第六話
ケンがスマホで時間を確認しながら席を立とうとした時だった。私も自分のスマホをポケットに入れっぱなしだった事に気がついて、メッセージチェックを始めた。
「もうモールも開いてる時間だろ、とりあえず靴買いに行くぞ。その後は……」
「学校に行く」
「面倒くせーけど、それがいいかもな。おっさんを見つけるには俺達が普段通りの行動してた方がいいだろうし」
「じゃなくて……同じなの!」
私はそう、思わず叫んでしまった。また周りの人がこちらをちらちらと見てる。ケンだって辺りを見渡しながら、小声で静かにしろって言ってくる。だけど、私にはそんな状況どうでもよかった。
だってーー。
「ことりちゃんが、怪我したって……」
今朝私が送ったメッセージに対して、ことりちゃんが返信してくれていた内容はこうだ。
“そっかー、カヨちゃん休むなんて珍しいね”
“今朝ね、カヨちゃんの言う通り体力テストだったんだよー。私シャトルランの時に張り切りすぎちゃって転んじゃった”
最後の文面の後に、ことりちゃんらしく可愛らしいひよこの絵文字が入ってる。その後には、ことりちゃんがよく使う鳥のキャラクターが、滑って転ぶスタンプまで送られていた。
そんな可愛らしい文面にも関わらず、私は背筋に悪寒が走るのを止められない。
「これも、今朝見た夢と同じだ」
「カヨ、落ち着けって。転んだって書かれてるだけで、怪我したとは言ってないだろ」
「そっ、そっか。そうだよね……」
私は慌ててメッセージを打った。どうかお願いだから、あれはただの夢で、現実になんてなりませんよーに。って、そう思いながら……。
“大丈夫? 怪我とかしてないよね……?”
私はメッセージを送ったあと、スマホの画面から目を逸らせずにいた。
ことりちゃんは怪我をしたとは言ってないけれど、このメッセージを見た瞬間、あの夢の光景が目の前に広がっていたから。
ケンの言う通り、同じことが起きてないことを願っていたけれど、ことりちゃんから届いた返事に、私は思わず目を閉じた。
“実はね……転んで、膝に打撲受けちゃったんだ”
“すごくダサくて、恥ずかしい〜”
黄色い鳥が、羽でパタパタと何度も顔を覆い隠している。そんなスタンプと共に届いたメッセージを見て、私はさらに焦る。
横から、私とことりちゃんのメッセージのやり取りを覗き見していたケンが、小声で「マジかよ」って言ったのが聞こえる。
「ケン、早く靴買って学校に戻ろう」
運命が、今朝の夢と同じ方向へ向かい出している。私はそれを何とかして食い止めなくちゃいけない。
そんなことができるのか分からないけど、やらないといけないんだ。
◇
「あれー、カヨちゃん今日休むんじゃなかったのー?」
三時間目が終わった後の休み時間。私とケンは教室にたどり着いた。
「うん。私の大事なことりちゃんが心配だったから、駆けつけて来ちゃった」
なんて、口では冗談を言いながらも内心は本気だ。スカートの裾からチラリと見える膝の包帯を見て、私は再びめまいを起こしそうだったけど、新しく買ったローファーで地に足をしっかり付けてグッと堪えた。
「えー! そんな大層なことじゃないのにー」
そう言ってことりちゃんはちょっと照れくさそうにしながら、膝の包帯をスカートの裾で覆い隠した。
「大層な事だよ。ことりちゃん歩ける? 帰りはタクシーで帰った方がいいよ」
「えっ? 大丈夫だよ。タクシーなんて大げさだなぁ」
ことりちゃんがクスクスと笑っているけれど、私は財布の中から千円札を取り出した。今日ローファーも買ったから、このお金をことりちゃんに渡したら、今月はもう何も買えないけど、別にいい。
そう思って、取り出した千円札をことりちゃんの机の上に置いた。
「大げさなんかじゃないから。だからはい、これで帰ろうね」
「カヨちゃんどうしたの? 急にリッチになっちゃったの?」
ことりちゃんが驚きながら元々大きな瞳をさらに1.5倍まで広げた。私の行動がどう考えてもおかしいと感じていることりちゃんは、私の背後に立つケンに視線を送ってる。
「うん、実は今月リッチなの。タクシーで家までって、千円で足りるかなぁ?」
私は再び財布のお札入れを確認した。もしこれで足りないのなら、銀行でお金を下ろさないと、もう持ち金がないや。
「いや、本当に大丈夫だよ。カヨちゃんこれはしまって。あたしこんなの受け取れないよ」
「本当に気にしないで。じゃないと私、ことりちゃんが心配で今夜寝れなくなっちゃうから、ね? 私を助けると思って、お願い!」
「カヨちゃんこそ体調悪いんでしょ? だったらカヨちゃんが使ってよ。あたしだって、カヨちゃんの体が心配で寝れなくなっちゃうよー?」
ことりちゃんは困った様子で笑いながらも、目でケンに助けを求めた。私の背後でぼーっと立ってるケンの体に肘で小突きながら、私に加勢するように促した。
「カヨのことは気にしなくて大丈夫だって。柊が思ってる以上にこいつ頑丈だし。それに、帰りは俺も一緒にいるから」
「そ、だからことりちゃんはなーんにも心配しないで、タクシー使って帰って大丈夫だよ」
「えー、でもぉ……」
ことりちゃんは再び困ったように笑ってる。友達が怪我したからって私がタクシー代出すなんて、無駄に大げさにしてるとしか思えない。
けど、こうでもしないと安心できないし、タクシーで駅までじゃなくちゃんと家まで帰ってもらわないと意味がないんだ。
「本当にいいから。今日だけ、ね? そもそもことりちゃんちまで千円で足りる?」
「うーん、分かった。じゃあありがたく使わせてもらうね。千円で十分だよー」
ケンも引き止める様子がないことに、ことりちゃんは降参した様子だ。机の上に置いた千円をしっかりと握り締めて私に向かってことりちゃんは頭を下げた。
「ありがとうね、カヨちゃん」
「ううん、全然! それより、ちゃんとタクシーで“家の前まで”帰るんだよ」
「うん、分かったー」
諦めもついたのか、ことりちゃんはいつものふわふわとした笑顔でそう答えた。
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