幕間二 らららら、らんらん、らんらららんど

「みんなっ! 俺の歌を聴けー!」

「ヨッ! 『卒倒』! 待ってました!」

「あはは、結構うまいね~!」


 中間テストの全日程が終了となった金曜の放課後、ねてよりすいたち女子連中が計画していたカラオケイベントが、「テストお疲れパーティー」と称してもよおされることになった。

 クラスメイト十数人がひとつのパーティールームに集まり、切田みたいに順番に歌ったり、スナックをつまみながら会話にきょうじたり、とテストが終わった解放感を十分に満喫しているみたいだ。

 テストの結果? キニシチャイケナイ。

 というか、なんで僕はここにいるんだ? 行かない、って言ったはずなのに。


 歌い終えた切田が、ドサリ、と僕の隣に腰を下ろす。


「ツヨポン、なに冷めた顔してんだよ。楽しもーぜ! ヒュー!」


 そう、コイツだ。コイツとすいが、僕を無理矢理に引きずってきたのだ。


「歌えよ~、ホレ」

「うぅ……」


 切田がマイクを僕に突き出す。


「わあ、逢瀬くんの歌ききたーい!」

「ヨッシー! その美声、はよ、はよ!」


 さすがの僕もこの状況でかたくなに歌わないなどと野暮なことはできない。


「じゃ、一曲だけだよ?」

「イェー!」


 僕が選曲して送信すると、他に待機曲がなかったため、すぐにスピーカーからイントロが流れはじめた。


「あ、これ私スキー!」

「十年くらい前に流行はやったやつだよね?」


 男性アイドルグループの代表曲のひとつ。中学の音楽の授業にも採用されているやつ。

 正直、音楽、芸能関係には僕はうといので、歌える曲なんて超有名どころ以外ない。


 ――。


 歌い終えて席に着くと、まばらな拍手が僕に送られた。


「逢瀬くん、よかったよ!」


 ウソつけ! 荒井さん、途中から隣の子と話し始めてただろうが!


「あ、終わったの? じゃ、俺、もっかい歌おっと」


 聞いてもいねぇのかよ! 切田が発端だろうが! すい、コイツのを吸え! 今すぐ倒してくれ!


「宝じゃ……あまりに下手過ぎてヨッシーの歌声は国の宝じゃ……」


 ストレートすぎるだろ! もっと包め! 風呂敷に包め!


 もう、歌い損やで……。

 僕はお茶を口の中に流し込んだ。普段ろくに歌ってないと、喉、痛くなるよね。


「じゃ、アタシも歌おっと。すいちゃん、デュエットしない?」

「デュエットって、何?」

「ふたりでひとつの曲を歌うの。ほら、この曲」


 詩織が自分のスマホを取り出し、すいの耳にイヤホンを当てた。

 すいはカラオケに来たのは初めてだったようで、クラスメイトを前にして、アレは何、コレはどうやるの、とすごいはしゃぎようを見せた。カラオケ店にあるものすべてが目新しいのだろう。

 そんな驚きばかりしていたものだから、肝心かんじんのカラオケ歌唱体験はまだだった。詩織はそんなすいを思って誘い出したに違いない。


「オッケー、オッケー。覚えたっ!」

「色違いで歌詞がでるから、すいちゃん、二番目に出てきた色の方ね。よしっ、いってみよう!」


 詩織が曲を送信する。

 すぐさま、ピアノがメインの旋律のイントロが流れ出す。


「コレ、知ってる!」

「アニメの曲だよね? たしか」


 詩織が歌い出す。

 まぁ、僕は幼馴染おさななじみだから知ってるけども……。


「詩織ちゃん、うまっ!」


 そう、詩織は僕とは違い、結構な歌唱力を誇るのだ。

 室内の全員が、前方でマイクを握る詩織とすいに注目しはじめた。


「すげぇ、かっこ可愛いな……」

「だろう?」


 切田。何故、お前が得意気とくいげなんだ?


 詩織のパートがひとまず区切れ、続けざまにすいのパート。

 そういえば、すいは歌の方、どうなんだろう。鼻歌とか、あの、しまくらの唄とかは歌ってるのを聞いたことはあるけど……。


「キ~ミが~まも~る~」


 ……うまっ! うまっ! ナニコレ、うまっ!


 「わぁ!」と室内に歓声がき上がる。拍手や指笛が鳴らされ、すいのパートがいろどられる。

 途中から詩織もふたたび加わり、そのままふたりの歌声が重なってサビパートに突入。もともとの曲調も印象的なことに加え、ふたりの歌声――この相乗効果で、僕は鳥肌が立つのを感じた。みんなも、やんややんやと熱狂するのを突き抜けて、歌姫たちの声にうっとりと酔いしれている。


 歌い終わり。

 全員一致のスタンディングオベーションがふたりに送られた。

 詩織とすいはお互いの顔を見て楽しそうに笑い合うと、ふたり揃ってペコリ、とお辞儀じぎをした。

 なんなんだ、コイツら。ところどころハイスペックすぎるだろ。ズルすぎんだろ……。


 ソファーに腰を下ろすと、僕はお茶を口に含んだ。内心、ちょっとやっかみはしたけど、呼吸を忘れるほど聴きホレたのは事実。


「おまたせしましたー。コーラフロートでーす!」


 ドアを開けてきた店員の言葉に、僕はお茶を盛大に吹いた。


「キャア、ちょっと逢瀬くん?」

「やりよった! やらかしよった!」

「ゲホッ、ゲホォ!」


 ああああ! ごめんごめんごめん、マジでごめん! むせって変なトコ入った。

 コーラフロートはダメなんだ。思い出しちゃいけないものが、僕にはあるんだ。


「お、来た来た~。コーラフロート!」


 切田、テメェか。ちょっとあとで格技場裏こい。


「ちょっと大丈夫~? ソフィーちゃん」


 え? ソフィー?

