イレギュラータイプEAの概観

 前項ではEAが登場するに至った歴史的経緯についてかいつまんだ説明がなされたが、本項ではさらに一歩踏み込む。

 元々作業機械として開発されたEAはノーマルとイレギュラーの二種類に分けられるが、一般諸氏が想像しやすいのはやはり戦場で一騎当千の活躍を見せるイレギュラーであろう。

 その実、ノーマルタイプEAとイレギュラータイプEAは同じ技術体系を基に造られる人型兵器でありながら、両者の間には決定的な差異が存在する。

Expanded Anatomy拡張された人体 とはその名の通り、人間の身体感覚を搭乗機体のサイズに一致させることで意のままに操ることができる人型兵器である。解剖学的見地に基づいた機体構造は、数学の言葉を借りればある意味人体の相似形と言えるだろう。

 だが人間の身体感覚を流用するということはすなわち機体設計の拡張性の限界を意味する。EAの操作システムでは、人体と異なる形状をした機体を操縦することができないのである。

 例えばある日、あなたの体がセイウチのような形に改造されていたり、体の一部を銃器などと交換されていたら¹どうなるだろうか? あなたはどう感じるだろうか?

大半の人々は皆同様の返答をするであろう。「想像もできない」あるいは「動かせない」と。例え理論上は動かすことができるとしても、精神が耐えられないのである。このような極端かつ醜悪な例でなくとも、身体感覚の急激かつ強烈な変化は精神に重大な悪影響を及ぼす。それは人間の意識をそのまま拡張したEAにおいても同様である。

 一般に兵器とは純粋な戦闘力を高めた結果として無駄な要素は廃されており、対して人型兵器はある意味不合理な形状をしているとされる。単純な走破力、整備性などをとっても人型の二足歩行は戦車のキャタピラに劣るが、普通の人間は腰から下がキャタピラになった身体感覚を想像できないしまともに操縦できない。

 そしてここでさらに疑問を覚える者も多いのではないだろうか。

「戦場で活躍するイレギュラーは純粋な人型と言えるのか」と。

 それこそがノーマルとイレギュラーの最大の差異であり、彼らの強さの秘訣でもある。

イレギュラータイプEAの中でも抜群の知名度を誇る<フローライト>を思い浮かべてほしい。

 機体各所のスラスターの数と推力は随一であり、機体表面を覆う特殊なメタマテリアル装甲は状況に合わせて色鮮やかに変化する。本来光学迷彩として機体周囲の環境に擬態することができる代物だが、彼女はその機能を転じて非常に攻撃的な運用をする。彼女が高速機動を行う時、ブースターの噴射炎と同期したメタマテリアル装甲が機体の輪郭を曖昧にするため、まるで虹色の後光が差しているように見える。その光り輝く幻影と対峙した敵は、機体をまともに捕捉することもできないまま成す術も無く撃破されてしまうという。彼女が「最も美しいイレギュラー」と称される所以である。

 <フローライト>の光学迷彩機能も、スラスターも、パイロットが自分の身体感覚とシンクロした上で操作している。つまりは肉体の各所にロケットブースターが生え、素肌が端末の画面の如くになったのと同義である。

 イレギュラーはおおまかな形状は人型だが、精巧にヒトを模した“だけ”でそれ以上の拡張性を持たないノーマルには不可能な機動を可能とし、比べ物にならない規模の兵装を装備できる。

 また機能制限を受けたコンピューターによって制御できる程度の前時代的な兵装しか搭載していない通常兵器と、EAが根本的に隔絶していることは自明である。

 地球連合とアウトキャストの間の戦闘において、戦線に展開している主戦力は通常兵器やノーマルである。そして多くの通常兵器の性能ではノーマルタイプEAに太刀打ちできず、ノーマルタイプEAもまたイレギュラータイプEAに圧倒される。イレギュラーの強さとは即ちパイロットの、人ならざる身体感覚への許容性にあると言えるだろう。

  先の戦争中に生まれた人類の人工知能への恐れによってハノーファー条約が締結し、その制約によって歪に進化した技術体系がEAを産み出した。現代の戦争はがらりと様相を変え、戦場の主役は人型兵器となったのである。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る