第27話 人狼ゲーム㉗「票固め」

 昼食となった。


「みな、よく味わっておけよ。この中の……」


「この中の一人は最後のご馳走になる、でしょ。昨日も聞いたって」


「お爺様の演出も、さすがにマンネリ気味だわ」


「なんじゃ、冷たいの。昨日はみんな反応してくれたのに」


 六郎太は、すねた様にそっぽをむいた。


「ねえ、お爺ちゃん。イルカはどうしてるの。ちゃんとご飯食べてるの?」


 紅子は大トロの寿司をつまみながら尋ねた。


「配給の食事はパンと水だけじゃが、飢えてはおらんから安心せい」


「でも別館ではネットは出来ないのよね」


「うむ。今朝、食事を届けに行ったときは『飯よりスマホよこせー、ネットに繋げー』と喚いていたらしいぞ」


「あー、やっぱりね」


「千堂は少しくらいデジタルデトックスをした方がいいだろ。あいつ、ほっとけば一日十二時間くらいスマホいじってるからな」


 天馬が口をはさんできた。


「天馬さぁ、あんたとイルカってどういう関係なの?」


「………………」


「おい、無視すんな」


「王我はどうしてるんです?」


 天馬はあくまで紅子の問いに応じず、話題を変えた。


「あやつも暴れとるらしいのぉ。森の中でそこらの樹をへし折って八つ当たりじゃ」


「ゲーム中は大人しくしてたけど、終わった途端に本性むき出しになったわね。やっぱり異常者だわ」


「……あいつは、多分『騎士』だったな」


 天馬がぼそりと言った。


「ええっ。そうなのですか?」


「なんでそう思うのよ。あいつの様子に何かそれっぽいとこあった?」


 紅子自身も王我を『騎士』だと確信しているが、そこにたどり着いた道筋は強引な力技だ。


「王我の様子がどうこうってわけじゃないがな。現在の状況から逆算すれば、あいつ以外に考えられない」


「はん? どういうことよ?」


「初日に護衛が成功した以上、『騎士』は名乗り出て護衛対象を公表した方が村人チームに有利だ。なのに『騎士』はそれをしない。チームの勝利より保身を優先したわけだ。それをやりそうなのは誰かってことだ」


「全員やりそうだけど?」


「俺はやらねーよ。それに千堂とそよぎもな。こいつらは、最終的な勝利のために合理的判断ができる人間だ。美雷だって、そこまで意固地じゃないだろう。そして紫凰か紅子が『騎士』なら、護衛を成功させたことを大はしゃぎで自慢しているはずだ。そう考えれば、消去法的に『騎士』は王我だ」


