怪異探偵 -怪異事件のホームズとワトソンー

槻白倫

第1話 怪異探偵

 その高校には女神が居る。


 皆から敬われ、皆から慕われる、公認の女神が存在する。


 神性がある訳でも無い。特別な力がある訳でも無い。


 けれど、女神。


 君臨し、人々に慈しみの笑みを向ける。



 〇 〇 〇



「それで? 目星は付いているのかい?」


 人のいない校舎。夕日の差し込む廊下を、二人の少年が歩く。


 一人は、小柄な少年。整った顔立ちはまるで人形のようで、一見しただけでは少女のようでさえある少年。


 一人は、背の高い少年。こちらも顔は整っているけれど、その表情は軽薄の一言に尽きる。安い笑みを引っ提げて、小柄な少年の質問に答える。


「ああ、勿論。考えるまでも無い簡単な事だ。トリックとも言えない代物さ」


 小柄な少年の問いに、背の高い少年は得意げに言う。


 さも簡単な問題だとばかりの態度は、見ようによっては鼻につくような態度だけれど、少年にとっては見慣れた様子だ。特に思う所は無い。


「でもさ、ホームズ・・・・。此処を僕らが開けるのは良く無いと思うんだ」


「緊急事態という事で大目に見てもらおう。さて、それじゃあ謎解きだ、ワトソン君・・・・・


 言って、少年ホームズは扉を勢いよく開け放つ。


「――っ!! な、何をしてるの貴方達!?」


 部屋の中から声が聞こえてくる。


 怒り、困惑、動揺。予想通りの声音。


 少年ホームズは安い笑みを引っ提げたまま、大藤に言葉を返す。


「それはこちらの台詞ですよ、大藤だいどう先生」


「貴方達、此処がどこだか分かっているの!? 幾ら人が居ないとは言え、貴方達が入って良い場所じゃないのよ!?」


「ごもっとも。しかし、先程の言葉通りですよ、大藤先生。大藤先生こそ、こんなところで何をしているのですか?」


 ヒステリックに叫ぶのは二人の通う高校の体育教師である、大藤だいどう雅音まさね


大藤は優しくおまけに美人なので、女子生徒だけではなく男子生徒にも人気がある。


 そんな彼女がヒステリックに叫ぶ姿に少年ワトソンは普段との差異を感じて、少年ホームズが正しい事を悟る。


「私は見回りよ! あんなことがあったばかりなんですから、当然でしょう!?」


 二人がこの高校に入学して一月が経った頃、一つの事件が起きた。


 なんと、女子更衣室の中からビデオカメラが発見されたのだ。それも、しっかりと、女子生徒の着替えを映した状態で。


 そう、三人が居るのは女子更衣室。この場で、この部屋に居て良いのは大藤ただ一人なのだ。


 相手は教師。二人は生徒。しかも、大藤は生徒の信頼が篤い。大藤が他の教員に二人の事を伝えれば、問題になるのは二人の方だ。


 しかし、少年ホームズの笑みは崩れない。


「見回り、ですか。なるほど、小型カメラを持って見回りとは、随分と熱心なんですね」


「――っ」


 二人が女子更衣室に入る直前、大藤は後ろ手に何かを隠した。その何かを見てはいない。女性の手でも覆い隠せる程の何かである事は明白だけれど、しかし、それが小型カメラである確証は無い。


 しかし、引き攣る大藤の表情を見れば少年ホームズの言が正しい事が分かる。


もはや、語るに落ちている。


「此処は女子更衣室です。入れる者と言えば、教師か女子生徒しかいない。しかも、この女子更衣室はパスワードを入力しなければ入れない。そのパスワードは女子だけが知っている。ひょんなことから男子が知らない限り、男子が此処の扉を開ける事は不可能だ。だから、犯人が男子の線は薄い」


 因みに、二人が入れたのは依頼者が二人にパスワードを教えてくれたからだ。


 電子ロックのパスワードが今回の件で更新されるのは既に学校側が発表している。そのため、二人に教えたところでリスクは最小限だ。


「逆に女子生徒という線も考えました。今の時代、同性愛など珍しくも無い。犯人としてあり得ない訳では無いですから。が、これも有り得ない。どんなに早く更衣室に移動をしても、次に女子生徒が来るまでの時間は未知数ですし、授業の途中に抜け出せばそれこそ自分が犯人だと主張しているようなものですから」


