第四十九話 ヒロインにあるまじき暴虐?ずっとそうだったでしょ?

『お手合わせ……だと?』

『何か得物えものが欲しいのでしたら、なんなりとお申しつけください……』


 鏡の中の切田きりたは、フンッと鼻を鳴らす。


『なにが何だかわからないが……。いいぜ。お前なんか素手で充分だ……』


 なんだ? 切田のこの自信たっぷりの様子は……。

 まさか……。

 実は切田も、何かしらの武術の心得こころえがあったのか?


 切田は右腕をハートのピエロに向かって伸ばすと、クイ、クイ、と指を折り曲げ、相手を誘うような仕草しぐさを見せた。


『来いよ』

『では……遠慮なく……』

『両者、準備はよろしいようですね。一回戦開始ですッ!』


カーンッ


 周囲に響く、ゴングの音。

 その音を合図に、ハートのピエロの刺突しとつ剣が、余裕の笑顔を浮かべる切田に向かって迫る。


『俺には見えるぜ? その突き……ギャアアアァッ!』

「切田ッ?!」


 切田がもんどりうって倒れる。

 ハートのピエロの突きは、それっぽく構えていた切田の胸のあたりを難なくとらえたのだ。

 なんだったの? あの前振り。


『あ~……。もう勝負がついてしまったようですね。ハート・スートの勝利ッ!』

「切田ッ! オイ、聞こえるかッ?! オイ!」


 僕は、無駄であろうことを承知で鏡面きょうめんを叩く。倒れ込んだ切田に起きあがる気配はない。


『今の一戦はいかがでしたか? 解説の拳一けんいちくん』

『ぼく、この切田って人に今日はじめて会ったんでよく知らないんですけど、クッソ弱いですね。年上とは思えないほど稚拙ちせつな精神構造で、気に入らなかったので正直どうでもいいです』


 拳一……お前、小憎こにくたらしいな。


『では、この男の子は「ダイチ」の子ではない、と? 拳一くん』

『「大地の子」ってそもそも何ですか? 我々人類はみな、地球という大いなる母の子なのですよ、的な?』


 拳一は僕のことや、僕たちの「ダイチ」調査のことを知らないらしい。詩織が説明済みではないわけか。


『それに、オーディエンスを無視した固有名詞なんて不興ふきょうしか買いませんよ?』

『……このガキ、ムカつくな』

『ん? 何か言いました?』

『いえ、なんでもないです!』


 そして、このやりとりも何なの? 拳一も相手ものんき過ぎない?


「うあ……う……」


 僕が何度も鏡を叩く音で気付いたのか、切田は頭を動かし、うめいた。

 よかった……。即座に命に別状があるわけではないようだ。


「切田ッ! 聞こえるか!」

「ヘビーな……アトラクションだぜ……」


 その言葉を残し、切田の身体からだはまたも力をなくす。どうやら気を失ったようだ。

 ひとまずは倒れている切田から、血だまりが拡がっているなどといったことはない。刺傷ししょうではないようだ。見てる限りは、「剣で刺した」というよりは「剣先が触れた」といった感じだった。そして、切田のやられ方。あの感じは……。


『では、つづけての勝負にまいりましょう~!』


 アナウンスの声に、左手の鏡の中、今度はすいがスポットライトを浴びる。


『今度は何?!』


 すいの声が聞こえる。彼女は上空を見上げた。


「すい! 聞こえるか?!」


 僕はすいが映る鏡面にとりつくが、彼女もやはり、気づく様子はない。

 と、彼女は、僕の方とは逆側に顔を向けた。すいが見つめる闇の中から、切田のときと同様、ピエロが姿を現す。今度のピエロは、右頬みぎほほにクラブのマーク……。


『アンタ……何者? みんなはどこ?』


 すいがピエロに対して構える。


『私はクラブ・スートッ! よろしくね!』


 ピエロが名乗りをあげる。

 今度のピエロは全体的にゆったりしたモノクロチェックの衣装。その服装のため体つきを細かくは判定できないが、すいと比較しても背はそんなに高くはないようだし、声が可愛らしい。女性のようだ。


『……よろしくする気はこっちにはないわ』

『あなたは『ダイチ』の子?』

『ッ?! こんのクソピエロ、ヨッシーが狙いか……。ヨッシーはどこ?!』

『さ~あ? 知りたければ私を倒してごらんなさ~い!』


 ピエロもすいに対してファイティングポーズをとる。

 その両手にはボクシンググローブのようなものがはめられている。そして、グローブには何やら金属的に鈍く光る突起物とっきぶつが……。


 やっぱり……。

 たぶんコイツらの得物には、相手に電気的な衝撃を与える仕掛けがされているんだ……。「スタンガン」みたいな。それも、切田は一般人とはいえ、高校生男子としてはそれなりの体格――そんな彼を一瞬で倒れさせる威力の。


