第35話 人狼ゲーム㉟「決着」


『――――それで、どうなった?』


「ああ……そよぎ様が目覚められて、18時になって……投票は開始された。紅子様、天馬様、そよぎ様、三人とも迷わず投票用紙に名前を書き、旦那様の元へ集められ、開票された。ああ、私もそばで見ていた。…………ふふっ」


『どうした清水。なにがおかしいんだ』


「ああ、すまん黒須。……いや、いま思い出しても笑ってしまうんだ。見ていたのは私だけじゃない。あの時、屋敷の使用人全員が己の仕事を放り投げて、我を忘れて、旦那様の手元を食い入るように見つめていたんだ……」


『そうか』


「開票の結果……まず一票目、天馬様の票。『炎城寺紅子』だった」


『当然だな』


「二票目、紅子様の票。『空峰天馬』だった。これも当然の結果。ここまでは分かり切ったことだった」


『ああ』


「そして、最後の票。そよぎ様の投票用紙だ。これを開く時……さすがの旦那様も、手が震えていた。見ている私たちも、緊張で息ができなかった。……そうして、開かれた名前。そよぎ様が投票したのは――――」






◆――――◆――――◆






「月が綺麗ですねぇ」


 澄み切った夜空に、中秋の名月が浮かぶ。


 見事な満月であった。


「『人狼ワーウルフ』の伝説では……満月の夜、恐ろしい人狼はその正体を現して村人たちを食い殺すといいますが……。ふふ、その通りになりましたね」


 ふてぶてしい笑い顔で、イルカは背後の友人を振り返った。


「どーです天馬くん! 最後の最後、この敗者の地でわたしと月を見上げる羽目になった気分は! いったいどんな気持ちー!? どんな気持ちですかー!?」


「…………」


「……………………」


「………………………………」


「……って、言ってやろうと思ってたんですがね」


 敗者の隔離場所、島の別館でイルカと共に月を見上げていたのは――――。


「負けちゃいましたか、お嬢様」


「ふん……」


 紅子であった。




「はぁ。クルーザー欲しかったんですがねえ」


「……悪かったわね」


「まあ、健闘したほうじゃないでしょうか。三日目にもつれ込んだだけでも、良くやりましたよ」


「健闘に意味はないわ。勝つか、負けるか、それだけよ」


「ま、お嬢様ならそう言うと思ってましたけど」


 紅子は意気消沈し、肩を落とす。彼女にとって極めて珍しい仕草だった。


「そよぎ……そよぎのことは、十分警戒してたはずだった。一番の強敵になるって、勝負が始まる前から分かってたのよ」


「そうですね。少なくともそよぎ様に関して、お嬢様に一切の油断はありませんでした」


「それでも、負けた。何ひとつ油断なく、容赦なく、そよぎを叩き潰すつもりだったのに……負けたわ……」


「ええ。完敗ですね」


 負けたのは紅子だけではない。紅子のブレインたるイルカも、結局そよぎとの知恵比べで打ち負かされたのだ。


「不思議な気分だわ」


「え?」


「負けたのに。勝負に完敗したってのに……。怒りが沸かないのよ」


「おやおや。お嬢様ともあろう方がすっかり毒気を抜かれて。炎の虎も、大海の竜神様にひと飲みにされてしまったようですね」






◆――――◆――――◆






「…………ん……」


 自室のベッドで、そよぎは目覚めた。


「目が覚めたか、そよぎ」


 傍らには天馬がいた。


「天馬さん……。あれ? わたし、寝てた……?」


「ああ。決着が付いた後、お前がぶっ倒れるように眠りだしたんだ。覚えてるか?」


「あ……そうか。あのとき急に凄く眠くなって。マインドパレスを使った反動なのかな……?」


 そよぎは目をこすり、ベッドから身を起こした。


「勝負はどうなったの?」


「勝った。俺とお前の二票で紅子は吊られて、人狼チームは全滅。俺たち村人チームの勝ちだ」


「そっか……良かった。うん。やったね、天馬さん」


「ああ。お前のおかげだ」


 ようやく手にした勝利に、二人は感慨にふける。


 しばらくして、天馬はそよぎに向かって手を差し出した。


 その手の平には、例の十円玉が乗っていた。


「そよぎ、教えてくれないか。どうやって紅子が『人狼』だと見破った? 俺のポケットに入ってた、この十円玉はどこから来たんだ?」


「そのコインがどこから来たのか、どうやって仕込まれたのかは、わたしにも分からない」


 そよぎは首を振って言った。


「ただ分かったのは、そのコインは一日目の十円玉ゲームに使われたのとは違うコインだってこと」


「そうなのか? それは……なんだか妙な話だな……? わざわざ違うコインを俺のポケットに仕込む理由はないだろうに」


「そこの理由もよく分からない。トリックを思いついたのがコインを捨てた後で、回収不可能だったのかもしれないね。ただ、二つのコインが別物だってことは確実だったから、天馬さんは『人狼』じゃない。『人狼』は紅子お姉ちゃんだって確信したの」


「なぜ、コインが別物だと分かる?」


「年号が違ったから」


「は……?」


「天馬さんのポケットから出てきた、そのコインは『平成十九年』って刻印されてるでしょ。あの十円玉ゲームで使われたコインは『平成二十五年』発行だった。だから別物ってことは明らかだよ」


「年号って……待てよ……。お前……あのとき一瞬、見ただけのコインの年号を覚えていたのか……!?」


「まさか。意識して覚えていたんじゃないよ。さっき思い出しただけ」


「そんなこと……。記憶していないものを思い出すなんて……それこそ不可能だろ……」


「それができるのが『記憶の宮殿マインド・パレス』なんだよ。えへへ……わたしも、成功したのは今回が初めてだけどね」


「お前ってやつは……」


 天馬が呆れたのか、感心したのか、分からないため息を付く。


 そんな天馬に向かって、そよぎはおずおずと切り出した。


「……ねえ、天馬さん。わたし……これでみんなに認めてもらえるかな?」


「そよぎ……」


「わたしも五輪一族に……みんなの仲間になれますか……?」


「当たり前だろ。お前のことを認めないやつなんて、もう誰もいないさ」


 天馬の手が、そよぎの頭を優しく撫でた。


「今、この屋敷の人間は誰も彼もが、お前の話で夢中だよ。『そよぎ様は凄い』『そよぎ様は天才だ』『そよぎ様こそ我々の当主だ』ってな。……俺も全く同意見だ。この三日間で、五輪一族のナンバーワンは海原そよぎだと確信した。あいつらも……紅子も、紫凰も、美雷も……王我だって、きっと同じ気持ちだよ」


「そんな……褒めすぎだよ……。村人チームが勝てたのは、みんなの力だよ」


「謙虚だな、お前は。ふっ……そういうところは、確かに俺たちとは違うかもな」

 

 ――――ぐう~。


 そよぎの腹が間抜けな音を立てた。


「お腹すいた……」


「食堂に行くか?」


「うん」


「よし、じゃあ遅い夕飯だ。勝者だけに振る舞われる、豪華絢爛のご馳走ってやつを頂きに行こう」


 天馬が立ち上がり、ドアへ向かう。


 その背に、そよぎは問いかけた。


「天馬さん」


「ん?」


「お兄ちゃん、って呼んでいいですか?」


「ああ。いいぞ」


 天馬は笑って答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る