狐火の市
はなまる
ぼくとばぁちゃん編(京都弁)
第一話 お山の灯り
「ばぁちゃん、お山に火ぃがついてんで。火事なんちゃう? 消防車、呼んだ方がええんやない?」
「ああ。ありゃあ、狐火やろなぁ。尻尾がたんと増えた狐が、こないに尻尾をわしゃわしゃーっとすると、ポワーッと火ぃが灯るんやで」
ばぁちゃんが、両手をわちゃわちゃと動かした。
ばぁちゃんはすぐにそういうことを言いよる。ぼくがこわがる思うて、わざと言いよる。
そんでぼくが、夜ひとりで寝れんようなったり、おしっこに行けんようなったりすると、たぁ坊は甘えたやなぁて、嬉しそうに笑うんや。
きっとぼくに甘えて欲しいんや。そういうことするばぁちゃんのが、甘えっ子やとぼくは思うで。
それにお化けなら怖いけど、キツネなんか怖いことあらへん。だって動物や。尻尾こすったかて火がつかへんことくらい、ぼくかて知っとる。
(ああ、でも尻尾の増えたキツネは妖怪なんかも知れへん)
ぼくがブルブルッと背中をゆすったら、ばぁちゃんが顔をシワだらけにして「ヒョッヒョッヒョ」と笑うた。
ばぁちゃんの笑い方は、ちょっと妖怪みたいや。
「行ってみぃひんか?」
「えっ?」
ばぁちゃんがお山を、目を細うにして眺めながら言うた。
「ほれ見てみぃ。灯りが二つに増えたやろ? あれが三つになると、狐火の市が立つんや。おもろいもんが売っとるかも知れへんで」
「いちってなんや? ばぁちゃん」
「ふりーまーけっとやな。日曜日に役場前の広場で、布の上にいらんもん並べて、安う売っとるやろ? あれやで」
たいていは、買う方にとってもいらんもんや。
「こんな夜にか? もう十時や」
「そやから人間さまの市やあらへん」
「じゃあなんやねん! ぼくは行かへんで!」
ぼくは怖ぁなって、つい大きい声を出してしもうた。ばぁちゃんはちっこい目を、ちょっとだけ大きゅうして、それからにんまりと笑うた。
「そうやなぁ。たぁ坊はまだ、ちんまいさかいな。もうちょい、大きなったら連れてったるわ」
「ばぁちゃん、行ったことあるんか?」
ぼくは、今日は行かへんでも良うなって、少しホッとした。ホッとしたらむくむく興味が湧いてきた。
「ばぁちゃんも行ったことあらへんのや。狐火が二つまでしか灯らん。今夜はどないやろうなぁ」
ばぁちゃんも行ったこと、あらへんのか。それって、信じてええんやろか? つくりばなしとちゃうんか?
「ばぁちゃんのお母ちゃんが、行ったことあるんやて。作法も教えてもろうたで」
「さほうってなんや?」
「秘密の市やさかいな、作法を守らんと入れてもらえへんのや。ばぁちゃんのお母ちゃんは、妹の咳の薬、買うた言うてたな」
ばぁちゃんはそない言うて、よっこらせと立ち上がって『作法にひつようなもの』を取りに行った。
あの時の事は、今でもよう覚えとる。
ばぁちゃんが納戸に行ってしもうて、一人で茶の間で待っとった時、柱の振り子時計がボーンと一回鳴った。
びっくりして飛び上がってしまったことや、そのあと身動き出来ひんようになったこと。涙目で「ばぁちゃん、はよもどってや!」と、心の中で繰り返したこと。全部はっきりと思い出せる。
せやけど、全部が夢の中のことやったような気ぃもする。
縁側の網戸の脇で、蚊取り線香の煙が白う立ち昇っとった。時折り風に揺れて鳴る風鈴の音が、どこか違う世界から聞こえてくるみたいやった。
チリーン、チリーンて鳴るたんびに、ばぁちゃん家の茶の間が、どんどん現実から離れていくような、そないな気ぃがしたんや。
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