『すでに臨戦態勢ですね! では、二回戦、いって……』


プゥ


『みま……何の音?』


 はい、どう考えてもオナラです。


 鏡の中のピエロは、ファイティングポーズを取りながら、すこし顔をしかめていた。


『あんた……私になんか、した?』

オナラをこいてもらった』


 ピエロの白塗りの顔が赤らむ。化粧を透過するほどか。


『へ……? オナラなんて私……痛っ!』


 ピエロは叫びを上げ、頭を抱えこむ。


『いたっ! 頭……イタイッ! 何これ?! イタタタタ……』


 彼女はそのまま倒れ込み、すいの足元をのたうち回る。


『アンタ、弱いでしょ? ワタシの「操魂そうこん」がすでに効いてる。ワタシの質問に正直に答える以外、何をしゃべっても、何をしても、死ぬほどの頭痛に襲われるよ』


 すいは倒れて動かないピエロに歩み寄ると、その胸ぐらをつかんで引き上げた。


『答えて。ヨッシーはどこッ? みんなはどこなの?!』

『し、知らない……。イッタァーッ!』

『知らない、じゃなくて知ってることを答えてッ!』


 ピエロの頭部がガクガクと前後するほど、つかんだ胸ぐらを激しく揺さぶるすい。すごい剣幕けんまくだ……。


 普段、「襲撃者来たけど返り討ちにしといたよ」、「ありがと」などと何の気なしにやり取りしていたけど、ひとりで戦うときのすいはこんなにも殺気がみなぎっているものなのか……。


『あれ、あれれ……。これ、どういうこと?』


 アナウンス役の声の主は、この状況に戸惑っている様子だ。


『もう勝負ついてるんじゃないですか? 見ればわかるでしょ』

『いや、クラブの彼女は四人の中でもイチバン強いんだけど……』

『じゃあ、話は早いですよ。すいさんはもっと強かったってことです』

『えぇ~……。じゃあ、彼女が「ダイチ」の子?』

『知らないっつってんだろうが! ジュースおかわりッ!』


 とりあえず、アナウンスの今の発言から推測するに、今回は強大な敵というわけではなさそうだ……。

 それにしても、拳一は快適そうだな。


『わかったッ! 言う! 言うからッ!』


 鏡の中では、クラブのピエロが痛みに耐えきれなくなってついに観念した様子だ。


『言えッ! はよッ!』

『あんたの友だちは、この迷宮の中で幻術げんじゅつにかけられて、みんなバラバラに引き離されてるの! ひとりひとり、私たちが倒すためにねッ!』


 ……幻術。僕たちがミラーハウスに入ってから仕掛けられたのか? いつの間にそんな……。


『どうやったらその幻術、解けるのッ?! 答えてッ!』

『そ、それは私は知らない! ジョーカーしか知らないの!』

『ギクゥ!』


 ジョーカー……。「ギクッ」と声に出るほどの判りやすいリアクション……。

 きっと、このアナウンスの声の主が僕たちに幻術を仕掛けた、「ジョーカー」なのだろう。


『他にはッ?! 知ってること全部吐けッ!』

『イッタぁーいッ!!』


 クラブのピエロのひときわ大きな叫びがこだまする。


『知らないッ! もう何にもないよ! 許してェッ!』

『チッ……』



 小さなオナラの音がすると、すいの口もとに光の粒が吸い込まれていく。

 と、クラブのピエロの絶叫がんだ。すいの「失魂しっこん」によって気を失ったのだろう。

 すいはダランと弛緩しかんしたピエロの身体から、突き放すように手を離した。


『三カ月……そうやっておネンネしてろ』


 吐き捨てるように言うと、ふと、すいは僕の方へと顔を向けた。完全に僕と目線が合っている。

 彼女の顔はだんだんとほころんでいき、目のウルウルが増していった。


「ヨッシーッ!」


 彼女は僕を呼ぶと、こちらに向かって駆け出す。


「あ、すい! ぶつかるぞ……。って……あれ?」


 先ほどまで僕たちをへだてていた鏡面はいつの間にかなくなっており、すいはそのまま枠をすり抜けると、僕の胸に飛びついてきた。


「くんかくんか……。この匂い、ヨッシーだよぉ……」

「ちょ、すい……。やめて。こすりつけんなって」


『え~……。クラウンのメンバーがやられますと、このように観客席への道が開かれますので、どうか私を探したりしないようにお願いします』

『すいさ~ん! コイツです! コイツがジョーカーですよ!』

『あ、コラ。このガキ……! ジュースのおかわりもうあげないよ!』

「あんだって?!」


 すいは僕の胸から顔を上げると、闇が拡がるばかりの上空を見上げた。


「上にいるの?」

「わかんない……。正直、この空間、方向感覚が効きづらいの。でも……」

「でも?」

「なんかクサいんだよね」

「クサい……?」


 そう言うと、彼女は左右、そして僕越しに奥をのぞき込んだ。

 

「拳一くん、金ぱっつぁんとしおりんもひとまず無事みたいだね。切田はあれ……」

「たぶん、生きてはいる……」

「そっか」


 すいは、安心したように、ほっと一息吐く。


『では、気を取り直して三回戦、いってみましょ~!』

『え? すいさんが「大地の子」だったらもうムリなんじゃないですか? その「大地の子」を倒すのがこの茶番の主旨しゅしなんですよね?』


 小学四年生からの至極しごくまっとうなご意見。


『いいの! あとで考える!』


 対する(たぶん)大人の、この行き当たりばったりさ加減。


『続いてはこちらのお嬢さん!』


 アナウンスの声に僕は、まず左手の鏡を見た。ソフィーではない。ライトを浴びていない。

 背後に振り返る。背後の鏡には詩織が映る。

 彼女は上空から降り注ぐライトに、まぶしそうに手をかざしていた。


 次にピエロと戦わされるのは……詩織か?

 僕のひたいを、嫌な汗が伝っていった。

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