「な、何が言いたいの? 推理ごっこがしたいなら他を当たってちょうだい。それに、何度も言うけど此処は女子更衣室なのよ? 今なら怒らないから、早く出て行きなさ――」


「二十九分五十九秒」


 大藤の言葉を遮る形で、少年ホームズは謎の時間を言い放つ。


「一般的なビデオカメラの連続撮影時間は二十九分五十九秒です。この時間内で撮影を可能にするには前の授業中にカメラを設置しなくてはいけない。つまり、授業を抜け出す必要があるんですよ」


 大藤の顔色が変わる。


 変わらぬ笑みを浮かべて少年ホームズは畳みかける。


「そこから犯人を教師に絞りました。更にそこから授業を抜け出しても違和感のない教師を絞り、安全にビデオカメラを回収できる教師を絞り込む」


「な、何が言いたいの……? まさか、私が犯人だって、そう言いたいの!?」


「その通り。もうぶっちゃけちゃいますね。犯人は貴方だ、大藤教諭」


「何を根拠に! 確かに授業を抜け出す事もあるけど、それは事務処理を片付けてるだけで、第一私は――」


「先生は最近授業を抜け出してはいない。そうですね?」


 にっと意地の悪い笑みを浮かべる少年ホームズ


 そう、大藤は授業を抜け出してはいない。少年ホームズの推理には当てはまらないのだ。


「わ、分かってるじゃない。そうよ。私は授業を抜け出してない。カメラなんて設置できないわ」


 当てずっぽうの推理だと、大藤は少しだけ調子を取り戻す。


 本人が言ったのだ。授業を抜け出さないとカメラは設置できないと。


 しかし、少年ホームズの笑みは崩れない。


「授業中は、ですけどね。さっきの連続動画撮影時間の話に戻ります。実は、ビデオカメラに気付いた女子生徒がビデオカメラに残された動画データを確認していました」


「へ、へぇ……そうなの」


「当然、犯人は映っていなかった。そんなへまをするような犯人じゃなかったみたいですね。まぁ、見つかるようなへまをしている訳ですが」


「そ、そうね……」


 少年ホームズの意図が読めず、困惑しながらも頷く大藤。


 しかし、それが間違えだ。大藤は喚き散らすなりなんなりしてこの場を逃げるべきだった。二人が女子更衣室に入って来たと、他の教師に応援を呼ぶべきだったのだ。


「ですが、動画はずっと撮れていました。映っていたのは約三十分間の薄暗い室内の映像のみ。此処で気付きました。犯人はデジタルカメラの連続撮影時間の事を知っていた。知っていて、あえて分かりやすい位置にカメラを置いたんです。つまり、デジタルカメラはただのブラフ。本命が他にあったんです」


 大藤が握り締める手に力が籠る。


 それが、緊張と恐怖の表れである事は言うまでもない。


「カメラが見つかる事は良い。犯人の目的はカメラを見つけさせて、それを自然な流れで自分が回収する事なのだから」


 だからこそ、犯人が教師であると絞った。それも、女性教諭であると。


 カメラは教師が回収する。大事にしたくない学校側は内々にそれを処理するように動くだろう。犯人捜しよりも、再犯防止に動くはずだ。


 その間、教師、特に女性教諭にカメラを回収させ、その保管をさせるだろう。映っていなかったとはいえ、内容は女子生徒の盗撮動画だ。男性教諭に持っていて欲しいと思う女子はいないだろう。


 見つかる事が目的だった。だからこそ、あえて見つかるように隠した。


「一つカメラが回収される。その事により、女子達の警戒心は上がるけれど、学校側は厳戒態勢と取ってくれる。そして、その責任者を任せられるのは体育教師である貴女だ。責任者であるのであれば女子更衣室を出入りしても違和感が無い」


 言いながら、少年ホームズは女性教諭に詰め寄る。


「そこで先程のデジタルカメラの話に戻ります。デジタルカメラの連続撮影時間は約三十分。そのためには授業を抜け出してカメラを設置する必要がある。最初にデジタルカメラを置いておく事で、犯人が次に置くときは授業を抜け出さなければ無理だと思わせる。それ自体がブラフであり、犯人の本命は巧妙に隠した長時間撮影可能な小型カメラの方だ」


 大藤が後ろ手にずっと隠していた小型カメラを少年ホームズは自然な仕草で取り上げる。


「そうすれば、授業を抜け出す者に疑惑の目が向かう。責任者である事を考えれば貴女が疑われる事はまずない。けれど、小型カメラをいつかは回収する時が来る。なら、必然的にそのカメラを持っている者が犯人であるのは誰でも分かる事です」


