第五十三話 探しものは臭いをかげばやっぱり見つかる

シパパパパ……


「へんッ! やるじゃねえか、金パツのくせに!」

「キサマこそ!」


 すいとソフィーの小競こぜいがまだ続いているようだ。扇風機の「きょう」並みの風圧が顔にかかる。涼しくて気持ちいいなあ。


「強くんとキスさせなさいな、すいさん!」

「させるかよ! ワタシが一番最初にヨッシーと夫婦めおとになるんじゃい!」


 「最初の夫婦」ってなんだ? 次があるのか?


「違くて!」


 風が止み、ソフィーの声が遠くなった。

 暗くて彼女たちの姿は見えないけれど、ソフィーが距離をとったのか?


「この空間、クサくない?」

「え?」


 ソフィーの言葉に、場の全員が鼻をスンスンと鳴らす気配……。


「何もにおわないけど?」

「アタシも……感じない……」

「ぼくも」


 一般人寄り組はみんな、似たり寄ったりの感想だけど……。


「いや……確かに、金ぱっつぁんの言う通りなんだよね。クサイわ」


 すいの声は、ソフィーに賛同した。

 そういえば、彼女がそんなことを言っていたのを僕は思い出す。


拳一けんいち、あんたまさか……」

「なに、姉ちゃん……」

「もらし……」

「なに言ってんだよ! ぼくもう小四だよ?!」

「いや、前回の件があるから……」


 加えて、ジュース飲みまくってたみたいだしな。


「拳一くんじゃないわ」


 ソフィーが拳一の濡れ衣を晴らす。


「このにおい。ミラーハウス・アトラクションで暗転してから、ずっとにおってたのよね……」

「とすると、その『臭い』が、もしかしたら幻術の『タネ』か……?」

「……可能性は大ね。だから、私が一番よ?」


 そこで、すいが「ハッ」と声を上げる。


「『私が一番』ってまさか……」

「そう。強くんとの自身強化キス、させてもらうわ。この『臭い』の元を突きとめるためよ」

「えぇ?!」

「やっぱし!」

「ソフィーちゃん、ズルい! 吸唇鬼きゅうしんきズルいよ!」

「出たよ。変態集団グループの真骨頂……」


 拳一もだんだんわかってきたみたいだね。僕たちの哀しい関係性……。


「今回は文句ないですよね? すいさんも、詩織さんも」

「す、すい。『輪魂りんこん』は? それで嗅覚が強化されれば……」

「ぐぬぬぬ……。出来そうだったらもうやってる……。この、微妙過ぎるにおかたのカンジだと、たぶん『輪魂の』でも完璧には元を辿たどれない……」

「純粋な身体能力でいえば、強化キスをした私は、強化されたオナラをすったすいさんを上回るわ。強くんもご存知でしょ? 観念してね」


 僕のほおに触れる、やわらかな感触。ソフィーの手が添えられている……。


「ちょ、ちょっと姉ちゃん?! なんでぼくの目ふさいでんの? 暗くて見えてないってのに!」

「暗くても……とにかく、小学生が見るモンじゃないの!」

「あわよくば後学こうがくの肥やしにしようと思ったのに! 理不尽りふじんだ!」


 拳一、世の中は理不尽なことだらけなんだよ。あと、もう少しあとで学んでもいいぞ、コレは。

 僕は、観念して目を閉じた。もともと暗いけど、なんか……気分。


「んむっ……」

「……!」


 ちょっと……。バードキスって約束でしたよね? くちびる、甘噛みしてない?


「なげえよ! もう充分じゃねえか!」


 すいの怒声が響いている。

 目を開けると、ソフィーの髪の金色の光が、ボウッと周囲を優しく照らしていた。今まで、なんとなくそんな風に見えてただけかと思っていたけど、やっぱり強化キスすると髪自体が光るんだね。


「チッ……。いいところだったのに……」

「ソフィーちゃん。髪光るとか、神秘的だね……」

「え?! ソフィーさん、光ってんの?! 見たい! 見たい! ってかキスしてるとこ見たい! ……ぎゃっ」


 騒ぐ拳一に、姉の目隠しの力はより一層強まったようだった。


「早くにおいの元、ちやがれ! スーパー金パツ人が!」

「言われなくても……」


 そう言うと、ソフィーは暗闇の中に駆け出していった。

 彼女の光が次第に小さくなっていき……ついには見えなくなって、ふたたびの真っ暗闇が訪れた。


「ソフィーちゃん、どこまで行くんだろ……」

「遠いな……」

「もう見ていい? いいの?!」

「うるさいわね……。ほら」

「って見えないじゃん! 真っ暗じゃん!」


 拳一の嘆きの声から数瞬後……。


バリン!


