第32話 人狼ゲーム㉜「震撼するクライマックス」

 10月7日。午後5時30分。


「綺麗な夕日ですねぇ」


 イルカは、別館近くの砂浜に座り込み、紅く染まった水平線を眺めていた。


「三日間の長いゲームでしたが、それもあと少しでお終いですか。いやぁ、色々ありました」


 五輪本家の次期当主を決める目的で開催された、この人狼ゲーム。だが今残っている三人に、そんなものは意味のないことだろう。


 彼らにとっては勝利そのものが最大の報酬。それが五輪一族なのだ。


「お嬢様。天馬くん。そよぎ様。わたしは少々、あなた方のことを見くびっていたようですね。なんだかんだで優しいあなた方は、この骨肉の争いに甘い情けを持ち込むのではないか、と……」


 ところが、蓋を開けてみればどうだったか。


 紅子は、初日から真っ先にそよぎを殺しにかかった。


 そよぎは、権謀術数の限りを尽くし紅子を罠にかけた。


 そして天馬は――――。


「キスまでしたわたしを、容赦なく吊ってくれましたね! あー腹立つ! あいつめー!」


 イルカは天馬の顔を思い浮かべ、砂浜をペチペチ殴りつける。


「まったく、どいつもこいつもイカれた戦闘狂ですよ。これが五輪一族の戦いですか」


「なにをブツブツ言ってますのメイド」


 ふと声をかけられ、振り向くと紫凰が立っていた。


「ほら、今日の夕飯ですわ。あなたのぶん持ってきてあげましたわよ」


 紫凰がコッペパンとコーヒー牛乳の紙パックを差し出してくる。


 敗者たちに与えられる、貧相極まりない食事であった。


「これはこれは。このような端女はしためが、高貴なる紫凰お嬢様のお手を煩わせるとは恐縮でございます。えっへっへ」


「うっっっっっざ! ほんっと紅子とは別方向にムカつきますわね、あなたは!」


 紫凰は顔をしかめ、イルカに向かってコッペパンを放り投げた。


「王我様と美雷様はどうされてるんです?」


「さあ。どこかで喧嘩でもしてるんでしょ」


「本当に息をするように喧嘩するんですね、あなた方は。もうすぐゲームが決着するというのに、勝敗が気にならないのでしょうか?」


「勝敗など分かりきっているでしょう。お兄様とそよぎが紅子に負けるはずがありませんわ」


「さーて。それはどうでしょうかね……」


 イルカは、まだクルーザーをゲットする望みを捨ててはいなかった。




◆――――◆――――◆




「来ないね、お姉ちゃん」


 そよぎは食堂の時計を見上げた。


 午後5時45分。


 そよぎも天馬も、もちろん六郎太もとっくに食堂に集合していた。


 だが投票まで残り15分を切っても、紅子はやって来ない。


「勝ち目がないと思って逃げたのかもな」


 そよぎの向かいに座っている天馬が、冗談めかして言った。


「まさか」


 紅子に限って、勝負から逃げるなんて選択はありえない。


 天馬だって本気で言ってるわけではないだろう。


「念の為、最後の確認をしておくぞ。『人狼』は紅子。俺は紅子に投票する」


「うん。わたしも紅子お姉ちゃんに投票する」


「よし、オッケー。俺たちの勝ちだ」


 天馬は軽く笑って目を閉じた。


 結局、天馬は最初から最後まで紅子を『人狼』と確信して揺らぐことはなかった。この男が味方なら、これから紅子がどう足掻こうが村人チームの勝ちは間違いない。


(そう。わたしたちの勝ちだ)


 その時、紅子がやって来た。


「お待たせー」


 時刻は5時50分だった。


「またまた遅いのぉ、紅子。あと10分で投票開始じゃぞ」


 六郎太が顔をしかめて、もう何度目になるかわからない小言を口にする。


「まーまー、いいじゃん。これで最後でしょ」


 紅子は涼しい顔で言って、自席にふんぞり返った。


「たった三人で話し合うだけなんだから10分もあればいいわよ。そうでしょ? そよぎ、天馬」


「まあね」


 そよぎは、それだけ答えた。


 六郎太が咳払いをして立ち上がり、ぐるりと三人を見渡した。


「天馬、そよぎ、そして紅子よ。今一度、状況を確認しよう。これがゲームのクライマックス、最後の処刑投票じゃ。10分後の18時にこの三名で投票を行い、最多票を集めたものが処刑。『人狼』が死ねば村人チームの勝ち。『村人』が死ねば人狼チームの勝ち。それで決着じゃ。以上……!」