「はいはい、長文乙。アンタってほんとドヤ語りが好きよねー。このマンプレイスニング野郎」


 美雷がアナゴを頬張りながら天馬を揶揄する。


「王我が『騎士』だとしてさ。なんであいつは、わた……『人狼』が初日に誰を狙うか読めたのかしら?」


 紅子は前から疑問に思っていたことを聞いてみた。


「それは分からないな。ま、ゲームが終わってから聞けばいいだろ」


 天馬はそう言ったが、おそらく聞いても王我は答えないだろう。王我が守ったのは、あれほど嫌っていた筈のそよぎなのだから。


「えーと。王我が『騎士』なら、今残っているのは『村人』と『人狼』だけですわよね。『村人』が四人で『人狼』が一人か、『村人』三人で『人狼』二人か……」


 紫凰が指を折って数えだした。


「あれ……? もし『人狼』が二人残っていて、今日の投票で間違って『村人』を処刑したら……『村人』二人で『人狼』二人……これだともう、村人チームの負けですわ!」


「そうなるな」


 実際には『人狼』は紅子一人なので、今日で村人チームの敗北が決定することはない。が、とりあえず紅子は紫凰の言葉に同調しておくことにする。


「うわ! ほんとね! やばいわー! 村人チーム負けちゃうじゃん! わたし『村人』なのにー! そうなのよね、お爺ちゃん!?」


「……ま、そうじゃの」


 紅子の白々しい演技に、六郎太は若干あきれ顔で同意した。


「無論、『人狼』が一人だった場合は処刑できれば逆に村人チームの勝ち。いずれにしろ、今日の投票で決着がつくことも十分ありえるのじゃ。みな、慎重にの」


 食卓にかすかな緊張が走った。


「そうね、慎重に考えないとね。誰を殺すのか」


 特に紅子にとって、次の処刑投票は修羅場になる。生きるか死ぬかの綱渡りだ。






「紫凰」


 昼食後、紅子は廊下で紫凰を待ち構えて声をかけた。


「……なんですの?」


 紫凰はうさん臭そうに答えた。


 紅子を相手に、紫凰が愛想よく対応などするはずもない。


「えーと……さ……」


 もちろん紅子とて、紫凰と仲良くおしゃべりなどするつもりはない。


 ただ、今日の処刑投票を生き伸びるためには、今のうちに票を固めておかなければならない。そのためにまず、一番ちょろそうな奴を取り込むのだ。


 この人狼ゲームの参加者で一番ちょろい奴――当然、紫凰だ。


「………………」


「おーいクソ猿ー。なに黙っちゃってやがるんですのー。あのメイドがいないと、一人でお喋りもできないんですのー?」


(きいいいっ! このクソ狐がっ! お前こそ兄貴がいないと何もできないくせにっ!)


 思わず殴りかかりたくなる衝動をこらえ、紅子は口を開く。


「えーとね……あんた、もしかして美雷に投票する気じゃないでしょうね?」


「ま、投票するなら美雷か紅子、あんたですわね。どちらかというとあんたの方が怪しいですけ……」


「美雷は駄目よ! 止めて! 美雷は駄目!」


「はあ? なんでですの?」


「えーと……」


 少ない脳を必死で振り絞り、紅子はアドリブを並べ立てる。


「美雷は『騎士』だから! 『騎士』が死ねばわたしたち村人チームは大ピンチよ!」


「あなた、朝食の時に美雷を殺そうって言ってたじゃない」


「あれはフリよ。ああ言って周りの反応を探ってただけ」


「それに、『騎士』は王我だとお兄様が言ってましたわ」


「あんなもん嘘に決まってるじゃない! 天馬は『人狼』なのよ!」


「お兄様が『人狼』?」


「そうよ! だって昨日から、あいつばっか仕切ってるじゃん! あーいうふうによく喋るやつは怪しいのよ!」


「一番仕切ってたのはそよぎでしょう」


「えっと……そよぎも『人狼』なのよ!」


「根拠は?」


「よく喋るからよ!」


「???」


「そよぎと天馬が『人狼』なのよ! つまり、えーっと……今『人狼』は二人とも生き残ってるわけ! 最悪でしょ!」


「………………」


 紫凰の目が、アホを見る目に変わっているのがわかる。


 だが、どれほど強引だろうが紅子には押し切るしかないのだ。


「紫凰。わたしたちはお互い嫌い合ってる、それは分かるわ。けどゲームに勝つためには、喧嘩してる場合じゃないでしょ?」


「……で? 結局わたくしにどうしろと?」


「わたしの言葉を信じろ、とは言わないわ。でも、せめて美雷へ投票するのはやめて。この期に及んで『騎士』がいなくなったら村人チームの勝ち目はなくなるのよ」


「美雷が『騎士』だってなぜ分かるんですの?」


「えっと、あいつに聞いたから!」


「なぜあなたにだけ話すんですの」


「……えーっと……わたしたち、本当は仲良しなのよ!」


「さっきから『えっと』が多いですわね」


(うるせーよクソが! 一生懸命考えてんのよ!)


「と、とにかく……美雷だけはだめよ! 美雷に投票するのは、絶対ダメ! いいわね!」


 それだけ言って、紅子は会話を一方的に打ち切った。


 逃げるように紫凰の元を去り、廊下の角を曲がって息を付いた。


「ふう……。これでうまく釣れたかしら?」


 紅子の狙いは、紫凰を取り込んで美雷に投票させないこと……ではもちろんなく、美雷に投票させること・・・・・・・・・・である。


 我ながらレベルの低い心理戦だが、相手が紫凰なら効果はそれなりに期待できるはずだ。


「さぁ……どうよ……?」


 紅子はその場で横になって、床に耳を押し付けた。


 昨夜覚醒した異常聴覚の発動である。


 廊下の角の向こうにいる紫凰の独り言が、ぶつぶつと聞こえてきた。


「ぷぷっ。なんですの、あいつ……どうやら美雷を処刑されると相当都合が悪いようですわね……ふふっ、今日の投票ではキッチリ美雷に入れてあげますわ……わたくしがあんたなんかに騙されるものですか……おーっほっほっほ……」