「……っ」


 大藤は顔面蒼白になって息を呑む。


 そんな大藤に、少年ホームズは小型カメラを見せつけながら無情に言い放つ。


「もう一度言います。大藤教諭、貴女がこの事件の犯人だ」


 少年ホームズの言葉を聞いて、大藤はその場に座り込んでしまった。


「事件解決。中々つまらない事件だったな」


 言って、少年ホームズは気落ちしたような笑みを浮かべた。



 〇 〇 〇



 私立秀星しゅうせい高校。


 何事も無い昼休み。


「良かったの、ホームズ?」


「何がだ、ワトソン君」


「昨日の事だよ。あのままで良かったの?」


「あぁ、その事か。勿論だとも」


 いつも通り、安い笑みを引っ提げて少年ホームズは言う。


「我々には協力者が必要だ。彼女はうってつけだろう?」


「まぁ、そうだけども」


 昨日、大藤にある取引を持ち掛けた。


 今回の事を黙っている代わりに、幾つか自分達の言う事を聞いてもらうという簡単な内容だ。勿論、常識の範囲内に限る。


「事件を解決出来なかったなんて知られたら、ホームズの評判落ちるよ?」


「その程度で落ちる程私の評判は悪くは無いだろう? それに、解決は出来た。後は黙秘権を行使するだけだ」


「それで相手が納得する?」


「解決を頼まれはしたが、解明を頼まれてはいないからな」


「ああ言えばこう言うね、ホームズは」


 呆れたように少年ワトソンは笑う。


 ホームズ、ワトソンと呼び合う彼等は勿論それが実名ではない。彼等は生粋の日本人であり、異国の血など一滴たりとも流れてはいない。


 だからと言って、渾名としてまったく遠い訳でも無い。


 ワトソン少年の本名は、和島わじまいばら。和島はわとう・・・と読ませ、茨は英語でThornソーンだ。わとうソーン。無理くり縮めてワトソン。


 ホームズ少年の本名は、法無のりなしよしみ。こっちはシンプルに法無好ほうむずだ。


 両方とも好が考えた。


「目的のために手段を選んではいられまいよ。事件解決は早急に限る」


 言って、ちらりと校庭よりも少し手前、緑地帯となっている場所で楽しくお喋りをしながらお弁当を食べる生徒達を見る。


「相も変わらず、怖気おぞけの走る光景だ」


「ホームズ口悪ーい」


「むごっ!?」


 吐き捨てるように呟いた好の口に、茨は自身が飲んでいたパックジュースのストローを突っ込む。


「誰が聞いてるか分からないんだから、お口には気を付けようねー?」


 ずぞぞっとパックジュースの残りを飲み干し、好は不機嫌そうにストローを話す。


「ぷっ。……分かってる」


「なら良いけど」


 校庭の端にある緑地帯。そこでお弁当を食べる少年少女達。


 学年はバラバラ。男女比だって日によって違う。


 けれど、その中には変わらずとある生徒が居る。


 安心院あじむ五十鈴いすず。秀星高校の女神。


 五十鈴は柔らかな笑みを浮かべて、お喋りをしながらお弁当を食べている。


 端から見れば和む光景。しかし、二人はその実態を知っている。いや、実態ではない。女神の正体を知っているのだ。


 あれは女神ではない。勿論、それは皆が分かっている。


 けれど、それは表面的な事でしかない。もっと深奥の話。


 正確に言おう。女神は人間では無い・・・・・・


「どうだ? 弱っているか?」


「ううん。前に視た・・時と変わらないよ」


「そうか」


 一つ、深く息を吐く。


「早くどうにかしなければな……」


「そうだね」


 愛の女神様。その正体は、人間に憑りついた悪霊。


 憑りついた先の人格を抑え込み、自身が表に出てその者の人生を歩む。


 二人がこの高校に来た目的の一つ。それが、愛の女神の正体を暴き、憑りつかれた生徒を開放する事。


 それが二人の受けた依頼。


 ホームズとワトソンと他称しあう二人は、ただいたずらにそう呼び合っているだけではない。二人には、二人をそう呼ばせるだけの実績がある。


 警察では手に負えない数多の霊的事件を解決してきた、その界隈ではそこそこ有名な探偵コンビ。


 人呼んで――怪異探偵。

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