あなたの×××を吸いたい!

ブーカン

第一章 ×××を吸う少女

第一話 転校生がやってきた!女子だぞ!喜べ!

 僕は自分の名前がキライだ。「強」。

 まあ、何のひねりもなく、そのまま「つよし」って読む。フルネームは「逢瀬おうせ強」。

 さて、ここで……僕そのものを見てみよう。


 身長は平均以下。体重ももちろん平均以下。

 三十より上を記録したことがない握力測定、プルプルと震えるだけの上体起こし……。身体測定なんかには本当に辟易へきえきさせられる。


 どこに? どこに強い要素があるのでしょうか?! 教えてほしいものです!

 こんな素敵な御名前をつけてくださったのは、お母さま?! あるいはその顔さえも知らないお父さまでしょうか!


「つよし!」


 教室の自席でボーッとしていた僕に、声がかけられる。僕はその声の主の方へと顔を向けた。


「……なに?」

「何よ、その不機嫌そうな顔は。せっかく今日は待ちに待った転校生が来るっていうのに」


 この女子は笹原ささはら詩織しおり


 幼稚園からのくさえんで、自分の家が空手道場をやっている。

 詩織なんてしおらしそうな名前のくせして、道場の中ではバッタバッタと男子連中をなぎ倒す筋肉女子だ。ある意味、コイツはコイツで名と実が伴っていない仲間ではある。


「ねえねえ。男の子かな、女の子かな?」

「……興味ない」

「またまたぁ、んなこと言って可愛い女の子が来たらどうする?」


 えらく挑発的にカラんでくるな、詩織のヤツ。


「興味ないってば」

「ホントに~?」

「それよりかは、高校生で転校ってのほうが気になる」

「それな。珍しいよね、多分。高校生活が始まったばっかりだってのに……。なんでだろ」

「おいおい。毎度のごとくイチャついてるねぇ、ヨワシ!」


 僕と詩織の雑談に割って入って来たのは、クラスメイトの切田きりた拓実たくみだ。

 中学二年から一緒のクラスで、僕をいじりやすい対象と格付けしたのか、ことあるごとに「ヨワシ」と呼んでカラんでくる。正直なところ、僕はコイツが苦手だ。

 僕の弱さに自覚はあるけども、悪意の混じった切田からのこの「ヨワシ」の呼びかけには苦笑いでしか応じられない。同じ高校に進学した時点で嫌な予感がしたけど、まさにその予感通り、同じクラスになってしまったのだ。僕は、どうやら運勢も弱いらしい。


「なになに? 転校生の話?」

「あ、うん。そう……」

「なによ、拓実。急に入ってこないでよ」


 いや、詩織も急に話しかけてきたけども、ね。


「どうせ誰が来たってヨワシとつるみ出すなんてことはないから、期待するだけムダだよ」

「うっさいわねっ!」


 詩織が拳を作って切田の腹を殴るフリをする。

 もちろんフリなので当たってはいないが、日頃の鍛練たんれんの成果でその動作は素早く、スン、と空を切る音がした。


「お~、怖ッ、怖ッ」

「これ以上ウザいとホントに当てるよ」


 有段者としては素人に拳を当ててはいけないと思いますが。

 まあ、この流れは幾度いくどとなく繰り返されてきた詩織と切田の恒例こうれいのやりとり。僕はそれを見ているだけ。切田の僕たちに対するからかい(主に僕へ、だけど)がエスカレートしないのは、詩織のおかげが大きいこともありそうだ。

 筋肉女子でお節介せっかいが過ぎるところはあるけれど、詩織とは同じクラスになってよかったな、とは、少し思う。


「俺はホントのこと言っただけだろうが……。チェ」


 舌打ちを鳴らし、切田は高校で新しく出来たらしいクラスの仲間のところへと逃げて行った。


「あいつはホントに……。強も強だよ」

「え?」


 なに? なにか僕、関与した?


「強もいっつもオドオドビクビクしてるから拓実が増長ぞうちょうすんのよ。たまにはシャキッとしなさいよね」


 詩織がバンッ、バンッと僕の肩口を叩く。


「ちょ、ちょ、痛っ」


 どうやら発破はっぱをかけてるようだけど、その剛腕ごうわんでひよわな僕を叩かないでください。どうかお願いいたします。


キーンコーンカーンコーン


「あ、じゃあ、強。ホームルーム始まるから戻るね。シャキッとしなさいよ」


 詩織はそそくさと自分の席に戻る。

 勝手に来て、勝手に人の事を叩いて、勝手に戻っていった。詩織と同じクラスになって……よかった……のか?


