第31話 人狼ゲーム㉛「最終局面」
遠い記憶。
炎城寺邸の庭で、幼い紅子とイルカが遊んでいた。
『じゅういち、じゅうに、じゅうさん……』
『べにこー、またキントレやってるの?』
『そうよイルカ、わたしはねーせかいさいきょうになるんだからー。じゅうよん、じゅうご……』
『そんなのより、おうた歌ってあそぼうよ。“ポケットの中にはビスケットがひとつー、ぱちんと叩くとビスケットはふたつー”』
『じゅうろく、じゅうなな……』
この日。
紅子とそよぎは初めて出会ったのだ。
『紅子、ちょっと来なさい』
『どうしたの、パパ。あ、かいばらのおじさんだ!』
『こんにちは、紅子ちゃん。おじさんの新しい家族を紹介するよ』
『うわー! 赤ちゃんだー!』
『……この子が…………例の……?』
『ああ……事故にあった親友の……うちの養子に……』
『海原家の……跡継ぎとして……今の分家の子供らは……』
『ああ……将来本家の……』
『周りの目は……』
『だが……それでも……』
ひそひそと大人たちがしかめっ面で話す。
七歳の紅子に、その意味は理解できない。ただ無邪気に尋ねた。
『ねえ、おじさん。この子なんていうなまえなの?』
『……そよぎ。海原そよぎ、だよ』
◆――――◆――――◆
五輪グループ次期総帥の選抜試験として開催された人狼ゲーム。
この史上最大の戦いも、ついに最終日となった。
「とうとう三日目じゃな。いまさら言うまでもないが、この中にはまだひとり、『人狼』が紛れておる。それを見つけ出して処刑できれば村人チームの勝ち。惜しくも外し、『人狼』が生き延びてしまえば、人狼チームの勝ちじゃ」
六郎太が朝食に集った三人の顔を見渡す。
この最終局面まで生き残ったのは、そよぎ、天馬、そして紅子。
「いずれにせよ、今日の18時。最後の投票で雌雄は決する。死力を尽くせよ」
六郎太は厳かに言う。
だがそんな言葉など、もはや誰も聞いていなかった。
「どういうことだ、紅子。なにを考えている」
天馬が、正面に座っている紅子に問いかけた。
そよぎもじっと紅子の様子をうかがう。
「なにって、決まってるじゃないの。あんたたち二人のうち、どっちが『人狼』なのかって考えてるのよ」
「……そうか。まぁ、いい。お前が何を企んでいようが……てゆうか何も考えてないのかもしれないが、結果は同じだ」
人狼ゲームの三日目は、今までになく静かに、早く、時が過ぎていった。
そもそもプレイヤーが三人しか残っていないうえに、そよぎも天馬も紅子を『人狼』と確信しているのだから、もはや何もすることがないのだ。
「今日も寒いな」
昼食をとった後、紅茶を飲みながら天馬が誰ともなしにつぶやいた。
「そうだね。去年この島に来たときは、泳げるくらい暖かかったのに」
そよぎは去年も六郎太の誕生日パーティーに参加しているのだ。
「念のために上着を持って来ていてよかったな」
天馬は三日間同じジャケットを着続けていた。
「あのさー」
くつろいで世間話を交わす二人に、紅子が話しかけてきた。
「なんかさ、あんたら二人とも勘違いしてない? わたしのこと『人狼』だと思ってるみたいだけど、違うから。『村人』だから、わたし」
「お前が『村人』なら俺たちのどちらかは『人狼』なんだから、『二人とも勘違い』してるわけはないだろ」
「いちいちロジハラすんなっつーの。たんなる言葉のアヤよ。揚げ足取りやめろ」
「へーへー」
天馬は、紅子の言葉などまるで聞く耳を持たない。
無論そよぎも同じだ。が、ふと、ダメ押しの確認をしてみたくなった。
「ねえ、お姉ちゃん」
「なによ」
「スマホ見せてくれない?」
「え?」
「お姉ちゃんがあくまで自分を『村人』だって主張するなら、スマホを見せてほしいの」
「なんで?」
