慌ててける。僕たちがいたところには土煙が舞い、川岸の地面はえぐられてしまった……。


「ガトリングガンね。レーダー、熱源追尾、無人機が当たり前のこのご時世に、なんてロマンチシズムある兵器なのかしら」

「これが乱発されたら他の人に当たるかもしれない……厄介やっかいだ。ソフィー、僕ごとあの上に移れる?!」


 僕がロボット本体を指差すと、ソフィーは「判ったわ」とうなずく。


「うわっ」


 今度は彼女が僕を抱え上げ、その場で跳び上がる。

 ちょ、ちょっと……。


「た、高すぎるな……」

「ちょっとサービスよ。夕暮れ、それを反射する水面みなも、私たちを見守る群衆、鉛色の機械……。想い人を伴って、なかなか見れない景色だもの」


 鉛色の機械――実際に動くロボットなんて、確かになかなか見れるものじゃないな。まあ、こんなことになるのだったら、見たくもないけど。

 ソフィーはふわりと、ロボットの本体に着地した。


『んなっ! また小癪こしゃくにも……』

「おっと! ぶっかけはもうさせないわよ!」


 僕を下ろしたソフィーはいちはやく本体から飛び降りると、その落下途中、ロボットの足に向けて回転蹴りを放った。その勢いに中折れした足が崩れ、ロボットの本体がかたむく。


「おわわわわ……」


 ロボットのボディが斜めになったので僕の身体はその上を滑ったが、空調のための排気口なのか、手近にあった出っ張りに片手をかけ、滑り落ちるのをなんとかこらえた。


「足はやわっこいわね!」

『関節部分が弱点ですッ! って狙わないで!』

「わざわざ教えてくれたんだから、期待には応えないと……ねッ!」


 ソフィーは一足いっそく跳びで川の対岸に移ると、そこからジャンプして、残っているもう一方のロボットの足にキックを入れた。一本では本体の荷重かじゅうを支えきれていないところに彼女の蹴りの衝撃が加わったものだから、「メキ」と音を立て、爆発するように折れ散る。


バシャァァァン!


 ふたつの足を失ったロボットの本体は、大波を立てて川面に着水する。その衝撃とふりかかる水しぶきにも、僕はなんとかロボットにしがみついて耐えた。


 中に操縦者がいるなら出入り口があるはず――。

 よろめきながら立ち上がると、僕はまもなく、出入り口らしきハッチを見つけた。


『くそぉぉぉっ!!』


タタタタッ


「ほらほら~。当ててごらんなさいな~」


 ソフィーは花に舞う蜂のように、ロボット本体につかずはなれずして、アームから放たれる弾を全て避けている。さすがの動き……。

 アパートの二階にも満たないようなこの程度の高さと、ソフィーのあの近さ。流れ弾で観客に被害が出ることは、そんなに心配しなくてもよさそうだ。けど――。


「早々になんとかしないと……」


 僕はハッチに手をかけると、思いっきり手前に引いた。


「うぅ……。あ、開かない……」


 回すようなハンドルタイプでもないし……これは……。


『逢瀬強、ハッチを開けようとしているな?! ムダムダムダムダァッ! ロックがかけてあるからな!』


 ロボットの声が『うわははは』と高笑う。

 やっぱり、ロックされているのか……。

 「くそ」と僕がロボットのボディを叩いたところで、背後で「カンッ」と甲高い音がした。振り返ると――。


「……遅れてごめんちゃいな、ヨッシー」

「すい!」


 夕日を背にするようにして、薄桃浴衣姿のすいが立っていた。その顔に不敵な笑みを浮かべている。さっきの音はこのロボット本体に彼女が跳び乗った際の下駄の音だったらしい。


「……すい。中に襲撃者がいるみたいなんだけど……」

「そうみたいだね。もうヨッシーは『ダイチ』の子じゃないことが判ったっていうのに、情報弱者なこっちゃ」

「引きずり出すのにこのボディじゃ、骨が折れるみたいなんだ。ソフィーの蹴りでもへこんだだけだったし……」

「引きずり出す必要なんて、ないんだよ」


 すいは「替わってね」と言い、僕との位置を替えると、ハッチの前で仁王立った。彼女は目を閉じて呼吸を整える。


「っらぁッ! 失魂しっこんッ!」


 声を発した直後、すいの口の中に金色の光が消えていった。

 ま、まさか……。

 辺りに響いていたガトリングガンの咆哮ほうこうも、ロボットのアームの大仰な駆動音も止んだ。低く唸るような、ロボット本体のエンジン・アイドリングのような音は続いているものの、それで「動き出す」ような気配は全くない。まもなくそれさえも止み、あっけなく、あたりに静寂が訪れた。

 すいは「終わったよ」と、僕に顔を向け、ニッコリと微笑ほほえんだ。


「え? え? 何したの?」

「お山から下りたあと、力が強まったって言わなかったっけ? この程度の装甲の厚さなら、誘発も屁吸へすいも全く問題ないよ?」

「は、はは……」


 すいの屁吸術――元から図抜けた武術なのに、さらに磨きがかかったんだな……。


「じゃ、ちょっとワタシは場所取りがあるから!」

「えっ! ちょっと……すい?!」


 すいは片手を挙げると、戸惑う僕に構うことなく姿を消した……。

 間もなく、ソフィーがロボットの上部に跳び乗ってくる。


「あれ、すいさん……? 来てませんでした?」

「来てたんだけど……。風のようにやってきて、屁吸術で片をつけたらすぐ、『場所取りに戻る』って……。来た時と同じように、風のように去っていった……」

「ふぅむ……」


 呆気に取られてロボットの上部でたたずむ僕とソフィー。そんな僕たちを突然、歓声と拍手の熱狂が襲う。


「なんだったんだ、今の?!」

「すげぇ! すげぇ!」

「あの子、空飛んでなかった?」


 あぁ……そっか。全部、見られてたんだった……。

 僕とソフィーは目をパチパチとさせながら、周囲の土手道に並ぶ人々を見渡した。


『す、素晴らしいデモンストレーションでしたね! 花火大会を彩ってくれたヒーローたちに盛大な拍手を~!』


 大会運営も調子に乗っちゃって、こんなアナウンス……。なんか僕たち、演者みたいになってるし……。

 あおられた観衆の一層激しい拍手が、僕たちを祝福するように牟尼むにどう川に響き渡る。それを聞いて、隣で「ふふ」とソフィーが笑った。


「高校卒業したら、みんなでアクション演劇でもする?」

「はは。この様子だと、人気を博すかもね。僕は裏方で……」


 彼女はもうひとつ笑いをこぼすと、その場に座り込んだ。


「ソフィー?」

「大勢の人に囲まれて注目されているけど、ここからじゃあ、私たちの声は誰にも聞こえない」


 彼女は僕にも腰を下ろすよう、仕草で促した。


「さっきの続き、ここでしようか?」


 彼女のイタズラっぽい笑みに観念して、僕も腰を下ろした。金属の冷たい感触が、意外にも心地よかった。

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