「はいはーい、おはよう」


 教室に入って来たのは、僕たちの担任、富久山ふくやま先生だ。

 中年の体育教師でノリが軽く、先生と仲良くなった一部のクラスメイトからはすでに「フクちゃん先生」などとあだ名されている。


「えー。今日は……お待ちかねの……」


 富久山先生がニンマリとする。


「転校生だ!」


 わっと盛り上がる、一部の男子生徒。切田含む。


「うぇーいっす!」

「ひゃっほーい!」


ピー ピー


「こら、指笛ゆびぶえは鳴らすなっ!」


 志望しておきながらだけど、高校の風土をしっかり見ておくべきだったのもしれない。僕の学力では、まあ選択の幅は狭かったのだけども、ね……。僕は、頭も弱いのか……ってね……。


「フクちゃん先生! 女? 女?」

「ふっふっふっ……。喜べ! 女子だッ!」

「キタァァァア!」

「らっしゃおーぃ!!」


 男子連中の歓喜かんきが最高潮に達する。女子の方々からは、そんな騒いでる連中に冷たい目線。


「騒ぐな! ご登場いただくからな」

「ちょっ、フクちゃん先生、そんなにハードル上げてダイジョブ?」

「なあに……。あとは御覧ごろうじろってな」


 またも富久山先生はニンマリ。しっかし、悪い笑顔するなあ、この人。


「入って~」


 富久山先生に呼び掛けられ、ガラリと開く教室の戸。


 戸口には、まあ当然だけれども女子が立っていた。

 いや、訂正する必要があるな。

 金髪の……かなりの美少女がそこに立っていた。金髪に一瞬びっくりしたけど、整ったりの深い顔立ちから、外国人、あるいはハーフであると推しはかれる。


 音もなく、教室内に歩を進めてくる金髪美少女。さっきまでの騒ぎがウソのように教室内が静まり返っている。

 背筋なんかピンッとして……。なんだろう。神々しいな。


 教壇きょうだんの横まで来ると彼女はペコリ、と頭を下げた。富久山先生が黒板に彼女の名を書いていく。


香久池かぐいけソフィアさんだ。はい、あいさーつ」

「香久池ソフィアです。ロシアから来ました。ソフィーって呼んでください。どうぞよろしくお願いします」


 そう言うと、彼女は再びお辞儀じぎをした。その所作しょさを合図に、男子の熱狂が再演する。


「うるしゃほーい!!」

「しゃけなべいべらー!!」

「グーテンモルゲン!!」


ピーッ! ピーッ!


「ソフィーちゃん、大好き!!」


 「うるせえッ!」と富久山先生が一喝いっかつするも、騒ぎは収まらない。


「あー……ちょ、だまれ。いや、マジで! 怒られるから! 俺、鬼ババアに怒られるから!」


 鬼ババア――隣のクラスの担任、化学担当の針田先生は確かに口やかましいところがある。同僚からの叱責しっせきをおそれる富久山先生の制止が効果を表すまで、結局は数十秒を要した。


「はあ、もうお前ら……。久留米、切田、あと、坂上。あとで体育準備室な」

「ええ~、なんでよ」

「なんでもかんでも、だ」


 コホン、ともっともらしく咳払いをする富久山先生。


「え~、ソフィーちゃんは日本人のお母さんとロシア人のお父さんとのハーフだそうで。日本語には全く問題がないようなので、仲良くするように。いいな? 席は……あそこ」


 先生が指差した先は、僕の二つ後ろの席。転校生用にと、昨日から準備されていた新しい机と椅子だ。


 香久池ソフィアはその席の位置を確認すると、ひとつ、コクン、とうなずき、こちらへと向かってきた。そのウォーキング(あえてウォーキングと呼ぶ)がとてもサマになっていて、男子だけでなく、女子も息をんで見惚みとれているようだった。


 そんな今日の主役――香久池ソフィアは僕の席の横を通り過ぎ……あれ……通り過ぎない?

 ピタリ、と僕の席のところで歩みを止めると、彼女は僕に微笑ほほえみかけてきた。


「よろしくね」

「え、あ、え……?」


 戸惑とまどう僕を尻目に、彼女は自分の机まで歩いて行って腰を下ろした。


「なに、今の。どういうことー? ヨワシ、どういうことー?!」


 教室内がまた、一部男子を中心としてざわめく。

 どういうこと? は僕が訊きたい。


 視線をふらふらと泳がせていると、ふと、前方の詩織と目が合った。今までに見たことない冷たい視線。

 詩織のあの目、これは……僕は……殺されるかもしれない。そんな気がした。

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