溺れる

本の摩天楼

ノスタルジックな匂いの中で

少年は今日も溺れている

暇さえあれば本を読んだ

陽射しも月明かりも手伝った

おもしろい、おもしろくない

ここがいい、ここがよくない

役に立つ、役に立たない

僕になる、僕にならない

だんだん本が形を変えて

少年を呑み込んだ


少年は分からなくなってしまった

何もかも

何が善くて何が悪くて

何が意味か何が真理か

悟ったと思ったら

次の日には学校へ行っていた

先生に聞いてみても

先生にもそういう時あったよって

懐かしむような声で言われた


少年は溺れている

世界に仕切りがつかないまま

思想が少年を泡沫と化す

本に答えを求めると

必ず少年は本の根底に現れた

活字の海の底にいる少年は

やはり溺れていた


少年は全てが疑わしかった

みんなの顔は同じ顔で

先生は訳も分からず本を勧める

人との間に本を挟んだ

そんな自分も気味が悪くて

疑わしく思えた


少年は沈黙している

少年は日常にいた

朝起きて

三食食べて

本読んで

気づいたら寝ていた


その日は新月だった

本が読めないから

少年は外へ出てみた

ふと空が見たくなったのだ

砂みたいな際限ない星の

ひとつの光も

少年には向いていなかった


少年は自ら溺れている

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