第3話 冒険者組合にて 1

 都市の中は活気があり人が溢れていた。意外に繁栄しているものだなとクアトロは思う。


「魔族がこうして普通に歩いていても大丈夫なんだな」


 クアトロが横を歩くマルネロにそう言った。クアトロもマルネロも魔族特有の濃く赤い瞳をしているのだか、特には誰もそれに注視していない。


「人族にも色の濃さには度合いがあるけど、赤い瞳の人もいるしね。それに、魔族と人族の間に生まれて魔族の血を引いた濃く赤い瞳を持つ人族もいるじゃない。あまり気にしないみたいよ。私たちだって魔族の中で、人族の血を引いて瞳の色が違う魔族がいたとしても気にしないでしょう?」

「それはそうだが……では何で魔族と人族は昔から仲が悪いんだ? それも壊滅的に仲が悪いだろう。何でそんなにふわっとした線引きで仲が悪いんだろうな?」

「クアトロはたまに真理を突くのよね」

「それ、褒めているのか?」


 クアトロが不満を口にした。


「褒めているじゃない。魔族と人族の決定的な違いはないのよ。強いて言えば、外見なら瞳が赤いぐらいね。それ以外では魔力の量や身体的な能力が、魔族の方が人族より少しだけ優っているぐらいかしら。でも、それも個人差があるしね。平均的な魔族よりその能力が優っている人族だって多くいるわ」

「身体的な差はほとんどないと」

「そうね。それでも仲が悪いのは互いに眷属が違うからよね。魔神の眷属が魔人で、その眷属が私たち魔族でしょ。人族は神がいて、その眷属がそこのろりこん天使。今はろりこん堕天使だけどね。そして、その眷属が人族でしょ。神と魔神は神界では、かなりの仲の悪さらしいから」


 そこのろりこん天使と言われたスタシアナは、ふにゃっと微笑む。

 いや、可愛いんですけど。思わずクアトロも、ふにゃっと笑う。


「親分同士の仲が悪いから、子分同士がいがみ合っているってことか」

「簡単に言うと、そういうことなのかもね。後は文化的にってのもあるわよね。クアトロも小さい頃、悪いことをすると人間に連れて行かれるとかって両親に脅されなかった?」

「あったな。俺の母親は俺が悪さをすると、人族の見世物小屋に俺を売りに行くとよく言っていたな。俺はそれが怖くて、わんわん泣いた記憶がある」


 クアトロが遠い目をして言う。


「ふうん。クアトロにも可愛い頃があったのね」

「当たり前だ。俺なんて無茶苦茶可愛かったらしいぞ」

「ま、それは置いといて、人族の間でも悪さをする子に魔族が……って言い方をよくするみたいよ。後は歴史的にも隣同士に住んでいるわけだから、領土の問題とか色々とこれまでにあったのよね。そういうことが積み重なって、互いに個人的には実害がないけど、何となく嫌いってのが本当のところじゃないかしら」

「そうだな。俺も人族に直接何かをされたわけでもないから、別に好きでも嫌いでもないしな。どちらかと言えば嫌いって言う感じの話だもんな」

「そうね。ほとんどの魔族も人族に対する感情はそんなものじやないかしら。人族も魔族に対しては概ね同じようなものだと思うけど」

「スタシアナは元天使だから、やっぱり人族が好きなのか?」


 クアトロにそう訊かれて、スタシアナは小首を傾げる。


「んー、ぼくは天使だった頃から、人族には余り興味がなかったんですよー。ぼくは魔族のクアトロが大好きなんです。だからクアトロの所に来たんですよー。クアトロのために堕天使になったんですよー」


