第25話 人狼ゲーム㉕「二人目の脱落者」

 0時20分。


 六郎太の書斎に紅子がやって来た。


「遅かったの、紅子」


「ちょっと色々あってね」


「イルカ君のことは残念じゃったの。お前はここから一人で頑張らんといかんぞ」


「分かってるわよ」


「では、聞こうか。今晩の『人狼』の襲撃対象は誰じゃ?」


 紅子はしばらく押し黙り、やがて大きく息を吐いた。


「ふう……」


「どうした。まだ迷っておるのか? 人狼タイムはあと5分じゃぞ」


「んー……。いや、わたしの感覚ではこれで間違いないはずなんだけどね。ただ、さっきまでこいつだけは『騎士』じゃないだろって考えてたから」


「ふむ? お前は『騎士』を狙うつもりなのか」


「うん。そのために色々考えてたんだけど、やめたわ。わたしみたいなバカが『論理的な思考』とか『筋道だった考え』とかやったところで、あいつらには簡単に見透かされる。考えるだけ無駄ってか、逆効果なのよ」


「なんじゃ思考放棄か? そりゃ興ざめじゃの」


「安心して。思考は放棄したけど、勝負は放棄してないから」


「そうか。ではあらためて聞こう。今晩の『人狼』の襲撃対象は?」


 紅子は瞳に静かな炎を燃やしながら、おもむろにその名を告げた。


「襲撃対象は……王我。『騎士』の土橋王我よ」


「なぜ、王我が『騎士』だと思う?」


「思ってるわけじゃないわ。今でもあいつが『騎士』だなんてまさか、って思ってる。でも、これは事実・・なのよ」


「そうか。それで良いのじゃな。ファイナル……」


「ファイナルアンサー」


 迷いなく紅子は答えた。


「……王我が『騎士』かどうかは、ここで明かすわけにいかん。襲撃の結果だけ教えよう。ドゥルドゥルドゥル…………ドゥルドゥル…………」


「それもういいから。もったいぶってないで結果をさっさと教えて」


「短気じゃのぉ」


 六郎太はため息をつき、言った。


「襲撃は、成功じゃ」


「よしっ!」


 紅子は拳を握り締める。


 ここまでやられっぱなしだった村人チームに、初めて一矢むくいたのだ。


「王我はここで脱落じゃ。繰り返すが、王我が『騎士』かどうかはゲーム終了まで教えられんからな」


「いいわよ別に。じゃ、おやすみ」


 紅子は踵を返して書斎のドアへ向かう。


「なんか反応薄いのー、紅子。もうすこし喜ばんのか?」


「『騎士』を潰しても、わたしはまだまだ崖っぷちにいるのよ。気を抜いてる暇なんかないわ」


 それだけ言って、紅子は出て行った。


 0時30分になった直後、小田桐がやって来た。


「旦那様。お聞きしてもよろしいでしょうか」


「どうした」


「王我様は『騎士』なのですか?」


「なんじゃ、気になるのか。お前たちも大分、このゲームに熱中しとるの」


「申し訳ございません。差し出がましいとは思いますが……」


「はっはっは。かまわん」


 六郎太は茶をすすりながら、愉快そうに笑った。


「『騎士』は王我、その通りじゃ。紅子はなぜかそれを確信しとった」


「……あの方は、廊下を歩いて戻っていく『騎士』の足音を聞きとったのです。まさか……と思っていましたが……。本当だったのですね……」


「紅子はそんなことをしたのか。今の奴は五感の能力も野生の獣並じゃな」


「私には、もうあの方が人間だと思えなくなりましたよ……」


 そう言って、小田桐は身を震わせた。






 午前5時。

 

 マスターキーで王我の部屋が開かれた。


「起きよ、王我」


「ん……」


 六郎太の声で、眠っていた王我は目を覚ました。


「王我。何の用かは分かっておるな」


 王我は目をこすりながら六郎太を見て、悔し気に顔をゆがめた。


「オレは食われたのですね。チッ……脱落か……」


「うむ。残念じゃったの。今からお前には別館に向かってもらう」


「フン。紅子も、そこまで馬鹿ではなかったか」


「紅子が『人狼』だと分かっておったのか?」


「この状況では99%そうでしょう。あんなポリグラフの結果など信用ならない」


「そこまで真実にたどり着いておきながら、惜しかったの。ま、お前が初日にそよぎの護衛を成功させたのはファインプレイじゃ。儂の内申書ではきっちり評価されているから元気だせい」


「慰めは結構ですよ」


 王我は立ち上がり、粛々と着替えを済ませて手荷物を抱えた。


「別館へ向かいます。通信機器のたぐいは置いて行くので、適当に保管しておいてください」


「王我、最後にひとつ聞きたい」


「なんです」


「なぜ、ここまで自分が『騎士』であることを秘匿した? お前はそよぎが『村人』であるという確定情報を持っておる。昨日のうちにカミングアウトしたほうが村人チームにとって良かったのではないか?」


「チームにとってはそうでしょう。ただし『騎士』だと明かしたオレ自身は極めて危険な立場になる。あいにく、オレは自己犠牲の精神など欠片も持ち合わせてないのでね」


 不機嫌に言って、王我は六郎太に背を向けた。


「ふむ。では、お前が初日にそよぎを守ったのはどういう意図じゃ? 紅子の狙いを読んだからか? それとも、何か他の理由が……」


「質問はひとつだったはずでしょう。それでは」


 それきり、王我は黙って部屋を出て行った。


 案内役の清水が、慌てて後を追う。


「……まったく。ああいうところがガキじゃの、王我は。よりによって、一番『騎士』に相応しくないやつがカードを引いてしまったわけか」


 ともあれ、これで脱落者は二人。残るは五人となった。


「次に脱落者が出るのは夕方の処刑投票じゃな。さてどうなるかな? そこでゲーム決着もありうるぞ」

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