第六十三話 不断なる子ら

「すいっ!」

「ヨッシー! しおりん!」


 すいが赤毛の男に拳のラッシュをかけながら叫ぶ。


 彼女の髪の毛は……一見して、あの不思議な浮遊感を持っていない。

 すいは僕に「操魂そうこん」をかけたあと、「輪魂りんこん」で自己強化をかけたはずだ。その特徴は、彼女の髪が浮き上がり、瞳にピンクの輪が現れる――それがないということは、もう「輪魂」が解けているということ……。

 本来であれば「輪魂」の代償として相当な疲労があるはずだ。それなのに……。


「うらららららぁぁッ!」


 彼女の動きに、おとろえているところはないように見える。

 僕が目をみはっていると、「気力よ」とそばのソフィーがつぶやいた。

 つねづね思うけど、ソフィーには心を読む能力でもあるの?


「私の『おすそ分け』の効果も残ってるけど――気力がそれ以上に働いてるわ」


 彼女は僕に顔を向けると、「強くんと『話した』なんて口走ったあたりからね」と微笑ほほえんだ。


「ソフィー……。もう一度すいに『おすそ分け』って……」


 僕が言い切る前に、彼女は「できないわ」と即答した。


「まだ前回の『おすそ分け』の効果が残ってる。すいさんの術みたいに二重にじゅうがけはできないの」

「そっか……」


 すいを休ませてやりたい。体力を回復させてあげたい……。ソフィーが彼女にもう一度キスをすれば、と考えたけれど、そこまで甘くはなかったみたいだ。


 僕は立ち上がる。

 思い悩んでる状況じゃない。すいの頑張りを無駄にしないために……今は――ヤツを倒すこと! それに全力だッ!


「すい、作戦通りに!」

「……合点……承知ィッ!」


 すいは「操魂のテレパシー」で僕が伝えた通り、「オナラの誘発打ち」をかけ始めたようだ。

 素人目にはすいの乱打が「オナラの誘発打ち」に変質したようには見えない。そうと知れたのは、赤毛が余裕を浮かべていた表情に、つと何か気付いた様子をみせたからだ。


「また何か、小細工をしているね! 『これ』をすると私が不利になる、そうなんだろう?」


 やはり、赤毛はオナラを我慢できるようだ。加えて、今のこの場は「鳴らず屁つり」――オナラを我慢しやすい場所。すいの「誘発打ち」は彼にオナラを出させるまでには至れていない。

 僕がこの場所を、そんな「鳴らず屁つり」を決着の場に選んだのには当然、思惑がある――。


 「私も出番ね」と言って、ソフィーが立ち上がった。


「ソフィーは……」

「私の役割は判ってるわ」


 そう言うと、ソフィーは早速に跳び出し、すいに応じてラッシュをいなしている赤毛の男の背後に回る。


「このクソ変態がッ!」


 「おぉう?!」と男が叫び、ソフィーの渾身こんしんの蹴りをかわす。


「君、さっきまで死にかけだったのに……どういう原理だい?」


 躱した先でソフィーに顔を向けると、赤毛はいぶかしげに眉をひそめた。


余所見よそみしてんなよ!!」


 動きを止めた赤毛に、すかさずすいが拳を飛ばす。「おっと?」と赤毛はこれをらす。


「こっちもねッ!」


 今度はソフィーの、横腹をぎ払うような蹴りが赤毛に迫る。彼はこれを食らう――だが、大きなダメージはなさそうだ……。受けてから二歩ほど下がり、赤毛はソフィーに手刀を――。


「させっかよッ!」


 割り込むようにしてすいが乱打で襲い掛かる。

 赤毛は手刀をひるがえして、すいの拳を手ですべて払う。


 すいとソフィー、ふたりのコンビネーション。

 僕がソフィーにしてもらいたかったこと――すいが「オナラの誘発打ち」に集中できるよう、赤毛に隙を作るために一発一発を全力で……、そしてお互いにフォローを……。

 まったく、毎度ながら素晴らしいコンビネーション。


「アタシも行かないと……」

「詩織! 詩織は『遠当て』でも……」


 「大丈夫」と詩織も立ち上がる。


「あんなふたりを見せられたら、空手一家の血が騒いでしょうがないわ」

「……さすが。でも……ムリは絶対しないで」

「判ってる……。強も来ていいんだよ?」

「身のほどを知ってるよ、僕は」


 自分に対して不甲斐ないと思っているのが見透かされたのか、詩織は「ふっ」と、可笑しそうに笑いを零した。


「……『身の程を知ってる』のは、弱いことじゃないわ。自分を知ってるということ。相手を知ってるということ。今よりも強くなれる、はじめの一歩」


 詩織が駆け出す。

 僕も続いて、戦闘の渦中へと距離を詰める。「屁玉」――オナラを誘発できる玉を、まず間違いなく当てられる距離まで……。


 赤毛にソフィーのカカト蹴りが向けられたが、彼はワンステップ退いてそれを避けた。

 一瞬だけどできた隙に、すいと詩織が同時に襲い掛かる。

 それをいなしたあと、赤毛が反撃を仕掛けようとしている気配に僕は……。


「そのモザイクこそッ! どういう原理だよ!」


 「屁玉へだま」を全力で投げるッ!


