第12話 王宮にて

 「……で、そのお嬢さんは?」


 エネギオスが口を開いた。その顔は呆れていると言ってよいだろう。玉座に座るクアトロの隣には元ベラージ帝国皇女アストリアが立っている。その横では自称、アストリアの護衛騎士であるダースも控えていた。


 玉座の前には四将すべてが揃っている。四将の一人、ヴァンエディオが眉間に皺を僅かに寄せていることにクアトロは気がついた。そのようなヴァンエディオの顔を見ていると、段々と気不味くなってくるクアトロだった。


「近い。余り近づくな。アストリアが怯える」


 クアトロがエネギオスに文句を言う。


「いえ、そんなことは」


 アストリアが慌ててクアトロの言葉を否定しながら手を左右に振った。


「なあ、クアトロよ……」

「何だ?」

「お前の趣味をとやかく言うつもりはない。だが、皇女をさらっちまうのは不味いだろう。しかもまだ子供だぞ……ん? もしかして、子供だからさらったのか」

「何か話が微妙に違うぞ。それに趣味って何だ? 可哀そうな皇女がいて、それを助けたらたまたまそう言う年齢だっただけだ」

「……だっただけだと言ってもお前、いくら何でも倫理上、そういうのは不味いだろう。それに、そんな年端もいかない人族の娘を嫁になど。常識から考えても、どうかと思うぞ」


 うん。常識で考えてもどうかと思うと自分でも思っているクアトロだった。ただ、嫁といってもすぐに結婚してどうこうするつもりなどはないのだし、そこは常識的な、倫理に引っかからない範囲で……とも思うクアトロだった。


「あの、クアトロさんは悪くないのです。私を助けようとしてくれただけで……」

「皇女様、そうは言っても不味いだろう。遣り方ってものがあるだろうし、結局は国と国の話になるわけだ。なのに、さらっちまうとは……しかも子供を……」

「すいません……」


 アストリアはそう言って、明るい栗色の頭をぺこりと下げる。


「おい、エネギオス、アストリアを虐めるな。お前の顔は怖いんだからな。笑っていてもアストリアが怯える」

「クアトロ、てめえ……」

「じゃあ、送り返すんですよー。間違いだったということで。ここに丁度いい感じの大きな箱がありますからね。ぼくが返品するんですよー」


 スタシアナがどこから持ち出したのか、アストリアが簡単に入れそうな大きな箱を持ち出して来た。


「送り返されませんよ! 大体、送られて来てないですから」


 アストリアは両手をばたばたさせながら、スタシアナの言葉を否定した。それを聞いてスタシアナは再び、むーっと言った顔でアストリアを見る。


「で、どうするよ、ヴァンエディオ。ろりこん王が、ろりろり姫を他国からさらってご帰還した訳だが」


 ろりろり姫って何だとクアトロは心の中で呟く。

 ヴァンエディオが大きく溜息を吐き出した。


「マルネロさん、スタシアナさん、あなた方が傍にいながらと言いたいところですが、クアトロ様は言い出したら聞きませんからね」

「そ、そうなのよ」


 それまで黙っていたマルネロが俄然と口を開く。


「私は最後まで止めたのよ。ヴァンエディオに怒られるからって……」

「ふん、最後は楽しそうに魔法をぶっ放してただろうが」

「してないわよ!」

「エネギオス! だから怖い顔は止めろ。この筋肉ごりら!」

「喧嘩売ってんのか? これが普通の顔だ。それに、ごりらは止めろ!」

「やっぱり、ぼくが返品するのー」

「スタシアナさん、ち、ちょっと待って下さい。手を引っ張らないで……」

「アストリア様、危険です。もっと私の傍へ……」

「おい、う○こ騎士、アストリアにあまり近づくな!」

「貴様、う○こ言うな!」

「大体、クアトロが変態ろりこん大魔王だから……」

「マルネロ、誰が変態ろりこん大魔王だ。爆乳魔導師のくせに!」

「誰が爆乳魔導師よ!」


 皆が一斉に騒ぎ始めて室内が騒然とする。


「……皆さん、そろそろお静かに。怒りますよ」


 はい、ごめんなさいと皆が一斉にヴァンエディオに向けて頭を下げる。


「いま一番の問題はアストリア様の故国、ベラージ帝国からの報復ですね」

「魔族の王が帝都で大暴れをして皇女をさらったんだ。黙っていたら国の面子にかかわるからな」


 エネギオスもヴァンエディオの言葉に頷く。


「自分を卑下するわけではないのですが、多くの兵を動かして取り戻す程、私は皇帝陛下に、父に大切だとは思われていないです」


 アストリアが、おずおずといった感じで口を開いた。


「これは国の面子の話ですからね。アストリア様が父上の皇帝からどのように思われているかは、別の問題なのですよ」

「はい……」

「ヴァンエディオ、言い過ぎだぞ」 


 ヴァンエディオの冷たい言い方に対して、クアトロはアストリアの様子を伺いながら口を挟む。


「いいんです、クアトロさん。本当のことですので」

「ふむ……アストリア様、失礼致しました」


 ヴァンエディオが謝罪の意を示して一礼する。


「魔族全体が統一の過程で弱体化しているとは言え、ベラージ帝国が単独で魔族との全面戦争を始めることはないかと思います。ただ、アストリア様の奪還と帝都襲撃の補償を求めて、何らかの示威行為は行うかと」

「示威行為ね。無視したい所だけど、それでは相手も引くに引けないでしょうしね」


 マルネロはそう言いながら、アストリアを箱の中に入れようとしているスタシアナを制止した。制止されたスタシアナはマルネロの腕の中で、ばたばたと暴れている。


「で、ヴァンエディオはどうすべきだと?」


 それを横目で見ながらクアトロが口を開いた。


「アストリア様には亡き者となって頂きます」


 ヴァンエディオを見るクアトロの赤い瞳が、すっと細まる。ヴァンエディオはその危険な視線を平然と受け止めた。


「亡き者となったことにするということですね。これでアストリア様奪還の名分はなくなります。後は補償の話ですが、これは応じずに無視すればよいかと」

「そんなに上手くことが運ぶか?」


 エネギオスが懐疑的な声を上げて言葉を続ける。


「それでも兵を引かなかったらどうする?」

「その時は、エネギオスさんやマルネロさんの出番となるでしょうね。存分に働いてもらいます。魔族の統一で疲弊しているとは言え、ベラージ帝国一国に魔族全体が遅れを取ることはないかと」

「確かにな。だが、アストリアはこれからどうなる? 今すぐという訳ではないだろうが、いずれは俺たち王の妃となる方だぞ」


 エネギオスの言葉を聞いて、別に今すぐでもよいのだがと思ったクアトロだったが、それを言うと皆に何を言われるか分かったものではないので口を開くことはなく押し黙る。


「それは問題がないでしょうね。ベラージ帝国のアストリア皇女はお亡くなりになられたのです。単に似ている誰かが王の妃となられるだけかと」

「私も問題はないと思うわよ。魔族と人族なんて、そもそも交流がないわけだから、言った者勝ちで押し通せるわよ」

「ぼくは問題があると思いますよー」


 スタシアナが両手をぱたぱたさせながら、抗議の声を上げた。

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