第三十一話 千代ポジティブキャンペーン実施中!

 結局、その日のうちにはみぽりんの試験――彼のカウボーイハットの星を取ること――をクリアできなかった。 


 一番チャンスに思えたのは、みぽりんがワワフポ事務所の隣の部屋で寝ていたとき。

 その部屋は彼のプライベートルームだったようで、帽子を脱いで寝ている今なら、と近づいたのだが、彼の姿は帽子と共に消え、また隣のオフィスに移動してしまったのだ。

 それにしても、プライベートルームのほうもベッドのシーツはぐちゃぐちゃ、帽子かけにはいつから掛かっているのか、シナシナになった同タイプのカウボーイハットがいくつも。床には雑誌や衣類、弁当のゴミなんかが散乱して、乱雑らんざつきわまりなかった。

 この大人、ホントダメ。

 続く日も、その次の日も、僕は放課後、ワワフポ社事務所に足繁あししげく通ったが、結果はすべて失敗。


「こっそり手伝おうかしらん? ワタクシが本気を出せば、あのお宝、すぐにあなたの手の中よ……」


 見かねたのか、すいが訳の分からないキャラで提案してくれた。みぽりんが言っていたということもあったが、僕からも再度、手助け不要、と念押しした。

 これは僕の試練だ。僕自身が成し遂げなければいけない。


 こうして一週間近くが過ぎようとしていた。


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「はひぃ~……。別の手、考えたほうがいいのかなあ……」

「ツヨポン、どうした? 暗い顔し……」


プゥ


 はい、オナラです。


「『卒倒そっとう』がまた倒れてるぞ~!」

「またぁ? もう飽きてきたよ~」


 すいの切田に対する仕掛けが早い。早すぎる。

 だけど、ちょっと助かる。正直、コイツの相手をする元気が今の僕にはない。

 すいなりに僕が余計なこと(切田)にかかずらわされないよう、気遣ってくれてるのかな。ここ二、三日は、気づけばふさぎがちになっていたからな……。


「ちょっと、拓実たくみ。ジャマ」

「ん……あ、ああ。すまん、笹原。俺、倒れてたか」


 切田本人も慣れ始めたってのは、なんだか怖いな。


つよし

「ん……何? 詩織しおり

「明日、アタシとお昼いこうよ」

「昼?」

「なになに、なに? 俺も行って……」


プゥ~


「『卒倒』がまた倒れてるぞ~! 最速連続記録だ~」

「もういい加減にしろ~」

「んぁ……もう、クソッ。なんだってんだ、一体……?」


 起き上がった切田は、捨て台詞ぜりふを残して僕の席から離れていった。


「……で、詩織。お昼って?」

「昼ご飯。このあいだ、テスト勝負でアタシ、勝ったでしょ。……ソレ」


 明日は土曜だ。朝から例のごとくみぽりんのところに行こうかと考えていたけど……。

 詩織と昼メシか。気分転換にいいかもしれない。


「ああ、いいよ」

「よし……。すいちゃーん」


 詩織がすいを呼ぶ。彼女は口先をとがらせた、不機嫌な顔をしながら僕たちのところに近づいてきた。


「聴いてたでしょ? すいちゃん」

「え~え~。ワタシの耳にはしっかり入っとりますよ。ばあさんや」

「明日のお昼、すいちゃんの同伴どうはんはナシだからね。もちろん、ソフィーちゃんも」

「ええ~?」

「ズルいです!」


 ソフィーは遠く、自席で立ち上がって大声を上げた。

 周りのクラスメイトがびっくりしてソフィーに注目。彼女は注目を浴びたためか、真顔のまま何事もなかったかのように腰を下ろした。


「しおりん。あの金ぱっつぁんはいいとしても、ワタシはヨッシーの妻だよ? いつも一緒なのは当然じゃない?」


 オイ、いつ僕は君に求婚した? いつ成婚したんだ?


