この夢が終わったら、また君に逢いに行く

浪速ゆう

夢の始まり

第一話

 ドクドクドク、と血が煮えたぎる音が耳障りに思えた頃、私はゆっくりと瞼を押し開けた。


「……はぁ、はぁ」


 どうやら寝ている間に、息を止めていたらしい。

 新鮮な空気を肺の奥まで送り届けて、私はゆっくりと手の甲で額に触れた。すると、びっくりするほどびっしょりとした汗が、私の手の甲を濡らした。


「嫌な夢を見た」


 私は思わずそう呟いてから上体を起こし、体にまとわりつくTシャツをおもむろに引き剥がして、ふと天井を見上げて首を傾げた。


「……って、どんな夢だったっけ?」


 夢は、覚えていないことの方が多い。

 目覚める直前に見た夢は覚えていて、眠りについてからすぐに見た夢は忘れやすいって何かで聞いたことがあるけれど、この話が本当なら私の場合は、眠りについてすぐに夢を見ているのかもしれない。


「シャワー浴びる時間、あるかな?」


 壁にかけてある時計の針は、7時を回ったところ。そろそろ幼馴染のケンが迎えに来る時間だ。


佳代子かよこ、いつまで寝てるの。とっくにケンちゃんが迎えに来てるわよー」


 私が制服と替えの下着を棚から取り出してる間に、ケンは来ていたらしい。


「お母さーん! ケンにシャワー浴びるから先に行ってって、伝えといてー」


 私はそう叫ぶとともに、部屋を出て一本道の廊下を通ってお風呂場へと向かった。するとケンは、お風呂場へと続く洗面所の扉の前で待ち伏せしていた。


「お前、そう言うことは早めに言えよな。メッセージ送ったら一発だろうが」

「いや、だから打つ暇ないくらい急いでたんじゃん」


 開き直った私は、ため息を吐くケンにあっけらかんとそう言った。


「はぁ、お前なぁ……もういいから、とりあえず入ってこいよ」


 ケンは諦めたと言わんばかりに首を小さく振りながら扉の前から離れて、お母さんがいるキッチンへと向かった。


 そもそも高校生にもなって、幼馴染と一緒に登校とかどーなのよ。

 小、中学生の時はよく冷やかされたけど、高校生にもなればそんなことわざわざ言う奴も減ったし、むしろ減った分ナチュラルにカップルだと思ってる人もいると思う。否定するのにも疲れたし、親しい友達じゃなければどう思われててもいいかって思う反面、大学や社会人にでもなれば自然に離れて行くのかな、なんて想像しては少し寂しく思う自分もいる。


 ケンこと、大久保おおくぼ健人けんとは、私の真隣に住む幼馴染。ケンはただの幼馴染なんかじゃなくって、生まれた日、年齢、そして生まれた病院までも同じという、自分で言うのもなんだけどなかなかレアな幼馴染だ。

 自ずと親同士も仲良くて、ケンの家族は私の家族も同然だ。だから私達はどちらかといえば幼馴染というよりも兄弟と言った方が関係は近い気がする。

 だからこそ私とケンがカップルだと周りに勘違いされたとしても、離れるなんて選択肢にはならなかったし、一緒にいるのが私達にとっては普通で、その方が自然で、当たり前だった。


「佳代子、いつまでシャワー浴びてるの。学校に遅刻するでしょ、早くしなさい! ケンちゃんも待ってくれてるのよ」


 私が髪を乾かしている時にキッチンからお母さんが叫ぶ声が聞こえて、私は負けじと叫び返した。


「もうすぐ終わるってば、ケンには先に行くように言ってよ!」


 大体待っててなんて言ってないし。小学生じゃあるまいしさ、さっさと行けばよくない? お母さんは何かとケンの味方だからなぁ。

 ドライヤーの熱を帯びて、私の髪は熱いくらい温かい。だけど私の体の中はこの髪よりも怒りの熱で帯びていた。


「あー、ダメダメ。朝からこんなことでイライラするとか、生理前なのかな」


 前回いつだったのかを頭の中で計算をしながら、私はキッチンへと向かった。


「やっと終わったのかよ」


 キッチンの入り口を開けてすぐ、ケンと目が合った。お母さんは遅刻するとか言って私には怒ってたくせに、ケンには優雅にも朝食を振舞っていた。

 優雅といってもトーストと目玉焼き、ウインナーとコーヒーといういたって普通の朝食だけど。


「そういうあんたはまだ、朝ごはん食べてんの?」

「カヨが食べなさそうだったから、代わりに食べてやってたんだろ」

「えっ、なにそれ。……ってそれ、また私の分を食べてるわけ⁉」


 突然お腹がギュと引き締まるのを感じて、すかさずケンの向かいに座ってテレビを見ていたお母さんへと視線を向けた。それはもうここぞとばかりに恨めしい形相で。

 ケンが家に来ると、お母さんはいつも喜んでご飯をふるまう。きっとお母さんは娘よりも息子が欲しかったんじゃないかってくらい、ケンを溺愛している。

 別にご飯を振る舞うのはいいけど、何も私のあげることなくない⁉


「時間もないのに、佳代子がいつまでもシャワーを浴びてたからでしょ」


 こちらを見ようともせず、お母さんはテレビを見ながら笑ってそう言った。

 ほら出た。ケン贔屓だ。


「ひどっ! 娘が飢え死にしてもいいの!?」

「大げさねぇ、一食抜いただけでしょ。それに佳代子、普段からあまり朝は食べないじゃない」

「それは、朝時間が無い時だけでしょ! ってか、お母さんもこうやって、私のご飯をケンにもあげたりするからじゃん!」


 そりゃ朝は弱いし、寝坊だってするけど、別に毎日してるわけじゃないし。するそれに今朝は目覚めが悪かったってだけだし。

 そもそも朝食に関しては、お母さんだって私の分よりケンに多く振る舞おうとするじゃん。単純に私の取り分が少ないっていうだけの話じゃない。


 今度はケンに恨めしい顔を向けた。すると、ケンは両手を顔の前で合わせて「ごちそうさまでした」と頭を少し下げた。

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