第4話 冒険者組合にて 2

「こんな依頼があったんですよー」


 スタシアナはそう言って、掲示板から剥がして来た依頼書をクアトロに手渡した。クアトロは手渡された依頼書を読んで軽く顔を顰める。


「何の依頼なの?」


 マルネロが軽く身を乗り出しながらクアトロに尋ねてくる。


「何だかんだ言っても、マルネロも乗り気じゃないか」

「うるさいわね。いいから貸しなさいよ」


 マルネロがそう言って、クアトロから依頼書を奪い取る。


「……薬草採取?」


 マルネロが甲高い声を上げる。


「しかも報酬が銅貨一枚って……」

「……駄目なんですかー?」


 マルネロの反応を見て、スタシアナが上目使いでそう言う。青い瞳には既に涙が浮かんでいるようだ。


「マルネロ、そう頭から否定するもんじゃないぞ」


 そんなスタシアナが可哀そうになり、クアトロが助け舟を出した。


「冒険者の価値は報酬で決まるものではないんだ」

「はいはい。馬鹿ちん王は少しだけ黙っていて下さいね」

「スタシアナ、いくら何でも、私たち三人が揃っていて薬草採取というのは……どうなのかしら? 報酬の話は置いておくにしてもね」

「でも、依頼主の所を見て下さい」


 そう言われてマルネロは依頼書にある依頼主の箇所に目を向ける。そこにはマイセン孤児院との記載がある。


「きっと、この孤児院はもの凄く困っているんです。子供たちが病気なのに薬を買うお金もなくて、せめて薬草でもと。でも、薬草が生えている所は危険な魔獣がいるし、泣く泣く依頼を出したんですよ」


 スタシアナは両目をきらきらとさせ、両手を胸の前で組んで祈りのポーズを取る。

 

「……あんた、今は堕天使でしょう」

 

そんなマルネロの言葉が聞こえてきたが、クアトロは聞こえないふりをする。。


 決めつけるのもどうかと思うが、スタシアナが言うことも何となくクアトロにも理解はできる。それにしても、銅貨一枚はないだろうとも思う。事情は分かるのだが、銅貨一枚で依頼をすること自体に何となく打算的なものを感じるクアトロだった。


「まあ、銅貨一枚はどうかと思うがな。でも、やはり天使だからスタシアナは優しいのだな」

「えへへ」


 スタシアナが照れたように笑う。そんなスタシアナを見てマルネロが意地の悪そうな顔をする。

 

「スタシアナはもう天使じゃなくて、堕天使でしょう? それに孤児院なら間違いなく教会が運営しているから、スタシアナなんて下手に近寄ったら聖職者に浄化されちゃうかもよ。びよーんってなくなっちゃうんだから」

「マルネロ、ぼくは不死者みたいな不浄な存在じゃないですよー。だから浄化されたりしないんですよー。」

「ふん、似たようなものじゃない。きっと、びよーん、びよーんってなっちゃうのよ!」

「ふえ……びよーんなんてならないもん」


 スタシアナが涙目になる。


「マルネロ、スタシアナを虐めるな。何でお前はいつもいつも……」

「あーもう、分かったわよ。この依頼を受ければいいんでしょう? さっさと行くわよ!」


 燃えるような赤髪を振り乱しながらマルネロは勢いよく立ち上がる。


「おい、待て、マルネロ。俺はもっと竜退治的な冒険をだな……」

「うっさい! ろりこん大魔王!」


 赤い髪を振り乱したマルネロの絶叫が響き渡るのだった。





 冒険者組合本部で依頼受託の登録をして街の外れにある孤児院に着いたのはいいが、クアトロたちは門前で二の足を踏んでいた。


「……何か今にも壊れそうじゃないか?」

「そ、そうね。孤児院だからあまりに立派でも微妙だけど、これはこれで……」


 流石に口の悪いマルネロも口籠ってしまっていた。

 建物を囲んでいたはずの塀はほぼ崩れ去っていて、所々にかつては塀だったのだろうと思われる残骸が残るのみだった。


 門があったのだろうと思われる部分がぽっかりと口を開けており、三人はそこから孤児院の敷地内へと足を踏み入れた。


「何かこう、何だ。孤児院って貧しくても元気に子供が外で走り回っていたりするもんじゃないのか? 静か過ぎる気も……」


 クアトロも何となく気後れをして小声になる。


「そうね。確かに静かだけど……」


 マルネロもクアトロにそう応じている。

 三人は建物の扉の前で足を止めた。眼前にあるのはこれまたかなり年季の入った古びた扉だった。ここまで近づくと、流石に中から声が漏れ聞こえてきた。

 やはり人がいるにはいるのだなとクアトロが思っていると、隣のスタシアナがドアを叩き始めた。


「すいませーん。誰かいますかー? 冒険者組合から紹介されて来たのですがー」


 ……スタシアナさん、やる気満々だ。

 気持ち目が吊り上がっているかもしれない。やはり元天使だけに孤児院などは気になる事柄なのだろうかとクアトロが考えていると、ゆっくりとドアが開いた。蝶番も傷んでいるらしく、耳障りな音が辺りに響く。

