♯1
世界には記録商人と呼ばれる者たちがいる。彼らが売るものは物語だ。それも作り話などではなく誰かが体験、経験した実話だ。
またその売り方は様々だ。あるものはそれを文字にして売り、ある者は語り聞かせる。そしてある者は音楽にのせて歌い、ある者は劇として再現してみせる。
ここにも1人、記録商人として旅をする少年がいた。亜麻色の髪にわずかに混ざる白色の髪、幼さの残る顔は今、多くの視線にさらされていた。
その向けられる視線の多くは瞳を輝かせた子どものものだ。
「……以上が湖と国の話だ。ご清聴ありがとう」
丁度話を語り終えたところのようで少年は一礼する。それと同時に多くの拍手が彼に向けられた。
少年はそれに応えながら壇上から下りる。そんな彼の元へ一人の女性が駆け寄った。
「テオさん!! 急な話だったのに受けてくださりありがとうございました! 本当に助かりました」
「気にしなくていいよ。色々話は聞かせてもらったし」
テオと呼ばれた少年は笑ってそう返す。
テオは新しい街についたら行う習慣というものがあり、その一つが噂の蒐集だ。その中で学校の先生だという彼女に頼まれて子どものたちの前で話を披露することになったのだ。予定していた人が来れなくなったとか。
その見返りとして話を始める前に子どもたちや他の先生から色々と話を聞かせてもらったというわけだ。
本来なら噂の蒐集はここまで、代金の代わりにしてまでやったりはしないのだが少し気になる噂があったのだ。先程の子どもたちもほとんどこの噂話を知っていた。その噂というのは以下のようなものだ。
ねぇ。あんたは知ってるかい? 町外れの一角に大きな屋敷があることを。大きな庭もある立派な屋敷なんだけど。しばらく誰も住んでいないみたいで門は蔦が絡まり雑草がぼうぼうで誰も管理してないみたいなんだ。
そんな場所だと子どもたちが忍びこみそうな気もするが高い塀と頑強な門のせいで誰も入れねえ。だがまあ、そんな屋敷に色々な噂があってよ。屋敷には悪魔が取り憑いてるだとか、魔女が暮らしているとか。それに声を聞いたって人もいたな。
とにかく色々と不気味で誰も近づかねえ。あんちゃんも気いつけな。魔女に捕まって食われちまうかもな。
最初に聞いたのはこんな感さじだ。最初はおじさんの与太話かと思ったテオだったが聞いて回る限り住人の多くがこの話を知っていた。
噂というのは言ってしまえば局地的なものが多い。今回であれば屋敷の近所周辺とか子どもたちの間でとかそういう場合が多いのだが実際は老若男女問わず、いろんな場所で知られているようだった。それで少し興味を持って調べたわけだった。
テオはひとまず調査は切り上げてお昼にすることにした。流石にたくさん歩いたのでお腹が減ってしまった。
先程ついでにおすすめの店を聞いておいたのでテオはその店に向かった。
昼時間よりも少し早いおかげか混んでることもなくすぐに座ることができた。久々のしっかりとした食事なので今回は奮発して料理を頼む。
お勧めされだけあってどの料理も美味かった。テオは頼んだ料理を平らげて最後に何かデザートでもと思ったとき、テオの正面に何者かが立った。
「失礼するよ。屋敷について聞いて回っているという旅人は君かな?」
そう声をかけてきたのは裕福そうな口髭をたくわえた四十代くらいの男だった。
「……すみません。今は食事中なので後にしてもらえます? ウエイトレスさん、おすすめのパンケーキを一つお願いします!!」
テオは男から視線を逸し、近くにいたウエイトレスに追加注文をした。男はテオの態度が気に食わなかったのか苛立った様子でテオの向かいの椅子に座った。
「対した時間は取らせない。何なら食べながら聞いてくれて構わない。君に依頼がある。件の屋敷を調査して来て欲しい」
「……お断りします」
テオはたいした間も置かずにそう返す。まさか即答で断れるとは思ってなかったのか男は言葉を失う。
「話を聞いた限り屋敷への侵入は難しそうですから。鍵があれば別かもしれないけど……」
「鍵ならここにある!」
男は食い気味にそう言ってポケットから鍵を取り出して机に置いた。それを見て相手の都合というものをテオは大体理解した。
「それでもお断りします」
「何故だね! 君は記録商人だろう!! 話のネタが欲しくはないのかね!!」
男は思はずといった様子で声を荒げて立ち上がる。テオは冷静に唇に指を当てて静かにするよう促したあと周囲の客や店員に小さく頭を下げる。
「あなたのそれは偏見だよ。記録商人にも色々いるよ」
興味がないと言えば嘘になるがそれで乗るかといえば別だ。「好奇心が人を殺す」というのがある人からの教えだ。
男は冷静になったようで椅子に座り直した。このまま引き下がるつもりはないようだ。
「ならば報酬を出そう」
男はさっと紙に数字を書いてテオへと差し出した。
「よし、その話乗るよ」
それは男が拍子抜けする位の即答だった。「お金は稼げるときに稼ぎなさい」それもまた教えであった。
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