鉢合わせ

服部社長に叱られたという話で,雄二の落語を書く趣味を知った弘樹と沙智と香織は,雄二の誘いで,落語を観に行くことになった。


「え?本当に,全く初めてなんですか!?」

雄二が驚いてみせた。


「そうよ。全然知らないのよ。オチがわからなかったら,どうしよう?」

山田香織が言った。


「私は,落語好きな伯父が一人いるから,一応初めてじゃないけど…アマチュアだからね。本物を見ると,全然違うだろうね。」

沙智が言った。


「僕も,よく知らないなあ。これまで興味もなかったしなぁ。」

弘樹が周りに調子を合わせて言った。


「嘘だろう?みんなは,なんで,そこまで興味ないの!?面白いのに!僕が睡眠時間を削って書いているというのに…!」

雄二が呆れてみせた。


「えー!社長じゃないの,あの人!?」

香織が上品な雰囲気の若い女性の後ろ姿を指さして,言った。


「本当だ!」

弘樹が驚いた。


みんなが不思議そうに弘樹の顔を見ると,言った。

「後ろ姿しか知らないけど…あの人の後ろ姿だけは忘れられない。」


「本当だ!社長だ!ちょっと呼び止めて来る!」

雄二がそう言って、服部社長の後ろ姿を追って,駆け出した。


「やめといたら?」

香織がそう言いかけたが,遅かった。


「社長!社長!」

雄二が叫びながら,追いかけた。


美穂は,自分が呼ばれていることに気づいて,振り向いた。

「岡田さん?どうしたんですか,このところで!?」


「落語を観に来たんです,みんなで。」

雄二が香織たちを指さして,説明した。


香織と沙智が会釈をしたが,弘樹は目を合わせない方がいいと思い,そっぽを向いた。


「社長は,やっぱり落語に詳しい方でしたね。僕が書いたのを数行読んだだけでわかっていらっしゃったから,きっとそうだと思いました。」

雄二が話し続けた。


「別に,詳しいというほどではありません…それじゃ,失礼します。」

服部社長が歩き去ろうとした。


「待って下さい。みんなで観ましょうよ!」

雄二が止めた。


「岡田さん,仕事中に落語なんて平気で書くあなたからしたら,わかりにくいのかもしれないですが、私は仕事とプライベートを一切混ぜない人間なんです。公私混同というものが嫌いなんです。それじゃ。」

服部社長がそう言うと、たったっと歩き去って行った。


雄二は少ししょんぼりした顔で,香織と沙智と弘樹の待つところへ戻り,4人で落語を観た。


落語を初めて観る香織と弘樹は,面白さがいまいちわからないから,雄二がずっと低い声で解説をした。


しかし,どんなに解説しても,3人はなかなか笑ってくれない。落語は,解説をしてしまうと,笑えなくなるものだったのかもしれない。


雄二が一人でお腹を抱えて,笑っていると,香織が気づいた。

「ほら,そこに社長がいるよ!」


少し離れた席に服部社長が一人で座り,雄二と同じように,お腹を抱えて笑っていた。


雄二が,香織の指す方を見てみると,すぐに社長を見つけることができた。くしゃくしゃにして笑っている顔を見ると,誰が見ても,この人は,心底から面白いと思って笑っていることがわかる。

「社長は,わかっている!そして,可愛い!こんな可愛い顔していたっけ,あの人!?」

雄二が密かに考えた。

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