 何かが割れる音とともに、周囲が明転した。

 急に光の中に放り出されたため、ホワイトアウトしているような感覚に襲われる。それも次第に慣れていき、周囲の様子を見て取ることができた。

 鏡が何枚も張られている通路――元のミラーハウス・アトラクションだ。

 かたわらには、僕と同じように目を細めているすい、詩織、拳一、倒れている切田。そして、少し離れたところ――割れた鏡の破片の上で仁王立つソフィー。その手には、ロウソクのようなものが握られている。


「……アタシたち、結構近くにいたのね」

「そういう幻術だったんだろうね。意識の共感と、錯覚させられた距離感……。ワタシは苦手なタイプだわ」


 目も光に慣れきった僕は、ソフィーに歩み寄った。


「ソフィー。そのロウソク……」

「そうね。これが幻術の媒介ばいかいとなった臭いの発生元……」


 彼女は手を上げ、僕の方にロウソクを見せてくれた。


「そして、こいつらがピエロの正体」


 ソフィーが割れた鏡の奥にむけてあごをしゃくる。

 内部には、ガタガタと震えるピエロの格好をした人物がひとりと、椅子に座ってうなだれている四人。こっちは普通の格好。微動だにしないところをみると、四人とも気を失っているみたいだった。

 背後から、拳一が「あ」と声をあげる。


「コイツがジョーカーですよ! ジュースおいしかったんでおかわりください」

「ちょ、ちょっと許してくださいよ、ね? ジュースならいくらでも……」


 ピエロは歯を鳴らしながら許しを請う。その様子と、白塗りの顔に描かれた、笑っているようなドクロのマークが対照的で、なんとも言えない滑稽な状況だ。


「……私たちがあなたを許すと思う?」


 ソフィーがピエロに対してスゴむ。


「思えない……ですね……」

「ジュースは?」

「あ、ジュース、ジュース! ここにいっぱいありますから!」

 

 ピエロが座席のうしろから段ボール箱を取り出してきた。カラン、カラン、と缶のなる音。

 ソフィーはその箱のなかから一本、ジュースを取り出した。


「うむ、ご苦労」

「へへ、ですからね、姉御あねご。わたくしめを逃がしてはくれませんかね? なんなら毎日、このジュースを皆さんのおうちにお届けさせていただきますから……」


 ソフィーはタブを引き上げると、クイと一口、ジュースを飲んだ。


「あら、本当に美味うまいわね。コレ」

「でしょでしょ!」

「オレンジ風味というか、レモン風味というか。さっぱりだけど、クセになる味」

「やや、お嬢さん! お目が高い!」

「あなたを見逃したら、こんなおいしいの、毎日飲めるの?」

「ええ! それはもちろん!」

「へえ。いいわね……」

「では、わたくしめは逃がしていただける、ということで……」

「だが断る」


 やりたかっただけだろ、ソレ。


ドン


「うぇッ?!」


 ソフィーの蹴りを腹部に食らったジョーカー・ピエロは、そのまま気を失った。


 ピエロ一味を縛り上げた僕たちは、そそくさとミラーハウスをあとにした。いい大人(だと思う)が五人もいるんだ。鏡一枚の弁償代は彼らに任せよう。

 あ、ジュースはちゃっかり、箱ごと頂きました。


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「あ、みんな~。おかえり~」

「アルファちゃ~ん!」


 ミラーハウスの出口で、オメガさんとアルファが僕たちを待っていてくれた。

 拳一けんいち嬌声きょうせいをあげて駆け寄っていく。


「このジュースおいしいよ! 飲んでみてよ!」

「アルファ、もうジュース飲んでお腹タプタプだよ~」


 恥ずかし気もなく、アルファは上着をめくってお腹をみせてくる。

 拳一、凝視ぎょうしするな。


「すいと……同じだな。あのお腹」

「いやん! ヨッシーがセクハラで責め立ててくる!」

「すいさんがガキくさいってことでしょ……」

「がーん」


 オメガさんとアルファはミラーハウスに入りたがったが、僕たちは全力で止めた。そもそも、もう日も落ちかかりはじめている。閉園時間が近い。

 「帰ろうか」という話に不機嫌そうになったアルファだったが、「じゃあ、最後にアレ」と彼女は観覧車を指差した。

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