第十九話 勉強会やるってなると集まってまでやる効果がそんなに絶大でもないのになんであんなワクワクするんだろうね

「第一回! いちばんいい成績のヤツがヨッシーをお嫁にもらう! 中間テストお勉強かーい!」

「わぁあぁああぁ!」

「いぇーい!」

「きゃほほーい!」


「……すい」

「どした? 景品」

「騒いでるの、お前だけだよ。あと、人のことを景品と呼ぶんじゃない」


 放課後、僕たちは僕の家に集まって勉強会を開くことになった。来週の木曜から土日を挟んだ四日間、僕たちは高校生になってからはじめての中間テストを控えている。そのための勉強会だ。なお、昼に和解したばかりのソフィーの歓迎会も兼ねて。

 集まってから思うのもなんだけど、歓迎会が勉強会ってだいぶキテるな。


「狭いお部屋ですね」

「母ひとり子ひとりなんで、これくらいで十分なんです」

「強のところのお母さん、キレイなんだよ。ソフィーちゃん」


 詩織はすっかりソフィーに心を許したようだ。


「ダメダメ、ダメ! 金ぱっつぁんなんかにあいちん会わせたら食べられちゃうよ!」


 一方、すいはまだ警戒している……というよりかは毛嫌いしている。


「ホントに……もうあいちんお仕事に行ってるからすんでだわ! すんでのところで命拾いだわ!」

「食べませんよ。なんですか? 食べるって。すいさんの方が食べそうでしょう。オナラエルドシュを食べる異人種……」

「ムキーッ、この野郎! 日本人なら日本語言え!」

「オゥ、ニポンゴワッカリマセーン」


 オイ、もしかして……ソフィーもボケ側なのか? やめてくれ……僕のツッコミゲージはゼロよ……。


「しかしすい、本気なの? テストで勝負みたいなこと、する気?」


 すいが勉強してるとこなんて見たことないけど。


「そうよぉ……。ヨッシーを賭けて、ここで白黒つけとこうと思ってぇ……」

「白黒?」

「ここでテスト勝てばもう文句なしにヨッシーはワタシのものでしょ!」


 いや、文句は山ほどあります。無料で駅前で配れるくらいあります。


「私は別に強くんなんかいりませんよ?」


 なんか、て。なんか、て。


「アタシは……もうウチには拳一けんいちいるし」


 僕と自分の弟をペットか家電みたいに言うんじゃないよ!


「むっふっふ……。では、不戦勝でヨッシーはワタシのモノに……」


 口をすぼめて近づいてくる、すい。

 そのままピョンッと飛び込んでくるすいを、僕はなんとか上体をらしてけた。


 やめて。キミのその口の形、屁吸へすいじゅつのときと同じだからなんか怖いんだよ!


「あら。私、やらないとは言ってないですよ? 勝負ごとは好きです」

「アタシも、一応……やるし」


 床に不時着したすいが、その態勢のまま、「ケッ」と悪態あくたいをつく。


「カマトトぶりやがって。団地妻どもが!」

「とにかく! 僕が云々うんぬんはナシで。まぁ、すぐテストなんだし、せっかくだから勉強しよっか」


 こんな感じですいが邪魔してくるものだから、最近は僕も勉強時間がとれていない。抑止よくしりょくとして詩織しおりやソフィーが作用してくれることを願いつつ、ここで遅れを取り戻そう。


「じゃあ、まずは状況把握ってことで。みんなでコレ、やろーぜい!」


 すいがかかげたのは数学の問題集だ。学校指定のものなので全員が同じ物を持っている。


「なんですいの仕切りが続くんだ……。まあ、勉強してることにはなるか」

「やりましょうか」

「三十分でどれだけ解けたか、勝負ね! ハイ、ヨーイドォン!」


 すいの合図とともに、各々が問題集に向かう。

 数学、苦手なんだよな……。


 三十分後。


「私はこのくらいです」


 意外にも、ソフィーは僕より出来ていなかった。彼女の雰囲気ふんいきか、優等生、って感じで勉強できそうなんだけどね。


「問題文を全部ロシア語にしろ、クソどもが」


 小声でよく聞こえなかったけど、今、何か怖いこと言わなかった?


「アタシは……この、コレ」


 うん。詩織は、詩織だ。なんていうか、安心するよ、君はイメージ通りです。君が一番出来ていないです。でも多分、一番出来ていないのはすいだろうね。


「むふふ、ワタシがいっちばーん!」

「え?!」

「ウソ!」

「ニェプ!」


 三者三様さんようの驚きだが、すいがいちばんドベと思っていたのは三人一緒らしい。


「ちょ、ちょっと見せてみろ」


 すいの問題集を解答ページと突き合わせてみる……。

 ホントだ……。

 テスト範囲の全ての出題、正答してやがる……。あなたが神か。


「ズルしたでしょう? 正直に吐きなさいよ」

「し~ませ~んよ~、べろべろば~」

「うっそだぁ、えぇ……。すいちゃん、うっそだぁ……」

「どんだけだよ? しおりんはどんだけワタシを下に見てたんだよ」

「あ、すい。お前、だから……」

「そう。テストを勝負に持ってきたのだよ、景品くん……」


 ニタリ、と笑みを浮かべるすい。


「僕が景品はナシって言っただろ?」

「おやぁ、じゃあ……ワタシが不戦勝ってことでヨッシーをペロンペロンしますよ?」

「はぁ?」

「そんなに嫌ならヨッシー自身が参加して勝てばいいんですよ。ね、ソドリアさん」

「だれがソドリアじゃーい。私ゃソフィアじゃーい」

「おもしろいこと言いますねぇ、ソドリアさん……。うっふっふっ……」


 訳の分からないすいの暴論。程があるよ?

