第二十話 探しものは匂いをかげばだいたい見つかる

「ツヨポン。どうしよう、どうしようよ」

「いや、もうそんな状態ならあきらめるしかないんじゃない?」


 切田きりたが朝からソワソワしている。僕のところに来ないでほしい。あと、ツヨポンやめれって。


「俺、もう告げる、告げちゃう」

「はぁ……。そうしな、そうしなよ」

「……よっし」


 切田は意を決した様子で詩織しおりの席に向かった。

 詩織が気付いて顔を上げる。


「……何? 拓実」

「笹原……その、あのな……」

「何よっつってんの。用があるなら早く言って」


 彼は両手を合わせ、詩織に頭を下げる。


「ノート、貸してくれ!」

「……はぁ?」

「日本史のノート、貸してくれ!」

「……アンタね。こんな直前に貸すわけないでしょ!」


 詩織のノートの取り方はとてもキレイで判りやすく、そのノートはクラス内での「コピー元」としての評判が高い。詩織自身、暗記系の教科は平均点くらいはいくらしい。


「頼む! テスト日程間違えて化学やってきちまったんだ!」

「……あきらめなさい」


 そう、今日は中間テスト一日目。

 科目は日本史、英語、古文。切田は一夜いちやけで乗り切ろうとしたみたいだけど、科目を間違えるなんて……。爆死は確実。


 貸して、貸さないの問答をやっているうちにチャイムが鳴り、教室に針田先生鬼ババアが入って来た。


「ちょっとそこ、早く席につきなさい」

「あぁ、もう! 拓実のせいで復習できなかったじゃない!」

「すまん、笹原、すま~ん!」


 あやまりながら席に戻る切田。


「まったく、今さらになって焦ってるようじゃ結果は知れてるわよ? 机の上は筆記用具だけにして。配るわ」


 鬼ババアに言われて、みんなそれぞれの勉強道具をしまう。


 僕は今週、ひとまずは左手のひねりも完治し、それからというもの勉強に没頭した。すいには渾身こんしんの土下座でお願いしたところ、勉強中に変なちょっかいを出してくることはひとまず止まった。代わりに、とでもいおうか、勉強をする僕の隣でなにやら勝ち誇ったようなニヤニヤ顔をするようになった。はて、どういった意味だったんだろうか? わっかんないな~。


キーンコーンカーンコーン


「始め」


 チャイムと同時に、教室内、問題用紙のめくられる音。テスト期間、開始。


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「どうだった~? ヨッシー……むふふ」


 テスト期間中は昼で学校は終わり。一日目を終えた僕たちは、まだ日も高いうちに帰途きとについた。帰ってからも勉強、勉強……。

 そんな帰り道、すいのニタニタ顔が僕に訊いた。


「たぶん、今日はまぁまぁかな。英語も感触よかったし……。すいはどうなの?」

「むっふっふ……。かんっぺきっ!」


 ピースを作るすい。かなきゃよかった。


「四日だから~、四等分して~、ヨッシーの右腕と右足くらいは、もうワタシのものだね~」

「ケーキかよ! 生身を等分すな!」

「ハッ……! 等分とうぶんと、ケーキの糖分とうぶん……。天才、ここに現る……」

「恥ずかしいからヤメて!」

「それにつけても、しおりんもそんなには、ってカンジだったし~。金ぱっつぁんなんか日本史と古文、死んだ魚の目してたからね~」

「……ソフィーは、まあ、正直可哀そうに思う」


 よくよく考えたら、ソフィーは一学期の授業などほとんど受けていないようなものだ。

 あと、言語の壁。話すぶんには問題ないけど、「日本語」文字にはまだ慣れていない、とも本人は言っていた。

 なにか特別な措置がなされてもいいんじゃないか?


「スイマセン。そこの可愛いミラヤお嬢さん」


 不意に、僕たちふたりの進路をさえぎるように、男の人が声を掛けてきた。


「ワタシ?」

「ええ、あなたデス」


 言葉のイントネーションがその人物が外国人であることを示している。

 黒系でまとめた服装の男。金色の髪にグレーがかった瞳、端正な顔立ち……。男の僕でさえ息をむほど美しい。


「……何ですか?」


 すいは初対面の人間には基本的には人見知りするようなので、ネコかぶりモードで彼に応じた。


「このあと暇でしたら付き合ってくだサイ!」


 僕とすいは顔を見合わせた。

 ナンパだ。金髪外国人のナンパだ。なんか知らないけど「スゴイ!」と感動してしまった僕。


「見てわかんないの? 現在進行形、未来永劫えいごう系でダーリンとラブラブ中だろが!」


 僕の腕に手を回し、腕組みを作るすい。ネコかぶりモードは即終了した。

 すいからエキセントリックな怒声を受けた彼は、僕をチラリと見ると、またすいに向かって話しかける。


「フム、おひとり様で暇そうに見えたのデスが」


 「おひとり様」? ん?


