金曜8限目は「好き」の時間

瀬川丹

プロローグ ~キミの好きを教えて~ 第1回

8限目同好会(1)

 とん1局。ネックだった嵌張かんちゃんが埋まり、14p2mの複合三面張さんめんちゃん聴牌てんぱいが入った。三面張とはいえ決して良い待ちではなさそうだが、ドラを2枚持っていることもあり、リーチを宣言。

 自動和了ほーらをオンにすると、もはやできることは何もなくなった僕は、視線をスマホから窓の外に移した。


 秋分の日も過ぎて久しく、かなり昼の時間が短くなってきているとはいえ、15時30分の現在はまだ、空は爽やかな秋晴れの様相を見せたままだ。

 そんな青空の下、肩を組み合う3人組の男子、男女数人のグループ、人目も憚らずに手を繋いでいるカップル――。金曜日の放課後ということもあってか、校門に向かう生徒たちの足取りは総じて軽そうに見えた。

 僕も本来ならば、その生徒たちに交じって帰宅の途についているはずの帰宅部の身。それが今日に限ってどうして空き教室で麻雀アプリに興じているかと言えば、担任との進路面談があるからだった。6限目が終わり、SHRと清掃を終えた15時40分から、1人10分ずつ。僕の面談は16時20分からの予定になっているため、それまでの空き時間をゲームで潰すことにしたわけだ。


『ロンです』


 イヤホンから凛とした女の子の声が聞こえ、スマホの画面を確認する。自身の捨て牌が親に捕まっており、タンヤオドラ赤、7700点の手痛い放銃となってしまった。

 だが、自身で納得して打ったリーチなので、特に悔いはない。切り替えていこう。


 続いて東1局1本場。配牌は可もなく不可もなくといったところ。先ほど点棒を失ってしまったので、多少無理してでも三色同順を狙いに行くべきか――


 数巡後。ツモが利いてくれて、僕の手牌はタンピン三色ドラ赤の黙って跳満の聴牌に変化していた。三色確定の58m両面待ちということもあり、ここはリーチせずに確実に上がりに行くことを目指す。自動和了はオンにしつつ、ツモ切りはオフのままで慎重に相手の出方を伺う。

 1巡1巡、自分は上がれず、他家たーちゃは徐々に手が進んでいるように見える状態が続き、緊張感が高まっていく。特に上家かみちゃは今まで1枚も切っていなかった筒子ぴんずを切ってきたので、清一ちんいつの聴牌まである。ドラ色の清一、倍満もありえるから下りることも考えたいが――


「『リーチです』」


 ここで親リーチがかかり、いよいよ困ってしまった。親リーチに対して、上家はノータイムで無筋の6sツモ切り。そして自身のツモは、リーチにも上家にも危ない無筋の4p。自身の上がり牌がリーチの親の現物になっているから、押し切れれば他家からロンできる可能性もあるが……


「せんぱーい?」

「うお!?」


 視界の上部に突如女の子の顔面が映り、僕は思わず身体をけ反ってしまった。


「『いただきまーす』」

「ああ!」


 急いで画面を確認すると、上家に面清めんちんドラ2の倍満を放銃してしまっていた。仰け反ったときに画面を押してしまい、4pをツモ切りしてしまったようだ。

 1本場で子の倍満ということは、16300点の放銃。つまり。


「たはは、せんぱい0点じゃないですかー」


 0本場の7700点+リーチ棒の1000点+1本場の16300点で、合計25000点。四人麻雀によくある25000点持ち30000点返しのルールなので、点棒がすっからかんになってしまったという訳だった。


 しかし、まだ飛んではいないのでチャンスはある。リーチ棒を出せない状況で、奇跡の大逆転を目指す東2局の配牌は――10種11牌。国士無双こくしむそう狙いに絶好の配牌。