 そういえば、僕の目の前には、テーブルを挟んでソフィーが座っていた。

 おそるおそる対面の様子をうかがう……。

 彼女はジトーッと恨めしそうな目をしながら、僕を見ていた。その顔、服にはお茶が盛大にかかっている。


「うああああ、ごめんごめんごめんごめん!」

「トイレ行っていてきな~。ほら、逢瀬おうせくんも付き合ってあげて!」

「うん、ソフィーごめん。マジごめん」


 廊下に出てトイレに向かう道々みちみち、僕を見るソフィーの目力めぢからおとろえないのが怖ろしい。


「これ、使ってね」


 僕はハンカチを差し出した。それを受け取ると、彼女はひとり、トイレに入る。


「ソフィー、ごめん……」


 ドア越しに、あらためてお詫び……。


「いえ、いいんです。コーラフロート……強くんも見たんでしょう? あの、死よりも怖ろしい光景を……。それを思い出したのね。仕方のないことだわ」

「うん、まぁ……」


 死よりも怖ろしいというか……。死ぬほど意味が判らない、というか……。


「それに、強くんからの噴射ふんしゃなんてご褒美ほうびみたいなものですし」


 ん? なんか今、変なこと言わなかった?


 キィ、と音を鳴らしてトイレのドアが開く。

 ソフィーは上着のブレザーを脱いで、白いブラウスだけの姿……。ブラウスにも僕のお茶吹きが及んでいたのか、濡れて……透けて……。

 僕は顔をそむけた。


「ちょ、ちょっと、ソフィー……。上着、着て……」

「強くん、お返事はいただけないのかしら?」

「へ、返事?」

「そうですよ。私の求愛に対しての、お返事」

「返事って、あれは一時的なものじゃあ?」

「違いますよ。この先ずっと、私は強くんだけを想って生きていくことになるの」


 えぇ~。ちょっと重ぉ~い……よ~……。


「いや、でもそれ、なんか、体質というか、技の副作用みたいなもんでしょ? ウソみたいなものなんじゃないの?」

「あら、その言い方はひどいですよ。私だからよかったものの、女の子に対して、『その気持ち、ウソでしょ』なんて。それに、私は『いだく感情を促進させる効果』と言ったわ。キスした時点で私は強くんを好きだったのよ。いずれにせよ、遅かれ早かれこうなっていた、ってことです。まぁ……」


 彼女は僕の耳元に顔を近づけ、「私は遅くても早くてもどっちでも大丈夫よ」とささやいた。


「うわぁ!」


 僕は後ろに一足飛びした。自分でも驚くほど滞空していたと思う。


「そんなに驚かなくても……」

「その、ソフィーがこうなったことは……ちょっとまだどうしたらいいかわかんないけど……。『ダイチ』の件、それが終わったら、真剣に考えられると思う……」

「……」

「だから、保留ってことで……どう……でしょうか?」

「ニェプ、日本人的ね。まぁ、いいでしょう。じゃあ……」


 再度、近寄ってくるソフィー。今度は何をされるかと思って、僕は思わず目を閉じてしまった。と、頬に何かの感触……。

 おそるおそる目を開くと、ソフィーの顔がこれまた近く、そのくちびるは僕のほほに当てられていた。


「ひゃいッ?!」

「ふふ……これは前借りね。口にしちゃうとまた欲張っちゃいそうだから」


 僕から離れ、ニコリ、とソフィーはほほ笑む。

 ソフィー……怖ろしい子……。


「あ、いたいた~! ヨッシー、もう!」

「あ、いや、お、うん」

「ソフィーちゃんも……ってソフィーちゃん! なに、その格好!」


 廊下をやってきたすいと詩織が僕たちを見つけて声を上げる。

 当然ながら僕はしどろもどろ。


「ちょっと服が濡れたものだから。強くんは付き添ってくれたのよ」

「んなこと言って、また乱れたんじゃねぇだろうな? 金ぱっつぁんよぉ!」


 そうです……その通りなんです。すいさん……。


「もう、付き添いはアタシたちがやるから! 強は部屋に戻ってて!」

「あ……はい。助かります」


 本当に助かります。では、お任せいたします。


「ふふ」


 ソフィーは意味ありげに微笑ほほえむと、そばまで寄って来ていたすいと詩織、二人の頬にキスをした。


「え? え? え?」

「……な、な、なにをするだぁーっ! ワレェ!」

「おすそ分けよ……ふふふ」

「……はぁ?!」


 ソフィー……本当に怖ろしい子……。

 僕は早くこの目眩めまいがしそうな空間から逃れたくて、みんなのいる部屋へ向かうことにした。


「強くん」


 呼び止めるようにソフィーが僕に声をかける。


「私、この子たちと一緒にってパターンもオーケ―なので、考えてみてくださいね」


 バカ、考えるか! そんなこと!


 背後ですいとソフィーが、今の発言の真意について小競り合いしている声が聴こえる。

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