 ゲームマスターは口上を終え、着席した。


 その直後。


 紅子が、おもむろに切り出した。


「……さてと。そよぎ、天馬。わたしは昼間、そよぎの言うとおりにスマホを公開したわ。だから当然、あんたたちもわたしの調査に付き合う義理があるわよね?」


「調査って、なんの?」


「もちろん『人狼』を探し出すための調査よ。決まってるじゃない」


「ふっ、調査ね。まあ、お前にしては正論かもな。それで、何に協力しろっていうんだ?」


「…………ポケットよ」


「えっ」


「二人共、ポケットの中のものを全部出しなさい」


「はぁ…………?」


 わけが分からない。


 この状況で、ポケットを改めてどうなるというのか。


「お姉ちゃん、何考えてるの?」


「だから言ったでしょ。『人狼』が誰か調べるのよ」


「『人狼』はお前だろ」


「違うわよ。いいからポケットの中を公開しろっての」


「そんなことをして何になるんだ」


「調べてみれば分かるわ。あんたらがどうしても拒否するなら、無理矢理にでも引っぺがすわよ」


 紅子は頑なに主張し続ける。どうあっても引き下がりそうにない。


 そよぎは、ため息を付いて立ち上がった。


「分かったよ。ポケットにあるものを出せばいいんだね」


「天馬、あんたもよ」


「……ま、それでお前の気が済むならそうしようか」


 天馬もそよぎにならって立ち上がり、服のポケットを改め始めた。


 六郎太や、立ち会っていた清水、小田桐、江藤たちも、頭にハテナマークを浮かべながら成り行きを見守っている。


(いったい何考えてるの……。意味不明だよ、お姉ちゃん……いつものことだけど)


 そよぎの服に付いているポケットは、ズボンの前後ろ四つだけだ。


 両手をポケットに突っ込んで、探ってみる。


「……………………」


 もしかして、ひょっとしたら……なにかとんでもないものが、ポケットから飛び出して来るのかも……という、かすかな不安が頭をよぎる。


 だが結局、ポケットの中にあったのは想定通りの持ち物。


 ルームキーとスマホだけだった。もちろん、どちらもそよぎ自身のものだ。


「これだけだよ」


 そよぎはテーブルの上にスマホと鍵を置く。


 それを見て、紅子は小さくうなずいた。


「それで? これがどうかしたの?」


「……ちょっと待ってて。天馬がまだでしょ」


 天馬はポケットの多いジャケットを着ていため、調べるのに手間取っていた。


「俺だって持ってるのは部屋の鍵とスマホくらいだぜ」


 天馬が取り出したそれらを、テーブルの上に置く。


「まだよ。ボタンの付いたズボンの後ろポケットも、上着の内ポケットも、全部あさるのよ」


「へいへい。ったく、何がしたいんだよ……お前は……」


 ぶつぶつと文句を言いながら、天馬はジャケットの内ポケットをさぐる。


 だが。


 その手が突如、止まった。


「…………っ…………!?」


 天馬の顔色が変わったのが、はっきりと分かった。


「……な……んで…………こんな……ものが…………」


「天馬さん? どうしたの?」


「い……いや…………」


 ジャケットの右胸、内ポケットに手を入れたまま、天馬は固まっていた。


「天馬、何かあったのね。出しなさいよ」


「……………………」


 あの冷静な天馬が、明らかに動揺していた。


「天馬! この状況じゃ誤魔化しようがないわよ! さっさと出せ!」


「ぐ…………」


 紅子に恫喝され、天馬は苦悶の表情でポケットに入れていた手を引き抜いた。


「ポケットの中に入ってたのは……これだ……」


 そう言って、天馬がテーブルの上に置いたものは――――。


「え……!?」


 十円玉だった。


「なっ……なんじゃと……?」


 六郎太が、司会の立場を忘れて身を乗り出してくる。


 驚愕しているのは、そよぎも同じだった。


「こ……これって……」


 天馬の服のポケットから十円玉が出てきた。


 その意味するところは――――。


「これ、一日目の……あの『十円玉ゲーム』のとき、『人狼』が持っていった……あの十円玉……!?」


「そうよっ!!!」


 紅子が、屋敷全体を震撼させるほどの大音声で叫んだ。


「このコインが出てきたってことが動かぬ証拠!!! 『人狼』はあんたよ、天馬っ!!!」

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