 でも、なんとかこれをうまく切り抜けないと……!


「……あ、その……いち教科」

「ん~?」

「いち教科だけでも勝てたら、僕が景品ナシ、ならどう?」

「軟弱、軟弱ゥ! それが男の提案かね、チミィ! 許す!」


 許すんかーい。


「あ、すいちゃん、じゃあアタシも……。いち教科、すいちゃんに勝てたら……」

「許す!」


 小さくガッツポーズの詩織。そんなにすいに勝ちたいのか。


「では私も」

「金パツ、テメェはダメだ」


 しゅん、とするソフィー。目がマメみたいになってるよ……。

 案外アレだな、この子ノリがいいのな。


「よっし。そうと決まれば、勝てそうな教科を見つけ出さないと……。次、英語の問題集やろう!」


 英語の結果。

 ビリ、詩織。

 三位、僕。

 二位、ソフィー。

 一位、すい。ダントツの量を全問正解。


「げ、現国げんこく! これは過去のテストを!」


 現国の結果。

 ビリ、ソフィー。

 三位、詩織。

 二位、僕。

 一位、すい。満点。


「保健体育とか……主要教科じゃないけどね、いっちゃってみようか、うん」


 保健体育の結果。

 ビリ、ソフィー。

 三位、僕。

 二位、詩織。

 一位、すい。満点。時間余ってラクガキまで描いてた。絵はクソ下手。


「家庭科とか、どうかなぁ? ちょっと変化球すぎるかなぁ? でもなあ、一応なぁ。テストだしなぁ。しょうがないよなぁ」


 家庭科の結果。

 ビリ、僕。

 三位、ソフィー。

 二位、詩織。

 一位、すい。満点。料理下手なくせに!


「ぬははははは!」


 すい以外の全員が冥界めいかいに足つっこんだみたいな顔をする中、すいがひとり、高笑い。


「キミタチ、参加の意思を表明したのだからな! ワタシが勝ったら、観念してヨッシーを捧げるのだぞよ?! 婚姻こんいんとどけ付きでな! ぬわはははは!」


 どして? どして? なんでなの? 完璧すぎない? すいちゃんハイスペック過ぎない?!

 時間のない中、どの教科ですいを負かせられるだろうか……。唯一、高得点とれそうなのは現国だけど……現国って勉強した分だけ伸びるってもんでもないし……。


 ……。


 あれ、これ無理ゲじゃね?


「あの……すいさん」


 おずおずと手をあげる僕。


「やっぱり、その……へへ、全部ナシってことに……」

「許さん!」


 普通に、無心で勉強していこう。うん、そうしよう。


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 詩織は家が近いのだけど、ソフィーはバスで帰る、というのでバス停までみんなで向かうことにした。


「しおりん、カラオケいつだって?」

「ちょっと待ってね~。……テスト終わったら打ち上げで、だって。再来週だね」

「うわぉ、再来週はヨッシーと婚姻結ぶし、カラオケだし、で楽しみだなぁ、わっくわく~」


 すいと詩織が先だって歩いている。

 婚姻云々は、今は何も言わないでおこう。考えたら負けだ。


「訳の分からない人たちですね。あなたたち」

「うん?」


 ソフィーが隣で、いぶかしむ顔をしている。


「私たち、ほんの数日前には殴り合いをしたんですよ? 今日だって詩織さんは、一歩間違えば大ケガ。そんな私を迎えて、さっきみたいなバカ騒ぎ。ホントどうかしてるわ」

「その割にはソフィーも楽しそうだったけどね」

「ふん」


 そっぽを向いてしまったが、機嫌が悪くなった、というほどでもなさそうだった。


「ソフィーは……強くなって、その先は何がしたいの?」

「……言う必要は、ないと思います」

「したいことはあるんだね?」

「まぁ、したいというか、なりたい、というか」

「それは裏社会じゃないと、叶えられない?」

「……何が言いたいの?」


 ニラむようにして僕を見つめるソフィー。


「今までのソフィーの様子から思ったんだけど、ソフィーってその、人を殺したりしたこととか、多分、ないよね?」

「……悪い? 仲間入りの条件がソレ?」

「いやいや、逆だよ、逆。僕は、すいにも詩織にも、そしてソフィーにも、できれば普通の高校生でいてもらいたいんだよね。さっきみたいな、さ。だから、その可能性がまだあるか、ってのが条件といったら条件かな……。やっぱりその境界線って、ソレなんじゃないかって、僕は思うから」

「何を甘いことを……殺さなければいけない相手が現れたら、どうするの?」

「なんとかして倒す……。殺さないで」

「それで何度も狙われることになったら、どうする気?」

「なんとかして説得する」

「ニェプ……甘い、甘すぎる……」


 しばらくの無言のあと、ソフィーの表情が崩れ、そこからフッと笑いが漏れる。


「でも、そんなの、試してみてもいいのかもしれないわね。今日の騒ぎを思うと、私が悩んでたことってなんだかバカらしく見えてくるわ」

「悩んでたことって?」

「それは……時機が来たなら、話すときもあるかもね」

「そっか。あ、聞かれたくなかったことなら、ごめん……」

「……」

「おらぁ、金髪ぅ! テメェが遅れててどうすんだ、ボケェ!」


 だいぶ前に行ってしまっていた詩織とすい。ブンブンとこちらに手を振りながらすいが叫んでいる。


「はぁ……。どうでもいいけど、すいさん、どうにかならないの? ちょっと心配になるくらいだわ」

「アレには僕も手を焼いてます」

「ふふっ。そうみたいね……」


 ソフィーを乗せたバスを見送り、僕たちはそれぞれの帰路についた。

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