三分の一の勇者は不死身なので何をしても勝つ。

さんまぐ

解き放たれた復讐者。

第1話 ジェイド。

「頑張って!もうすぐだから頑張って!」

今日もこの声で硬い石床にゴザで眠る男の朝が始まった。


もう何百回と聞いた甲高い声。


「諦めないで!」

「生きて!」

「貴方は勇者なのよ!」


そんな事を男は日々ずっと言われ続けてきた。

地獄が始まるまでの数時間、唯一自由の睡眠時間を奪うように言われ続ける言葉達。


男が目を開けるここは牢獄。

目の前にはコケティッシュな雰囲気を纏い白基調で薄手の服を纏った牢獄には似つかわしくない少女が居た。


「ジル…」

「おはようジェイド」


足を鎖で繋がれた男はジェイドと呼ばれ、ジェイドは少女をジルと呼ぶ。

男は石床で固まった身体をほぐしながらジルを見る。


「ジェイド!ようやくよ!」

「今日…なのか?」


「もう街に入った所よ。もうじき騒がしくなる」

「実況をしてくれ」


「うん」と言ったジルは「衛兵に声をかけた」「戦闘になった」と次々と話す。


「衛兵に声?バカかそいつら。お前が呼んできてやれよ」

「あ、そっか。ジェイドは頭良いね。じゃあ良い子で待っててね」

ジルはそう言って消えた。


「ふっ…ふふふふふ……ははははは!」

1人冷たい石床の上でジェイドは身体を震わせて笑う。


「遂に今日だ!亜人とそれに与する人間は皆殺しにしてやる!」

ジェイドは誰もいない牢獄で1人叫ぶ。



遠くの方で声がした。

「女神様!こちらですか!?」


それはジェイドの元からジルが消えて1時間半が過ぎたくらいだ。

「おっせーな。何やってんだ?観光とかしてたんじゃねぇだろうな?」

ジェイドは小窓の隙間から見える清々しい青空に向かって悪態をつく。


いつもなら拷問…問う事などないのに拷問と呼ぶのは変な話だ。

亜人共は痛めつけて俺の苦しむ声を聞きたいだけだ。

ジェイドの自嘲気味の考え。


そこに「ここだよ!」とジルの声が聞こえて「ジルツァーク様!ここですね!中の人!扉を破ります!扉から離れて!」

そう言う女の声が聞こえた。


「へいへい。気にしないで吹き飛ばしてくれて良いんだけどな」

そう呟いて扉から離れた所で「アイスランス!」と聞こえると牢獄を塞ぐ分厚い鉄と木で出来た扉が氷の槍で貫通した。

鍵の壊された扉が開くとジルと赤い髪色の女が牢獄に入ってくる。


牢獄は不衛生で汚い。ジェイドは鼻が慣れてしまっているがとてつもない悪臭を放つ。

女は顔をしかめながらジェイドを見て「ジェイド王子ですね!助けに来ました!」と言う。


「君は?」

「私はレドアの王女、魔の勇者ミリオンです」

赤い髪色に人目を惹く美貌。

普通の男性であればミリオンのそう言う部分に意識が向かうだろう。

だがジェイドは違っていた。


「魔の勇者ね。了解だ。剣の勇者は?」

「彼は今その足枷と首輪を外す鍵を探しに行っています」


「成る程な。了解だ。ジル、お前が案内してやれよ。ここは隠れられる場所なんて沢山あるだろ?」

「あ、そっか。ジェイドは頭がいいなぁ。でもここは臭くて汚いから私がジェイドとミリオンを案内するよ。着いてきて」

ジルがふわふわと浮かびながら牢獄を出て先に進む。

ジェイドには足かせがあるので走る事はかなわない。

3人は歩く速度で通路を進んでいく。

通路には焦げたり氷の槍に貫かれた死体が転がっていた。


「これを君が?」

「はい…でもまさか亜人だけでなく人間まで居たなんて…」

ミリオンは顔色を曇らせながら震える声で言う。


「ここはそう言う場所なんだ。気に病むことはない」

ジェイドは微笑みながらミリオンに言う。


「ジェイドさん」

ミリオンは人間を殺してしまったことにショックをうけていたのだがジェイドに許された事で少なからず救われていた。



「…それに威力は合格点だ…この女ならやれる」

ジェイドが小さく呟いたがミリオンにその言葉は届かない。

ジェイドはミリオンの美貌何かには興味を示さない。

興味を持ったのは戦闘力だった。




「角を曲がると居るよ!」

ジルがそう言った通り、角を曲がると亜人と人間の死体が散乱していてその真ん中に青い髪色の男が剣に付いた血を振り飛ばしていた。


「セレスト!」

「ジルツァーク様!…ミリオン!後ろの彼が?」


青い髪色に優しく整った面持ち。

ジル…ジルツァークとミリオンを呼ぶ男はジェイドを見て微笑むと「はじめまして。助けに来ました。僕はブルアの王子。剣の勇者セレストです」と握手を求めてくる。


「ジェイドだ。助かった」

ジェイドは握手に応じると辺りを見る。


