第34話 人狼ゲーム㉞「宮殿」

「そよぎ……?」


「なんじゃ、どうした?」


「分かんない、いきなり倒れ込んでのよ。ってか、眠ってんの? 推理アニメの真似?」


「これは……瞑想か……? しかし、この集中力は尋常じゃない……」


「そよぎがさっき言った『マインドパレス』って……なんなの?」


「聞いたことがある。邦訳すれば『記憶の宮殿』だな」


「宮殿じゃと……!? それは本当か、天馬……!」


「え? は、はい」


「なによ、それ」


「……名探偵シャーロック・ホームズ。あるいは殺人鬼ハンニバル・レクター。人智を超えた天才だけが持つ、脳内の記憶世界……らしい」


「記憶世界?」


そこ・・には、産まれてから今までに体験したすべてが……見て、聞いて、知った、ありとあらゆる記憶情報のすべて・・・が残されている、と言われている」


「はあ?」


「『記憶の宮殿』を使いこなすものは、五年前の夕食の献立も、十年前の天気も……二十年前に読んだ新聞の内容も、一語一句、完璧に思い出すことが可能になる……らしい」


「は……? そ、そんなこと……本当にできるの……?」


「できるわけあるか……! ホームズもレクターも空想の人物だ……!」






 精神世界の外側から、紅子たちの声が聞こえてくる。

 

 それに背を向けるように、そよぎは潜る。

 

 深く、深く。精神のさらに深くへ……。






 ――――重要な情報。



 ――――再現すべき記憶。



『五輪一族』『後継者』『血統』『人狼』『村人』『最後の投票』



(違う……ここじゃない……)



『空峰天馬』『ジャケット』『右内ポケット』『コイン』『炎城寺紅子』『ゾーン』『トリック』『どうやって』『速さ』『方法』『戦略』『嘘』『どちら』『嘘つき』『本当』



(……………ここ………?)



『トリック』『カード』『天馬と美雷』『紅子とイルカ』『指紋』『コイン』『どちらが』『罠』



Whoだれが』『Whenいつ』『Whereどこで』『Whatなにを』『Whyなぜ』『Howどのように



(違う……ここでもない……)




 さらに深く、記憶の海の底へ、そよぎは潜り続ける。



 ――ボコ……ボコ……。



 初めて体感する記憶の宮殿マインド・パレスの深層で、そよぎは自分が息を止めていることに気付いた。


 おそらく今の自分は、呼吸すら忘れて思考に集中しているのだろう。


(これでいい……)


 あとは、記憶の海に溺れる前に、真実に辿り着くだけだ。





 ………………。





 ………………………………………。





 ………………………………………………………………。





 ――――真実へ至る鍵。





『コイン』





『十円玉』





『一日目』『ゲーム』『実験』『十円玉』『騎士』『こたつ』『十円玉』『十円玉』



(ここ……)



『一日目の』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』



(ここだ……)



 やっとヒントのありかにたどり着く。


 だがこの時点で既に、そよぎの心肺機能はタイムリミットを超えていた。



 ――ボコ……ボコ……ボコ……。



(くっ……息が……)



 窒息の苦痛が、全身を締め付ける。



『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』



――ボコ……ボコ……ボコ……ボコッ、ボコッボコ……ボコッ、ボコッボコボコッ、ボコッボコ……ボコッ、ボコッボコ……!



(あと……少し……っ……!)



『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』『十円玉』――――――――――――――――――



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――『平



(見えたっっっ!!!!!)







「……ね、ねえ……そよぎのやつ……息してないんじゃない……?」


「なっ……」


「なんじゃと!?」


「そよぎ、ちょっと! そよぎ!」


「そよぎ、起きろ! 目を覚ませ!」


「……うっ……ぁ…………」


「そよぎっ!!!」


 紅子の声が、そよぎの意識を引き戻した。


「……っ…………ぷはあっっーーーー!!!」


 精神世界からの帰還を果たし、そよぎは目を開く。


「ハっ、ハァ、ハッハアッ! ハアッハアッ、ハアッハアッ!」


「そよぎ、大丈夫か!」


 紅子が、天馬が、六郎太も清水たちも、そよぎを取り囲んでいた。


「ハアッハアッ、ハアッハアッハアッハアッ……ハアッハアッ……!!!」


 心臓が破裂しそうなほど暴れまわっている。


 どうやら、本当に窒息寸前まで思考に没頭していたようだ。


「そよぎ!」


「おい! 酸素呼吸器を持ってこい!」


「は、はい!」


 屋敷の使用人たち、ほぼ全員がやって来て慌てふためいている。


「は……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ………………」


「そよぎ……あんた、何してたのよ……?」


「海……」


「は?」


「ふかい……海の底に……埋もれた、記憶を……拾ってきた……」


「なに……言ってんのよ……。意味分かんないって……」


 古賀山が駆け寄ってきて、酸素ボンベを差し出した。


「そよぎ様、これを」


「いえ……大丈夫です……。ふぅ……」


 その時。


 六郎太のスマホが鳴った。


 壁の掛け時計の針が、運命の午後6時を示していた。


「投票の時間だね……」


 そよぎは、ふらつきながら立ち上がった。


「お姉ちゃん。天馬さん。決着を……つけよう……」

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