 

 扉の向こうから現れたのは初老の女性だった。初老の女性は若い男女と子供の一行に訝しげな顔をする。


「冒険者組合から紹介されて来たのですがー」


 スタシアナがもう一度同じことを言う。


「あら、それはそれは。随分と可愛らしい冒険者さんなので、びっくりしたわ」

「えへへ」


 可愛らしいと言われてスタシアナが照れたように笑っている。


「立ち話もなんですから、さあ中に入って下さいな。子供が多くて散らかっていますけど」


 三人は促されるままに室内へと入り、お世辞にも綺麗とは言えないが清潔に保たれている一室に通される。


「院長のケイトと申します。こんな汚い部屋でごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です。ここに子供は何人いるのですか?」


 クアトロがそう尋ねる。


「今は九人おります」


 意外に多くの子供がいるようだった。それでは孤児院の維持も大変なのではとクアトロは思う。

 院長のケイトとそのような会話をしていると、クアトロは扉の向こうからこちらを覗いている三つの顔に気がついた。クアトロと視線が合うとたちまち扉の向こうに引っ込む。しかしまたしばらくすると、三つの顔が出てくる。

 ケイトはそんなクアトロの視線に気がついて背後を振り返った。


「カイン、ギュート、ユナ、行儀が悪いですね。大切なお客様がいらっしゃっているのですよ」

「院長、気にしないで下さい。みんな、出ておいで」


 マルネロがケイトにそう言うと、子供たちに向かって手招きをした。すると子供達がもじもじしながらも出て来る。


「年長の三人です。普段はお客様なんてあまり来ないものですから、珍しいのかしらね。皆さん、ご挨拶は?」


 三人共もじもじしながらも、こんにちはと言って頭を下げる。男の子二人と女の子が一人。男の子は二人とも十歳ぐらい、女の子は八歳ぐらいだろうか。見た目は彼らと同年代に見えるスタシアナがマルネロの横で手を振っていたが、それに応えることはなく皆が口をへの字に結んでいる。


 着ている服は洗い晒しているものの不潔さは感じられない。部屋の様子といい、子供達の様子といい、建物からの印象とは違って、できる限り精一杯のものが子供達に与えられていることが伺われる。


「……おじさんたちは何しに来たの?」


 ユナと呼ばれた女の子が意を決したようにクアトロに向かって言う。


「ん? おじさんではないがな。院長に頼まれて、薬草採取に来たんだ。誰か病気なのか?」

「エドが……ここで一緒に暮らしているエドの熱が、もうずっと下がらないんだ」


 男の子の一人が口を開く。


「もう十日もなんだよ」


 ユナがそう後を続けた。


「エド、凄く苦しそうなんだ。でも何もできなくて……」


 男の子はそう言って、唇を噛み締める。


「おそらく黄帯病かと」


 ケイトが口にした黄帯病とは流行り病で、体に黄色っぽい帯が出るのが特徴だった。大人はあまり罹ることはないが、子供は罹りやすい病だった。高熱が続くため、体力がない子供は死に至ることもある。


 病は外傷などの怪我とは違って、聖職者などが使う神聖魔法では治癒できない。治癒するには薬を使う他にないのだが、薬は高価でとてもではないが、この有様の孤児院では買えないのだろう。


 そこで薬の代わりとなるのが薬の元となっている薬草ということになるのだが、薬草は大概、山や森の奥深くにあって、取りに行くにしても魔獣などに襲われる危険があるのだった。


「なるほど。おおよその事情は分かりました。大丈夫です。依頼を受けさせて頂きます」


 クアトロがそう言って頷く。


「本当ですか。ありがとうございます。依頼を受けて下さり、これも神の思し召しです」


 ケイトが胸の前で手を組み、頭を垂れた。


「ですが、このような小さな子も連れて行かれるのですか?」

「スタシアナのことですか? 彼女はこう見えてもかなりの神聖魔法の使い手でして。十分に戦力となるのですよ」

「えへへ」

「そうなのですか……」


 それにしてもと、あまり納得していない様子の院長のケイトだったが、冒険者とはそういったものなのかとの思いもあったのだろう。ケイトは頷き、もう一度頭を下げた。


「それでは本当に宜しくお願い致します。お気をつけて」

「大丈夫です。俺たちに任せて下さい」


 クアトロがそう請け負う。


「おじさんたちが薬草を採って来てくれるの?」


 ユナがおずおずと言った感じで口を開く。クアトロはそんなユナの栗色の頭に手を置く。


「おじさんではないけどな。俺たちに任せておけ」

「うん!」


 ユナが嬉しそうに微笑む。


「……出た、ろりこん」


 マルネロが、ぼそっと呟くのだった。

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