「ダーメ。これはすいちゃんにテストで勝った、アタシの権利です。強とその……ふたりきりにして。いいね?」

「……グゥ。グゥの音も出ない」


 約束はちゃんと守るあたり、すいも律儀りちぎなヤツではある。


「ちなみにすいちゃん。今みたいに、会話が聴こえるのって、どれくらいの距離まで聴こえるの?」

「ギクゥ!」


 自分で「ギクッ」っていう人、初めて見た。

 さてはコイツ、従ったフリして隠れてついてくるつもりだったな。「律儀なヤツ」、撤回てっかい


「ひゃ、ひゃひゃ、百メートルくらい先の小声くらいまでかな……。障害物がなければ」

「例の屁吸へすいじゅつの強化を使うと?」

「ギ、ギ、ギ、ギクゥ!」


 そんなことに使う気だったのかよ、幻の暗殺術を。


「たたた、たぶん、その四倍くらいは、いくんじゃ、ないかね~?」

「じゃあ、明日はすいちゃん、四百メートルから先は近づいちゃダメだからね。ソフィーちゃんもね」

「ぐぐぅ……無念……無念であるぞ……」

「さぁ、なんのことだか~。ニポンゴムズカシね~」


 遠くでとぼけるソフィー。唐突とうとつに外国人に戻るな。

 それにしても詩織の予防線がえげつないな。まぁ、コイツらも間違いなくやりそうだから悪いんだけども。


「何か重要な話でもあるの?」

「ううん、ただの気晴らしだよ。ホラ、アタシ最近空手のほう、伸び悩んでるからさ」


 そうは見えないけどな。でも、詩織とふたりで出かけるなんて、いつぶりくらいだろう。


「じゃあ、明日十一時くらいに強の家まで行くから」

「うん、わかった」


 僕はなんだか、詩織との食事がちょっと楽しみになってきた。


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「どうしたの~? すいちー。朝からそんなムクれちゃって……」

「別に! ぷんすこ!」


 母さんがすいのふくれたほほをつついている。

 今夜は母さん、仕事は休みらしい。それで彼女にとっては今は「夜更かし」の最中なのである。すいが居着いてからというもの、彼女を猫可愛がりするのが母さんの「夜更かし」の大抵の過ごし方である。