「ちょっとした確認かな。まあ、別に見せられないならそれでもいいよ」
「……いいわよ、スマホくらい見せてあげる。わたしはイルカと違って、エロサイトとか海賊サイト見たりしないから、恥ずかしいことなんてないもんね」
そよぎの挑戦を受けて立つかのように、紅子はポケットから自分のスマホを取り出した。
「ありがとう」
「何する気だ? さすがにラインやメールに『人狼』としての証拠が残ってたりはしないだろ。紅子だけならやりかねないが、千堂が止めるはずだ」
天馬がそよぎの手元を覗き込んでくる。
「見たいのはラインじゃないよ。ブラウザの履歴」
「履歴……?」
しばらくスマホを眺めた後、そよぎは笑ってうなずいた。
「ふーん。やっぱりだ」
「なにがよ。なんか面白いものあったの」
「お姉ちゃん、二日前の夜に『人狼ゲーム』のキーワードで検索してるね。お姉ちゃんはこのゲーム初めてだもん、きっとそうするって思ったよ」
「それがどうかした?」
「お姉ちゃんが見たのはこのサイトだよね。『人狼ゲーム』でググるとトップに出てくる有名なサイト。そこでゲームのルールとか、役職の説明とかを見てる」
「そうよ」
「ここの『役職の説明』のページ。履歴がちょっとおかしいんだよね」
「え……?」
そよぎは開いたページを示す。
“■基本的な役職”
“人狼ゲームは基本的に以下の役職で構成される”
“『村人』『占い師』『霊媒師』『騎士』『人狼』『裏切り者』”
「このページでは六つの役職が紹介されていて、役職名をタップしたらそれぞれの解説ページに飛ぶようになってる。お姉ちゃんは、この役職を『人狼』、『騎士』、『村人』の順で見ていってるよね。履歴でそうなってるもの」
「だから……それが、なんなのよ」
「おかしいじゃない。ホームページには、上から順に『村人』『占い師』『霊媒師』『騎士』『人狼』『裏切り者』って並んでるんだよ?」
「…………」
「お姉ちゃんが『村人』なら、普通に、一番上にある『村人』のページから見ていくものじゃない? それなのに、どうして下の方にある『人狼』のページから見たの?」
そよぎはじっと紅子の表情を探る。
紅子は明らかに狼狽えていた。予想通りだ。
「…………そ、それは……」
「それは、お姉ちゃんの引いたカードが『人狼』だったから。そうでしょ?」
「ち……ちがう、違うもん! そんなの、ただの気まぐれよ! わたし『村人』だって!」
慌てふためきながら、紅子はわめく。
「そうだね、そういうこともあるかも知れない。状況証拠だよ。……ありがと、お姉ちゃん。スマホ返すね」
そよぎは涼しい顔でスマホを差し出した。
「わ、わたし、部屋に戻るから!」
紅子はスマホをひったくり、逃げるように食堂を出ていった。
(よし。やっぱり『人狼』はお姉ちゃんで間違いない)
いまや、そよぎの確信は100パーセントから120パーセントとなっていた。
「そよぎ……お前って、どういう頭してるんだ……?」
気がつけば、天馬がそよぎの顔をまじまじと見つめていた。
「え?」
「このゲームが始まってから、お前の発想には驚かされっぱなしだ。どうやら俺は、お前を相当に過小評価していたみたいだな」
「天馬さん……」
「お前は天才だよ、末恐ろしいほどにな。次期当主にふさわしいのは、俺でも紅子でもなく、お前なのかもしれないな」
「そ、そんなことないよ。跡継ぎになるなら、やっぱり天馬さんのほうが……」
そよぎは慌てて首を振った。
「って、まだ勝負は終わってないのに、こんな話しして油断しちゃ駄目だよ」
「ああ。そうだったな」
その後。
そよぎにも、天馬にも、紅子にも何の動きもなく時は過ぎ――――。
最後の処刑投票の時間がやってきた。
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