 スタシアナが真っ直ぐに青色の瞳をクアトロに向ける。


「スタシアナ……俺だってスタシアナのことが大好きなんだぞ」


 クアトロはそう言って、スタシアナの金色の頭をわちゃわちゃと撫でる。


「えへへ」


 スタシアナが嬉しそうに、ぴょんぴょん跳ねる。それに合わせて金色の髪が、ふわふわと揺れている。

 ダメだ。可愛過ぎて鼻血が出そうだ。可愛い、可愛過ぎだぞ、スタシアナ。それを見てクアトロは心の中でそう呟く。


「……何なの? この変態ろりこん臭しかしない会話と絵面は……」


 それを見ながら、呆れたように呟くマルネロの言葉をクアトロは聞こえない振りをするのだった。





 「冒険者組合と言っても、それほど大きくはないのだな」


 冒険者組合の看板が掲げられた建物に入ると、中は少しだけ広めの食堂や酒場といった趣きがあった。実際、建物の中にはいくつかの食卓が並べられているだけだった。

 その空いていた食卓の一つに座った三人は頭を寄せ合う。


「ここでどうやって依頼を受けるのですかー?」


 スタシアナが素朴な疑問を口にする。


「いや、俺も分からないな。どうなんだ、マルネロ?」


 クアトロはマルネロに視線を向けた。


「私も冒険者たちが冒険者組合の中で依頼を受けていると言うことしか知らないわ。実際に人族の冒険者に聞いた訳でもないし……」


 マルネロはそう言って左右を見渡す。そうすると、一人の女性がクアトロたちに近づいて来た。かなり割腹のある中年女性だ。


「いらっしゃい。何か注文するかい?」


 どうやら店の従業員らしい。冒険者組合と言いつつ、食堂などと同じように普通に食事を提供するようだ。


「そうね。そうしたら飲み物を三つ頂けるかしら」

「あいよ。あんた達、見ない顔だね。他の街から来た冒険者かい?」

「そうなの。まだこの街に着いたばかりなのよ」

「そうかい。着いて早々で依頼を探すなんて、働き者だねえ」


 中年女性はマルネロの言葉に対して、大袈裟に目を丸くして見せる。客商売の一環なのだろうが、少々芝居がかっているなとクアトロは感じた。ただ嫌な感じを受けないのは中年女性の愛嬌によるところなのだろう。


「今日の宿代も少々不安だから……ね」

「へえ、そうなのかい」


 マルネロの言葉にそう言うと、中年女性は興味深げに目の前にいる若い男女と子供の三人組を見やった。こんな子供を連れての冒険者は珍しいのだろう。


「見ての通り子供連れなのでな。あまり危険な依頼は受けられないのだが」


 クアトロがそう言うとスタシアナが抗議の声を上げた。


「ぼくは子供じゃないですよー」


 スタシアナが手足をばたばたさせながら抗議する。


「あはは、お嬢ちゃん、自分で子供じゃないなんて言ってる内は、まだまだ子供だね」

「それで、ここではどうすれば依頼を受けられるのかしら?」


 マルネロがそう尋ねる。


「一日に三回、そこの掲示板に依頼が貼り出されるからね。そこから自分たちに合いそうな依頼を見つけて隣の冒険者組合本部で登録すれば、依頼を受けたことになるわよ」

「あ、ここは冒険者組合ではなかったのですか」


 マルネロの言葉に中年女性が軽く頷いた。


「ここは食堂を兼ねた寄合所みたいなものね。ほら、あそこの掲示板になら朝に貼り出されて、まだ誰も受けていない依頼も残っているわよ。もっとも、残っている依頼は報酬が安かったり、危険だったりで割りに合わないものばかりだけどね」


 中年女性はお喋り好きなのか丁寧に教えてくれる。


「ありがとうございます。助かりました」


 クアトロが礼を述べると、中年女性は笑いながら手を振って、奥へと消えていった。


「いよいよ冒険者としての初陣だな。何かどきどきするな」


 クアトロがそう言うと、マルネロが呆れた目でクアトロを見る。


「お気楽気分な王様ね」

「うるさい。そんな俺をお前たちが王にしたんだろうが」

「ふん、それもそうね」


 マルネロが面白くなさそうにそっぽを向く。


「ぼく、掲示板を見て来ますねー」


 スタシアナがそう言って、とてとてと掲示板の方に向かう。白い服の上で金色の長い髪が揺れている。


「……後ろ姿も可愛いな。何か不思議と神々しいぞ」

「そりゃそうでしょう。元々が天使なんだから」

「眩しいな。後光がさしてるぞ」


 クアトロが赤い瞳を細め、手をかざして見せる。


「はいはい、分かりましたよ。でも、それはきっと気のせいね」


 マルネロはもうお腹一杯といった感じで受け流す。


「それにしても、クアトロは何で冒険者なんかに興味があるの?」

「それは、その、魔族に冒険者なんて職業はないからな」


 魔族には人族のように冒険者組合のようなものはなく、必然的に冒険者といった職業はない。


「確かに魔族に冒険者組合はないけど、冒険者に近い便利屋っていう職業があるでしょう?」


 魔族の便利屋とは、文字通り条件さえ合えば何でも引き受ける職業のことだ。


「便利屋では駄目なんだ」


 クアトロは深刻な顔で言う。


「……何が?」

「呼び名が格好良くないからな。冒険者とは全然違う」

「……馬鹿ちん王に訊いた私が馬鹿ちんだったわね」

「どう言う意味だ?」

「強い奴をぶん殴ってたら王になってたって、本気で言う人だもんね。熱血少年漫画の熱血主人公じゃあるまいし」


 そんなことを互いに話していると、スタシアナが、とてとてと戻って来た。

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