第二十六話 不遇の道

『校内の生徒、教職員にお伝えします。ただいま、緊急的に避難を実施しています。校内に残っている生徒、教職員で、自力で歩行が可能な方は校庭まで避難し、生徒は教職員まで、教職員は学年主任、または教頭まで自身の無事をご報告ください……』


「ほら、放送も流れてるし、避難しよっか……」

「しない!」

「逃げてえのは、何かやましいことがあるからでないのかい? つよしさんよぉ……」


『また、意識があって歩行が困難な方には、数人で介助かいじょしながらどなたかが報告するなど、無理に避難をせず、まずはその方と自身の身の安全を図ってください』


「僕の身の安全、図っていいですか?」

「いいわけない!」

「明日も朝日……おがめるといいねぇ? 強さんよぉ……」


 ソフィーの兄を特別な呪法(格技場の円陣と同系統の小型版らしい)を込めた長縄ながなわ拘束こうそくしたあと、僕とソフィーは格技場の床に並んで正座させられた。見下ろすは阿吽あうんの像よろしくのすいと詩織しおり


「事情は大体わかった……けど、事前に言ってほしかったな」

「事前に言われてもノー、エターナルノーだがね」

「僕も、言われてたら、ちょっとダメかな……」

「あら、何でもしてくれるって言ったじゃないですか?」

「う……。それとコレとは別というか、何というか……」


 ソフィーはちょっとむくれると、プイ、とそっぽを向いてしまった。


「言わなかったのは、コッチにもリスクが高すぎるホントの最終手段だったからよ」

「リスク?」

「ええ。くちびるを吸える相手は、一生にひとりだけなの」

「ひとり?!」


 僕、すい、詩織――三人の驚きの声が揃った。


「あ、あ、ソフィーちゃん……? 確認したいんだけど、もう終わりだよね? さっきので終了だよね?」

「基礎体力はだいぶ向上しましたけど、あんな風に爆発的に向上させるには、その度にキスが必要ですよ」

「はぁ?!」

「だから、戦闘に身を置く生活の間は、私は強くんと一連いちれん托生たくしょうということになりますね」


 ニヤリ、と意味深いみしんに笑い、僕に流し目を送るソフィー。

 一連托生なんて、難しい日本語よく知ってるね、キミ……。


「うぉおおおい、うぉぉおおい! だからワタシはイヤだったんだ! こんなヤツ、こんなヤツ、仲間になんて」


 床にひざまずき、ドン、ドン、と床を叩くすい。


「これならまだ吸血鬼のほうが安心優良物件だったじゃないか! 血吸うヤツ、今からでも連れてこい! こいつは返品でお願いしますッ!」

「あわわわわわわ」


 詩織はなんだか笑っちゃうくらい震えてる。


「あともうひとつ、大事な効果として……」


 僕を真っ直ぐに見つめてくるソフィー。その顔が赤らんでいく。キスをしたときのことがフラッシュバックして、僕は目をらした。


「相手……唇を吸うパートナーへいだく感情を、すごく促進させる効果があります」

「感情ってまさか、かか、かかか……」


 震えがすごすぎて、詩織がダブって見える。


「強くん、大好きです。もう、離れたくないくらい」

「?!」

「やっぱし!!」

「だぁあああぁァあああぁッ!!」


 すいがドドドドド、と床を連打する。

 やめて、やめて! ただでさえ格技場の中、窓ガラスとか割れたり壁に穴開いてたり、ボロッボロにしたのにさらに壊れる!


「ダメだ、エクソシスト呼べッ! バンパイアハンター召集しろッ! このパチモンパツキン、焼却処分だぁッ!」

「あわっわわわ~わあわわワワ」

「あら、詩織さんはそんなにあわてる必要ないんじゃないですか? 私と強くんが、どうなろうと、こうなろうと……」

「いや、ね。こう……強とは幼馴染おさななじみとして、ね?」


 どうして、こうなった……。いや、結構マジで。


「そういえば、強! アンタ……ソフィーちゃんとその……昨日寝ただの、なんだの、言ってたわね?!」


 うわぁ、矛先ほこさきが僕に。


「寝たぁ? スヤスヤかッ?! グーグーかッ?!」


 あ。コレ、すいはよく判ってないんじゃないかな。


「いやぁ、アレはソフィーあにを引き入れるために、仕方なくのウソで……」

「私はそのウソ、今夜本当にしてもいいけど……?」


 正座しながら僕ににじり寄ってくるソフィー。


「ヨッシーにすり寄るな、乱れた金パツめ! ミダ金ッ!」


 それを離そうと、僕とソフィーの間に割って入るすい。


「と、とにかく、整理しよう!」


 僕が仕切り直しを図った声に、詩織とすいがニラみを向ける。この子たち、目で人を殺せるのではないでしょうか。


「ソフィー。『お兄さんの支配から逃れる』、っていう君の当初の目的は叶ったと思うんだけど、僕は『ダイチ』の調査は続行する。それを手伝ってくれる。それでいいんだよね?」

「もちろん」

「お兄さんはどうするの?」

「私の部屋で調教します」


 調教て。キミ、日本語辞書で変な言葉にばかりマーキングしてないよね?


