第六話
「ことりちゃんがトラックに轢かれた時も、ケンは私を突き放したよね? あれもやっぱり自転車との接触を避けようとしてくれての事だったって事?」
「ああ、俺はもうカヨが自転車と接触して死んだ姿を見てるからな。そうならないようにするつもりだったけど、助けるのに間に合わなくて突き放したんだ。そしたら結果、今度は柊がトラックに轢かれて死んだんだ。だから俺はまた時間を飛んだ」
「カヨを助けようと動けば動くほど、起こる結果が変わる……」
現在のケンはいつものぶっきらぼうな表情をしたまま、そう呟いた。その声を未来のケンは拾い上げた。
「ああ、それは間違いない。それにその靴紐もその一つだ」
未来のケンはゴツゴツとした長い人差し指をツンと私のスニーカーに向けた。
「俺の記憶上、カヨが靴紐を切れたのは俺がタイムリープをした2回目からだ」
私も未来のケンにならうようにして、自分の足元に視線を落とした。真新しい靴紐を見つめながら私は、完全にどうしたらいいのかが分からなくなっていた。
ケンは私を救おうと必死になってくれている。だけど、そうすると他に歪みが起こり始める。お母さんやことりちゃんが死ぬ事になったのがその例だ。
「未来は変わろうとしている」
未来のケンはそう言った。だけど私は腑に落ちない、というかそれがいい事なのか、いい方向に変わろうとしている兆しなのか、というところで胸に引っかかっている。
私はスニーカーに視線を落とし、前回のことを振り返った。スニーカーをやめてローファーにすれば靴紐が切れる事はない。そう思ったのに、靴底が剥がれて、結局転ぶ事になる。
今回は靴紐の替えを持って、警戒しながら歩いていたにも関わらず、靴紐は一足だけじゃなく二足とも切れて、また私は転びそうになった。
どの道を選んでも行く未来は決して……。そう思ったところで、現在のケンが口を開いた。
「で、今回はどういう風に考えてるんだ? 何か策があってもう一度やり直してるんだろ」
未来のケンはゆっくりと頷いた。
「前回まで俺もカヨが同じようにタイムリープを繰り返しているとは思っていなかった。けど、カヨの様子を見て変に思ったんだ。もし俺が、カヨに接触する事でカヨにも何か変化が起きてるとすれば……って」
未来のケンは現在のケンから視線をゆっくりとスライドさせて、私と目を合わせた。
「カヨがもう起きてることを認識して理解してくれてるのなら話が早いし、俺も動きやすい。だから今回はもうカヨ、このまま俺のうちで一日中大人しくしていてくれ」
「でもそれじゃ、ことりちゃんは?」
私はそっちの方も心配だ。私の代わりに事故にあうなんてまっぴらだ。
「大丈夫だ。俺……現在の俺が学校に行って、柊が怪我をするのを防げるなら防いで、それが無理でも家まで帰りはちゃんと送り届ける」
「でも、他に誰かが被害に遭ったら……?」
「カヨ、考えすぎるな。俺はベストを尽くすし、他にも考えがある。だからお前は安心して家でおとなしくしていてくれ」
未来のケンは現在のケンに目配せをして、現在のケンが頭を少し掻いてから、今聞いた流れを承諾した。
「分かった。俺は学校に行ってカヨは俺の家にいればいい。けど、学校に行くのはカヨを家に送ってからだ」
「カヨは俺が家まで送る。家の鍵はカヨ、お前持ってるだろ?」
「え? うん」
ケンと私は家族のような間柄だから、お互いの両親が私とケンそれぞれにぞれぞれの鍵を持たせてくれている。いつでも家に入ってこれるように、って。
特にこれは、うちのお母さんがいつも両親が不在のことが多いケンの事を心配して、うちの鍵を持たせたのが始まりだけど。
「いや、ダメだ。カヨは俺が家まで送り届ける」
現在のケンは私の前に立って、未来のケンと向き合った。
「いやいや、ケンは学校に早く行ってよ。ことりちゃんが怪我するかもしれないからそれを——」
「俺は前回の事を知らないんだぞ。柊が怪我をするって保証もないし、そもそも話は分かったけど、俺はこのおっさんを信用しきったわけじゃない」
その言葉に、未来のケンの眉がピクリと反応した。
「だからお前がおっさんって言うな。お前に言われるとなんかなんとも言えない気分になる」
「そんなもん、知るかよ。とにかく俺はお前を信用してねーんだよ。今までだって何度も失敗したからループしてるんだろ? ならカヨを家まで送り届けるまで安心できないからな」
淡白な表情で、鋭い視線を未来のケンに送る、現在のケン。私が口を開こうとしたその時、未来のケンがため息をつくように、こう言った。
「分かった。俺が今のお前だったらきっとそう言うだろうって思ってたしな。カヨ、何か書く物持ってるか? 念のために俺の連絡先教えとくから」
「あ、うん、リュックの中にノートとペンがあるよ、ちょっと待って」
私はそう言いながら背負っていたリュックの中身を確認して、ペンとノートの切れ端を未来のケンに渡した。
「俺の携帯番号だからSNSでメッセージ送るなり、電話するなり、何かあった時は連絡してくれ。念のため、お前にも渡しておく」
そう言いながら電話番号の書かれたノートの切れ端を私と現在のケンに渡した。
「ってか、電話とか持ってるんだね? それって未来の?」
すごく素朴な疑問なんだけど。そもそも未来のスマホってどんなの?
「いや、こっちで買った。だからプリペイドだけどな」
そう言ってポケットからスマホを取り出した。それは見たこともないような機種で、よくご年配の方が持ってるような印象のものだった。
「じゃあお前がカヨを家まで送るんだったら、俺はまだやることがあるからここからは別行動だ。何かあれば連絡する」
「分かった」
未来のケンはそう言って辺りを見渡してから駆け出した。公園を出る直前に、一度振り返って私に向かってこう言った。
「カヨ、絶対家から出るなよ。せめて夜になるまではな」
「分かってるってば。しつこいなぁ」
過保護なほど念を押され、私は未来のケンは今隣にいるケンと本当に同じなんだなって実感していた。
ケンもぶっきらぼうなくせして、何かあった時はとても過保護だから。それは大人になっても変わらないんだなって思った。
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