「あの……」

「では今晩なんか、お暇デス?」


 僕の言葉に被らせるように喋る外国人。ひたすら僕のほうは見ず、すいにだけ必要以上に顔を近づけて話す。なんだコイツ。


「バーロー! 夜こそヨッシーと一緒にしっぽり燃え上がるんだろうが! 一昨日おととい、いや、前世から出直してこい!」


 いえ、僕の今夜はしっぽりと勉強の予定ですが? ひとりで何を燃え上がるおつもりですか?


「フム……。仕方ない。可愛いネココゥトはあきらめデス。では……」


 ピッと自らの髪の毛を指差す外国人。


「こんな色の髪した少女、知りまセンカ?」


 髪。金髪。ここらへんで金髪で、外国人に関係がありそうといったら……。


「あぁ……もしかし」

黙れザトゥクニシッ!」


 突然、怒声を浴びせられた。


「男は喋るな! クソが!」


 えぇ……。なにコイツ、なにコイツ、なにコイツ……。怖いんだけど、怖いんだけど。


「テメェこそしゃべんな! ヨッシーに怒鳴るなんて一万光年はやいわ!」


 いちまんこうねんは じかん じゃない。 きょり だ!


「オォ、いきりたつお嬢さんは可愛いものデス。こんな髪の少女、知りませんデス?」

「知るか! 知っててもテメェには教えん!」

「そうデスか……」


 そう言うと、男はすいにもっと顔を近づけ、鼻をクンクンさせた。

 やってることのゲスさ、まさに事案ものだが、この容貌ようぼうではなぜかそう見えない。むしろ、ちょっとになってる。これが格差ってヤツか。


「な、なにしとんじゃ、ボケェ!」

「……匂いが……少しシマス」


 そのとき、すいの張り手が男の横っつらを目がけて放たれた。

 おい、すい! その速度、マズくないか?


パシィン


 それ見たことか。

 当たる瞬間に目をつむった僕は、まぶたを開いたその先の光景に目を疑った。


 すいの手を、男がつかんで張り手を止めている。

 すいも決して全力ではなかっただろうものの、結構力が入っていたように僕には見えた……。すい自身も驚いている様子だ。


「お嬢さん、可愛いうえに強いデス。お名前は?」

「……阿武隈あぶくますい」

「おお、ニホン人の名前、難しいデス。イミャ……、ファーストネーム?」

「……すい」

「おお、すいチャーン。覚えておきます。では、これ以上すいチャンの機嫌を悪くしたらいけないので、またねパカー!」


 金髪の男は、陽気に笑いながら去っていく。

 アイツ、結局僕にまともに顔を見せなかったな。なんだアイツ……。


「すい、お前……あのビンタ……」

「うん、ちょっと本気出ちゃってたよ……」

「……強い?」

「……本音で言うと、スゴイ強そう……」


 すいがおふざけなしで言っている。……よほどなのだろう。


「あ、安心して。ヨッシーには怒鳴ってたけど、殺気の類ではなかったから。ヨッシーを狙いに来たってわけじゃあなさそうだよ」

「まぁ、人探し……ソフィーか」

「うん。金ぱっつぁんの身内だろうね……。パートツーってところか」

「いや、見た感じあの人、お兄さんとかじゃないの? この世に生を受けた順番的にはパートワンじゃない?」

「じゃあ金ぱっつぁんをニセモノと呼ぶことにする。あいつ、パチモン外国人くさいし」

「今の人もすっごいパチモンくさいけどね」


 彼の消えたほうを確認すると、その姿はもう見えない。


「探してるってことは……ソフィーは自分の居場所を家族に知らせてないのかな……?」

「……どうでもいいよ、ニセモノパツキンのお家事情なんか! もう、アレだ、早くおウチ帰ってお昼にしよ! もうワタシ、腕をフルフルにふるっちゃうよ!」

「それはやめてくれ。マジで、やめてくれ」

「マジで? マジのマジで?」

「マジマジのマジで」

「あちゃペロ~」


 舌を出すな。


 しかし、ちょっと嫌な予感がする。すいいわく、「ソフィーのお家事情」は僕たちにとって、どうでもよくなんかならないような、そんな予感……。

 とにかくとりあえず、ひとまずは帰ってからもテスト勉強!

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