 はたして、紫凰はすっかり騙されていた。


「よし。紫凰が美雷に投票してくれれば、わたしと合わせて二票。過半数まであと一票ね……」




◆――――◆――――◆




 10月6日は、前日とはうって変わったように静かに早く時が過ぎていった。


 人狼ゲームの生き残りプレイヤー五人は、食事時以外は特に接触することなく一日を過ごし、夕方が訪れた。


 午後5時。


 処刑投票を1時間後に控え、天馬は動き出した。


 美雷の部屋をノックしてみたが、応答はない。


「お兄様? どうしたんですの?」


 ちょうど部屋から出てきたところの紫凰が、天馬の姿を見てやって来た。


「美雷に話があったんだが、いないみたいだな。屋敷の中を探してみる」


 そう言って立ち去ろうとする天馬を、紫凰は呼び止めた。


「あ、お兄様。今日の投票の事なんですけど、お兄様はどうするつもりですか? 実は昼間、紅子が……」


「紫凰。そういうことは自分で考えろと言ったはずだぞ」


「むきぃぃぃ! なんでわたくしにはそんなに冷たいのですかお兄様! あのメイドがお兄様をたぶらかしたせいですわね! あいつめぇぇー! いずれ紅子ともどもブチ殺してやりますからね!」


 地団太を踏む妹を放置して、天馬は廊下の階段を下りていく。


「まったく、あいつは……」


 天馬が紫凰に冷たいのは別にイルカが原因ではない。天馬としては、この機に少しは紫凰に自立して欲しいと思っているのだ。


 それに、紫凰は天馬の言うことならなんでもあっさり信じる。そんな兄妹関係ゆえの信頼をゲームに持ち込むのは卑怯だ、と彼は考えている。……その生真面目さこそ、文武両道の完璧人間、空峰天馬の唯一の隙なのだが。


 美雷は一階の娯楽室で見つかった。


「美雷、話があるんだが」


「なによ」


「昨日の嘘発見器の結果なんだが……」


「またそれ? あんなの、なにかの間違いだって言ってるじゃない」


 美雷はうんざりしたように顔をゆがませた。


「ああ、そうだな。実は俺もそう思う。あまり強く否定するとそよぎが可哀そうだから言わなかったが、普通・・に考えれば噓発見器なんてあてにならないよな。まとも・・・じゃない」


 天馬は美雷好みのキーワードを並べ立てる。


常識的・・・に考えれば美雷、お前は『村人』だ」


「分かってればいいのよ」


「で、じゃあ『人狼』は誰かって話だが。どう思う?」


「まあ……そよぎか、紅子ね」


「そうだな、普通・・に考えれば紅子が怪しい」


「まあね」


「カードに指紋が付いてたこと、昨日の投票の時に千堂が紅子に向けて指でサイン出してたこと、今日の昼飯の時『わた……』って言いかけたこと、そもそも挙動不審な点が多すぎること……」


 天馬の感覚と頭脳は、紅子の挙動をほとんど見透かしていた。


「これらを総合すれば、常識的・・・に考えて紅子が『人狼』に間違いない。さすがだな」


「褒めたってなにも出ないわよ」


 と言いつつ、美雷は気を良くしていた。


 そのせいで「そよぎと紅子が怪しい」と言った自分の発言を、「紅子が怪しい」にすり替えられていることに気付いていない。


「俺とそよぎは紅子に投票すると決めている。美雷、お前も紅子に投票してくれれば過半数だ」


「オッケー。うんうん、さすが天馬ね。あんただけは五輪の血統でもまともだって信じてたのよ」


 かくして、談合はまとまったのだった。


 紅子殺しの三票を確保した天馬は、勝利を確信する。


 だがしかし。


 そのうちの一票の行方がいまだ揺れていることに、彼は気付いていなかった。

 

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