「あの拘束は能力の向上したすいさんにかけてもらった呪法だから、兄でも自力では決して解けないでしょう。性格が変わるくらい調教してやりますよ、トコトンね」


 こっちが寒気を感じるほくそ笑み。この妹にして、この兄あり、だな。いや、生まれた順的には逆か。


「あと……キスのことなんだけど、あんな、あんな感じじゃないとダメなの?」

「あんな感じって?」

「その、ね……?」

「判らないわ。ちゃんと口で言ってください」


 これもまた、イタズラをしかけた子供のような、悪い笑顔。

 コイツ、わざとやってるな……? すいとはまた違ったベクトルでソフィーは厄介やっかい……。


「その……長さとか、深さというか、その……ディープなやつじゃないと……ダメなのかなって」

「ディープゥ?! ミダ金、こらぁ! 入れたんかッ! こらぁ!」


 ガクガクと、ソフィーを揺さぶるすい。詩織は頭を抱えてしまった。

 「寝た」の意味は知らないのに、それは判るんだ……。知識が偏ってんなぁ……。


「バードキスでも効果はあります。安心してください。あと、さっきのはディープじゃないわ。一歩手前くらい」


 じゃああんなのする必要なかったんじゃん! なんでした?! なんでした?!


「なんか気持ちが高ぶっちゃって、つい」


 ペロ、と舌を出すソフィー。

 出すな。あと、心を読むな。


「じゃあこれからは基本的には僕の、みんなの了承を得てから、その……キスをする、それでいい?」

「ニェプ……仕方ないですね」

「ワタシは絶対ノーを出すがね!」

「どうしても必要なときだけだよ? あと、バードキスね! コレ、ゼッタイ!」

「それらは考えときます」


 考えるな! 察しろ! 男子の純情と、欲情の持っていく先を察しろ!


『これから教職員のグループが校内を巡回じゅんかいします。動けない生徒は無理をせず、その場で定期的に声を上げ、居場所を知らせてください』


 格技場にも長居ながいはできなくなってきそうだ。そろそろ引き上げ時。


「う……う~ん……」


 縄でぐるぐる巻きのソフィー兄が気付いたようだ。術を食らえばある程度の期間(すいのさじ加減)は意識を失っているはずだけど、結構すぐに気が付いたあたり、やはり吸唇鬼きゅうしんき屁吸へすい耐性は高いようだ。


「おぉ、ソフィー! すいちゃん! 新たなかわいいお嬢さんも! ソフィー、お兄さんに会いたくて起こしてくれたのかい?」

「全部テメェのせいだ!」

「全部あなたのせいよ!」

「全部兄さんのせいよ」

「え……ちょ……え?」


 三人の怒号を寝起き一番にいっせいに浴びる。さすがの筋金すじがね入りの女好きシスコン兄も、顔を引きつらせたじろいだ。


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 ソフィー兄(名はレオニードというらしい。最後の最後に発覚)の襲来のせいで校内はとんでもない騒ぎになったけれど、不幸中の幸いとでも言おうか、死亡者、重傷者は皆無かいむだったらしい。


「なんで、オレ。あんなことに……」

「もうオレ、お嫁にいけない……」


 心に深い傷を負った男子は多数出たようだったが。


 防犯カメラに犯人としてレオニードの姿が映っていたり、目撃者の証言がもちろんあったが、ソフィーが彼を自分の家に監禁――もとい、かくまったため、彼の行方を掴まれたような気配はなく、警察の捜査継続中ということらしい。レオニード兄を引き渡しても警察では対処しきれないだろうし、このままウヤムヤになってくれた方がいいのだろう。


 僕たちの学校生活は……。

 校内設備への損傷が激しく、学校は二日ほど休みになった。みんな、テストが延期になって喜んだが、学校側も偉いもので、その週のうちには登校、テスト再開までこぎつけてきた。

 これによる思わぬ成果がひとつ。


「ぃやったぁ!! 勝ったぁ!」

「なん……だと……?」


 詩織がすいに、保健体育のテストで(自己採点の結果ではあるけども)勝利したのだ。

 不意にできた休みを、保健体育一点突破の猛勉強にてた詩織。一方すいは、解答後の落書きに熱中するあまり、見直しをおこたった凡ミス。この差が出た。あと、問題用紙の裏に描かれた落書きは相変わらずクソ下手だった。


「女に二言はない! しおりん、どうぞヨッシーを好きにしなさい! ワタシにもちょっと分けてね!」


 言葉のいさぎよさの割に、口をへの字にして、僕の袖口そでぐちを掴んで離さないすい。人をケーキみたいに言うんじゃない。


「えっ……どうしよっかな……。あ、じゃあ、アタシもその……キスを……」

「えっ?」

「あははは、じゃなくて! 今度ご飯食べにいこーよ! また、昔みたいにさ。一応勝負には勝ったということで……ふたりで」

「許す!」


 詩織……あなたが、神か。すいの粘着が増すことに比べれば、そんなのお安い御用だぜ!


「わかった。ご飯か……行こう!」


 こうしてテスト期間を終えた僕たちは、「ダイチ」調査のための千代せんだい行きをいよいよ決行する段となるのである。

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