「……小細工が増えてもッ!」


 赤毛は形作っていた手刀でそれを叩き落とす。

 直後に、すいの拳が赤毛の顔面を目掛ける。男はぐりん、と首を回してこれを回避した。


 赤毛に、一瞬の反撃の機会も……与えやしないッ!


「素晴らしいッ!」


 赤毛はソフィーの蹴りを避けて、喜悦の叫びを上げた。

 その叫びに戸惑うこともなく、僕の「屁玉」とすいの膝蹴りが赤毛に同時に迫る。


「この私が! プレープスたる私が! 防戦一方だとは!」


 「屁玉」を蹴り落とし、すいの膝蹴りを上体を大きくらせることで躱した赤毛に、詩織のローキック。ソフィーの中段蹴り。


「君も! ほとんど起き上がれないほど! 痛めつけたはず!」


 地面を蹴ってその二撃からくうに逃げた赤毛に、待ち受けていたような、すいの上空からの一撃――。


「こんな辺境に! 面白い子たちがいたものだ!」


 すいの拳は赤毛の身体からだを完全に捉え、地面に叩きつけた。

 地に伏せさせたからといって、彼女たち――そして僕も……、手を、足を、投げるのを、休めることはない。

 ソフィーと詩織はカカト落とし。すいは空中からの追撃。僕は「屁玉」の連投。


「先ほどからの……『この』衝動は! 『この』欲求は! 君たちが仕掛けているのだろうッ?!」


 即座に立ち上がり、すい、ソフィー、詩織からの三撃を受けきる赤毛。「屁玉」も二発、赤毛に当たる。

 「フンッ!」と一喝した赤毛の気合が、彼女たち三人に後退あとずさりさせる。

 そこに、赤毛の顔面へと「屁玉」が迫る。


「何か意図があるのかッ?! ないわけがないッ!」

「そうだぁッ! 意図はあるッ!」


 赤毛は頭突きで「屁玉」を撃ち落とした。


「初めてすいに『誘発』をかけられて判った!」


 いち早く立て直したソフィーがドロップキックで赤毛の背後を捉えた。それで少し体勢を崩したところ、側部から襲う、すいの正拳。


「『これ』は、我慢しようとしてもしきれるもんじゃない!」


 身を翻してすいを躱した赤毛だったが、すいに一歩遅れて、逆側から拳を突き出していた詩織が、彼の指先をかすめていった。


「どんなに我慢しようとしても、人間なら必ずあふれ出す! 溜まりに溜まってあふれ出す! 『これ』はそういうモンだッ!」


 僕は見逃さなかった。

 詩織の拳が触れた瞬間、赤毛の顔にこれまでとは違う気配がよぎったのを。


「『誰かを好きになる』のと一緒だッ! ソフィーッ!!」

「私のすべてッ! 食らいやがれぇぇぇぇぇェッ!」


 僕の「合図」で光のような助走をつけたソフィーは、一瞬で速度を上げきると、足を踏みきった。先ほどのものに比べ、遥かに勢いの勝るドロップキック――。

 それは見事に赤毛に突き刺さり、ソフィーごと、彼の身体は「鳴らず屁つり」のがけから飛び出していった。 


「『鳴らず屁つり』を出たお前のぉ! 『オナラを我慢できる上限』は今、元に戻ったッ!」


 そう、これが僕の狙いだった。「鳴らず屁つり」はオナラを我慢しやすくなる場所。けれど、「誘発」を続けざまに打たれれば、累積する「オナラの衝動」にいずれ、限界が訪れるはず。この瞬間を見切って、「鳴らず屁つり」から赤毛を追いやる。「我慢しやすい」ことに慣れきった赤毛を、この場所から追い出す。そして――。


 僕は赤毛の身体が飛び出した延長線上に向けて「屁玉」を投げつける。

 その玉は狙い通り、赤毛の身体を捉えた。直後、赤毛の顔に驚きの色が広がる。


「うッ?!」



 そう、オナラです。


 鳴るはずだ。「衝動の累積」は限界に近いし、「我慢」の程度も「鳴らず屁つり」を出たことで狂っているっ! これでオナラが鳴らないわけがないッ!


「すいぃぃいッ!」


 僕は、終止符を彼女に打ってもらうため、叫んだ。

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