「せんぱーい、0点からの勝負なんて諦めたらどうですー?」

「役満の二向聴りゃんしゃんてんでどうして諦める必要がある? そもそも、通信切断なんてしたら対戦相手に失礼じゃないか」

「それはそうですけど、それならあたしが話しかけてるのにずっとスマホ見てるのも失礼じゃないんですかー?」


 そう言いながら再び僕のスマホを覗き込んでくる、おさげの女の子。視界に移り込んで集中できないな。


「『ポンです』」

「マジか……」

「ああ、これはさすがにちょっと可哀そうになってきました……」


 自分が持っていなかったぺーをポンされてしまい、国士無双の上がりがかなり厳しくなった。

 その後、自分も字牌をポンして混老頭ほんろうとうの路線にシフトしたものの、聴牌まで辿り着けずに流局。0点からのノーテン流局なので点棒がマイナスとなり、本来なん4局までの半荘はんちゃん戦にもかかわらず、東2局で終了である。


「はい、お疲れ様でしたー。で、で」


 こちらの手が空いたのを見てか、先ほどよりさらに遠慮なく近づいてくる空色パーカーの女の子。正直さっきからずっとウザかった。


「ところでせんぱいってどなたです?」


 しかし、ここまで直截ちょくせつに言われると、いっそ清々しい気分になる。

 そう。これほどグイグイと距離を詰めてきている彼女だが、実は全く面識がない相手だった。最初に『せんぱーい』って呼ばれた時から君は誰だって思っていたのだが、麻雀の状況が状況だっただけに、聞く余裕がなかったのだ。

 正直対応が面倒ではあるが、隠す理由はないのでここは素直に答えることにする。


「4-cの南ヶ丘みなみがおかだけど」

「あたしより1年先輩でしたかー」


 そう言って目を爛々とさせる目の前の少女は、さらに鬱陶しさが増したように感じる。

 しかし答えるべきことは答えた。これ以上絡まれる前に退散しようかと思い、スマホをポケットに入れて立ち上がろうとし――


「ちょ、待って待って! 『これ以上絡まれる前に退散しようかなあ』っていう雰囲気で立ち上がらないでくださいよ。ここあたしの名前聞くところでしょ!?」

「はあ」

「何その『興味ないのに何で話しかけてくるのこいつ』っていう感じ」

「はあ」

「ああこれ無限ループするやつ……」


 大げさに頭を抱える3年女子。埒が明かないので、仕方なく名前だけは聞いてあげることにする。


「君、名前は?」

「よくぞ聞いてくれました! あたしは3年b組の中川なかがわ依宣いのりです。てか、あたしのこと知らないんですか? 校内放送で毎週喋ってますよ」

「はあ…………」

「さっきよりも深い溜め息。『名前聞くように誘導しておいて、知らないんですか、は理不尽だろ』っていう反応ですね」

「いや、まあそれも思ったけど」

「まさかの否定。じゃあ『校内放送なんてまともに聞いてないから知るか』って方ですかー」

「うん、主には」

「そっちですか。あたしもまだまだですね」

「がんばれ」

「うわーん、あたしよりよっぽど知り合い少なそうな先輩に慰められたー!」


 そう言って彼女は、嘘泣きしながら教室前方に走っていった。ようやくウザい系後輩から解放されたか。


 でも、少なからず鬱陶しさを覚えたとはいえ、初対面の人のこういう反応を見るのは久しぶりで少し新鮮だった。

 中高一貫コース所属なので、高校に入っても同学年のメンツは変わらない。1学年200人ほどしかいないため、4年目にもなると同学年の生徒はほぼ全員の顔と名前が一致する状態になっている。

 貫綜かんそう学園がくえん全体としては、中高一貫の6年制と高校のみの3年制を合わせて、総生徒数が2000人を超えるようだが、部活に所属していない僕には、他学年や3年制の生徒との接点は基本的にない。他に対外的な活動もしていない僕にとっては、こういう『はじめまして』の機会とは随分縁がなかった訳だ。


 そんな感慨にふけってしまっていたがために、僕はこの場から退散する貴重な機会を失ってしまっていた。嘘泣きしながら逃げていったはずの中川さんが、別の女子を引き連れて戻ってきていたのだ。

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