斬られた亜人共の断面を見るからにセレストの剣技は相当なものだと言うのがわかる。


「ジル、鍵を持つ奴の所まで案内してくれ」

「女神としてはそこまで関わって良いものか困るんだけど…」

ジルが難しい顔を見せる。


「ジルツァーク様?」

セレストが何故でしょうかとジルツァークに聞く。

「私が手を貸した分だけモビトゥーイも、亜人に手を貸すから…」


「そうでしたか…では…」

ミリオンがそう言いかけた時ジェイドは「構わん。今は時間が惜しい。そのくらいの手出しならば問題にもならない」と言う。


「うん…ジェイドが言うならわかったよ。獄長はこっちだよ」

ジルはそう言って3人を案内する。

まさかの獄長は獄長室には居ないで調理室に隠れていた。


「まさか長を名乗るものが調理室に潜むなんて…」

「ジェイドが正しかったのか…。ジルツァーク様にお聞きしなかったら…」


驚くミリオンとセレストに向かってジェイドが「長引けば異変を察知した亜人共が穴から来たかもな」と言う。



「ヒイイィィィ!?」

獄長は真っ青な顔で調理室の奥にある野菜庫から引き摺り出された。

顔は人間と変わらないが尖った耳と首から顔にかけて刺青のような模様がある。


それが亜人の証明。


「彼の首と足の縛を解くんだ」

「ヒィィィッ、こ…ここには鍵はない!」

涙目の亜人、獄長は必死になって鍵を持っていないと言う。

確かに襲撃の際に着の身着のままで野菜庫に逃げ込んだのだろう。

何も持っていない。護身用のナイフすらない。


「鍵は何処ですか?」

「ご…獄長室だ。た…頼む!鍵は渡すから命ばかりは助けてくれ!」

獄長はミリオンの足に縋るとそう懇願した。



「…誰がた…」

「わかりました。まずは彼の枷を解きなさい」


ジェイドの「誰が助けるか」と言う言葉を遮ってミリオンが獄長を許すような事を言う。

「正気か?」と驚くジェイドに誰も気づかずに獄長を含めた5人は獄長室まで行くと獄長が机の中を漁って鍵を探し始める。


「そんな所にあるのか?」

「いえ!ここにあるのは棚の鍵で棚の中に「奴隷の首輪」の鍵があります」


獄長は相当整理が苦手なのだろう。

しばらく鍵を探している間、セレストとミリオンは獄長室を眺める。


獄長の動きに注意しないことにジェイドが「正気か?温室育ちめ」と悪態をつく。


その時に獄長室を眺めていたミリオンが一枚の絵に気付く。


「獄長さん、この壁の絵…」

「へへへ、私と妻、それに娘です。出世が決まってこの街に赴任するときに記念に絵師に書かせましてね。毎年帰省の時に絵を新しくするんです」

獄長は手を止めて絵の話を始める。


「時間稼ぎか?手を止めるな」

ジェイドがそんな獄長に冷たく言い放つ。


「そんな言い方!」

「何がだ?ジル!外に出て亜人共の動きを見ろ!」


「まあそれくらいなら」と言ってジルが消える。


「だが子供か…珍しいな」

「はい!私は娘がとても大切なんです!」

獄長が声を張って必死に命乞いをする。


「…手を止めるな。早く探せ」

ジェイドが獄長を睨みつける。


「ジェイド?何が珍しいんだい?」

セレストがジェイドに聞く。


「セレスト?まさか何も教えられていないのか?」

ジェイドが驚いた顔でセレストを見る。


「え?」

「仕方ない。簡単に説明すれば争いと残虐の女神モビトゥーイがこの世界に生み出した亜人共は1人で人間の10倍の腕力や体力を持ち合わせている。

代わりに繁殖力は人間の1割以下しかない。

そもそも精欲や精力に目覚める亜人が殆どいない。そう言う種族なんだ」


「そうなのかい?知らなかったよ」

ジェイドの話を聞いて驚くセレスト。


「…ったく…ブルアの国で何を教わったんだ?」

「勇者の剣技と亜人達はとても強いと言うことだよ」

小さく「…ご都合主義か…、ブルアの国は不都合な情報は教えないのか?」とジェイドは言う。


「成る程な。まあいい。だからこの獄長は珍しく子供を授かった存在と言える」

敵襲で逃げだすような男が獄長なのも子を作れる存在と言うだけでもてはやされた結果なのかも知れない。

ジェイドはそう思っていた。


その時に「棚の鍵がありました!これです!」と獄長が鍵を見せるとそのまま棚に向かう。


「子を持つ親か…」とセレストが感慨深く獄長の背中を見て、「セレスト、それじゃあ…」とミリオンが何かを察した顔でセレストを見る。


「だからこそここで殺さないとな」

ジェイドが言葉を続ける。

それは獄長を始末しようと言うものだった。

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