♯3

 テオ、ね。いい名前ね。何よ、そう急かさないでくれるかしら。私も来客をもてなすくらいの気ぐらいはあるつもりよ。一度しか話さないからよく聞きなさい。


 昔、一人の魔女がいたわ。故郷を追われ旅から旅の根無し草だったけど彼女には頼れる旅の仲間がいたわ。でも皆旅の途中で次々と命を落としていき彼女は気づけば一人になっていたわ。

 一人旅をつづけた彼女もとうとう森の中で力尽きて倒れたわ。このまま朽ち果てようとしていた彼女を見つけ、救ったのは一人の男だったわ。彼は資産家の息子で森を散歩していたところだったわ。

 彼は彼女を自身の屋敷に連れて行き三日三晩彼女を看病し続けたわ。執事が手伝おうとするのも拒み、何かにとりつかれたように彼女の看病をひとりで続けたわ。

 そして彼女を屋敷に連れ帰って四日目、とうとう彼女が目を覚ましたわ。彼女は知らない場所に一瞬戸惑ったけれどベッドの脇で眠り込む男に助けられたのだとすぐに気がついたわ。嫌われ者の魔女がここにいては助けてくれた彼に迷惑をかけてしまう。それに思い至った彼女はすぐに行動に移したけど部屋を出る前に彼が目を覚ましてしまったわ。


「どこへ行くのか、もう少し休んだほうがいい」


 彼女が目を覚まし嬉しいと思った彼は同時に不安を感じていた彼はそう声をかけたわ。それに対して彼女は伏し目がちにポツリポツリと助けてくれた礼とここにはいられない旨を口にしたわ。そうして部屋から出て行こうとした彼女の手を彼は反射的につかんでいたわ。


 彼女は彼の行動に驚くも「行かせてください」とだけ告たわ。それでも彼は引かず「もう一日だけでも」と必死になって頭を下げ続けたわ。その彼の熱意に負け彼女は「一日だけですよ」と了承したわ。

 それから一日が過ぎるたびに彼は「もう一日だけ」「もう一日だけ」と彼女を引き止め続けたわ。これではいけない、と思いながらも彼女は断ることができまなかったわ。長きに渡り辛い時間を過ごしてきた彼女に取って彼と過ごす時間はとても楽しいものだったから。そうして気づけば彼女が屋敷に来てひと月の時が流れていたわ。

 すっかり元気になった彼女はこの頃になれば彼が自分に好意を抱いていると気づき、自分も彼に惹かれていることを理解していたわ。それでも彼の気持ちに応えるわけにもいかなかった。このときばかりは自分が魔女じゃなかったらと思わずにいられなかった。けれど魔女じゃなかったら彼に会うこともなかっただろうと彼女は複雑な気持ちだった。そうして彼女は悩んだ末、ある日彼を屋敷の外へ連れ出した。

 彼は彼女の隣を歩きながらある種の不安にかられていたわ。彼女が屋敷から出たがることがなかったので何か打ち明けるつもりではないのかと思った。彼は彼女のことを本当のところを知らなかったのよ。もちろんこの一ヶ月で彼女の人となりは理解しているつもりだったが、彼女の過去については知りたいと思いながらも聞けずじまいだった。森でどうして倒れていたのかと聞くと彼女が自分のもとから去ってしまうのではと怖かった。

 しかしながら彼女が打ち明ける気になっているならしっかりと聞かなければならないと彼女が切り出すのを辛抱強く待つことにしたの。

 彼女は町のはずれの人気のない公園の前を通ったとき「少しよろしいでしょうか」と彼を呼び止めた。彼女は彼を公園に連れ込むとベンチに腰を下ろしたわ。

 彼女は彼が隣に座ると最初に礼を言ったわ。自分の過去の話を避けてくれたことへの礼でだった。そして自分が魔女であること、故郷を追われて旅をしていたこと、仲間たちは旅の途中で落命していったことを語っていったわ。彼は口を挟むことなくただ彼女の話に耳をかたむけていたわ。

 彼は彼女の話を聞いて衝撃を受けた。それは彼女が過ごしてきた過酷な時間が予想以上に酷いものだったから。彼の中には魔女がどうとかは全くなかったわ。

 彼はこの瞬間覚悟を決めて口を開いた。

「あなたがよければずっとそばにいてほしい」

 その言葉に彼女はすぐに言葉を発することができなかったわ。そんな彼女に彼は「絶対君を守る」と言葉をつなげた。

 「魔女の私があなたと一緒にいるとあなたに迷惑をかけてしまう」

 彼女がそう口にしましたが彼はそれでも構わない、そう言い切った。

「大事な人を守れるなら迷惑だとは思いません。だからずっと一緒にいてほしい」

 そんな彼の言葉と熱意に彼女の目から熱いものがこみ上げた。今日この日のために自分はつらい人生を生きてきたのかもしれない。彼女はそんな風に思った。

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