 そして、このふたりがカラみだすと、僕になにかしらのとばっちりが来ることが多い……。


「せっかくのお休みなのに、今日は先週みたいにつよぽんとお出かけしないの~? 千代せんだい行ったんでしょ?」

「行ったさ!」

「私もね、一度行ったことあるんだけど、いいところよね~。カマボコおいしいし」

「牛タンうまいし!」

「お土産用のお菓子もおいしいのよ~」

「お菓子……食いてぇ! 行こう、ヨッシー! いますぐ!」


 そら、きたぞ。


「行くってどこにさ?」

「千代!」

「行かないよ……。突然すぎるだろ」

「お菓子が待ってるよ! 見上げてごらん、夜の月を!」

「すい、いいことを教えてあげよう」

「なんぞ?」

「そのお菓子、近くのショッピングモールで売ってる」

「なん……だと……?」


 膝から崩れ落ちるすい。


「ちょっと遠いけど、歩いて入れる高速道路のサービスエリアでも買える」

「ふざ……けるな……。他県の……名物……なんだ……ろうが……」

「大体、これから詩織が来るってのに約束破るわけにはいかないだろ」

「あら、つよぽん、今日は詩織ちゃんとお出かけなのね~」


 そう言うと、母さんはニヤニヤと僕を見てきた。


「なに? 母さん。その笑みは」

「いやあ……つよぽんもやっぱりすみにおけないな~って」

「どういう意味?」

「うふふ~。そういう意味~。じゃあ、すいちー、今日は私とお出かけしようよ。お菓子、買いに行こ?」

「お菓子は食いたいが、ヨッシーの後もつけたい。一体、一体ワタシはどうすれば……」

「ついてくるなよ。詩織にも言われただろ? おとなしくお菓子買ってきなさい」

「だって……アイツももういるよ?」


 すいはそう言って、窓の方を指差す。

 アイツ? まさか……。


 僕は窓に歩み寄って、カーテンを開いた。そこには、金色の髪の少女が、世にも不細工な面相めんそうで窓ガラスに張り付いていた。


「ソフィー……。ちょっとは自尊心、もとうよ……」

「あらら、ソフィーちゃん。いらっしゃ~い」

「お母さん、お邪魔します」


 ガララ、と窓を開けて入室してくるソフィー。うちの窓は玄関じゃないんだけど。

 ソフィーと母さんは勉強会やらなんやらで僕の家に集まったときに初対面を済ませている。その時の母さんのセリフ、「や~ん。お人形さんみた~い。ウチの子にした~い」。

 このセリフが「あの件」前でよかった。今、それを母さんが言ったらソフィーが本気にして現実になりかねない。この狭い家に、すいだけでもにぎやかすぎるのに、ソフィーまでなんて……想像したくない。


「ソフィーちゃんもつよぽんたちと一緒にお出かけ?」

「はい、そう「いや、違う」


 かぶせ気味に否定した僕に、ソフィーがムッとした表情を向ける。

 違うだろ! ってかここにいるのがすでにおかしいんだからな!


「そっか。じゃあお買い物、ソフィーちゃんも一緒に行こうよ。お昼もおばさんのおごり~」


 可愛がるメンツが増えたことに、ニンマリとする母さん。


「強くん」

「ん?」

「あなたのお母さん、ズルさの極みですね。こんな無垢むくな笑顔、私には拒みきれない」


 そうだな。お前はもう、汚れちまってるよ。


コンコン


 その時、玄関のドアがノックされた。時計を見ると、十一時の十分ほど前。詩織だろう。


「は~い……。お」


 扉を開けた僕は、目を疑った。詩織が……別人のようだった。

 膝まであるソックスに、ワインレッドのプリーツスカート、そこから伸びたこれまたレッドの肩ひもの下には、多すぎない程度にレースが織り込まれた半袖ブラウス。

 こんなカッコの詩織……見たことないな。スカートなんか履いてたこと、ある? いっつもパンツスタイルなのに。


「よ、強」


 どことなくぎこちなさそうに、詩織は挨拶をくれた。


「あ、うん。なんか詩織、いつもと違うね」

「ああ……うん。どう?」

「どうって……服装? 可愛いよ」

「……そっか。じゃ、じゃあ、いこっか……。って、ソフィーちゃん!」


 詩織の言葉に振り返ると、母さん、すい、ソフィーが三人して僕の背後に立っていた。

 母さんはニマニマ、すいはまたも頬をふくらませ、ソフィーはものすっごい形相ぎょうそうで詩織をニラんでいる。


「なんでいるの?!」

「あらら~。詩織ちゃん、可愛い格好してるわね~」

「しおりん! ノー可愛い! ノーライフ!」

「この女狐がっ」


 詩織はビッと人差し指を立て、それを三人に向けた。


「いい? 今日はホントについてくるのナシだからね!」

「なんかあったらどうすんのさ~」

「……はい、コレ」


 詩織はすいに自身のスマホを渡した。


「なんかあったら強の携帯から連絡するから! あ、アタシのスマホ、いじくりまわすのもナシね!」

「うぅ……」

「こんのヒョウロクダマが……」

「うふふ。詩織ちゃん、安心してデートしてきなさいな。ふたりはおばさんに任せといて」

「で、でで、デートなんかじゃないですよ!」


 ブンブンと手をふって否定する詩織。


「ほら、つよぽんも。行ってらっしゃい」

「うん。それじゃあ、行こうか」

「……うん!」


玄関のドアを閉めたあとも聞こえるふたりのギャーギャー騒ぐ声をあとに、僕と詩織は、連れ立ってアパートの階段を下りる。

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