第28話 集結、五輪一族
十月四日。
炎城寺邸の住人達は、いつもより二人欠けた面子で夕食をとっていた。
「紅子様は、もう出発されたのか?」
外出から戻ってきたばかりの重蔵が、空席となっている紅子の椅子に目をやった。
「ええ。お昼過ぎに、イルカと一緒に」
答えたのはさつきである。
いつもなら、親族の集まりがあるとき紅子に同行するのは彼女なのだが、今回は留守番だ。
「パーティーって、伊豆にある本家当主様の別荘で開かれるんですよね? 小島をまるごと買い取ってプライベートビーチにしてるっていう……」
「いいなあ、イルカちゃん。みい子もついて行きたかったですぅ」
バカンスに連れて行ってもらえなかったみい子が、口を尖らせる。
「しょうがないでしょ、招待客の付き人は一人までって決まりなんだから。……わたしなら、五輪一族のVIPだらけのパーティーなんて絶対行きたくないけどね。胃に穴が開きそうだもん」
菜々香は、その様子を想像したように顔をしかめた。
「それにしても、なんでお目付け役が九条さんじゃなくてイルカなんです?」
はじめが尋ねた。
「今回のパーティーは四日間も続くということですからね。今は奥様もいらっしゃらないのに、わたしまでそんなに長くこの家を空けられませんよ」
「だからってイルカはなあ。お嬢とイルカってトイレの洗剤と漂白剤じゃないですか。混ぜると劇薬ですよ」
「だが、その劇薬に救われたこともあったんだ。それに菜々香やみい子ではまだ経験が浅いし、泊りの旅行に男が付いて行くわけにもいかんだろう。消去法でイルカしかない」
「あの……」
菜々香が箸を置き、不安げな表情で顔を上げた。
「本家の後継者選抜って、お嬢様は勝てるんでしょうか? 他の候補者が跡継ぎになったら、炎城寺家は冷遇されたりしちゃうんですか……?」
「それほど心配することはあるまい。紅子様ふくめ、候補者は全員まだ未成年だ。今回の勝負に勝ったとて、実質的な代替わりはまだ何年も先の話だ」
「……むしろ私は、紅子様が勝って五輪グループの総帥になる、なんてことになった方がよほど心配になりますけどね」
さつきは、ため息交じりに憂うのだった。
日が沈み薄暗い夜の海を、大型のクルーザーが波を立て進んでいく。
甲板に立つ紅子とイルカの髪を、潮風がなびかせていた。
「いやあ凄いですねえ、私有のメガヨットクルーザーですか。こんなもの持ってるなんて、さすが本家ですね」
イルカは役得とばかりに、船の旅を満喫していた。
「ねえ、他の連中はもう到着してるの?」
紅子は、後ろに控えている案内役の男へ振り向いた。
「はい。紅子様が最後のお客様です」
本家付きの使用人である彼は、背筋を伸ばし慇懃に答えた。
パーティーの集合時刻は午後六時だったのだが、今はもうすでに七時を回っている。
「お嬢様がわざと遅れて行こうなんて言うからですよ」
「大物は一番最後に現場入りするのよ」
「ベタな演出ではありますが、自分より大物に呼ばれている時もやりますかね。やれやれ」
今回のパーティーの主催者は五輪グループ総帥、五輪六郎太。日本の半分はこの男の意思で動くとまで評される政財界の頭領、この国の実質的な最高権力者である。
そんな男が相手でも、紅子の態度はいつもと少しも変わりはしない。空気の読めない者は強いのだ。
「今日呼ばれているのは、全員お嬢様のいとこなんですか?」
「まあね。ただ、『いとこ』ってのは呼びやすいからそう言ってるだけで、あいつら実際にはもっと遠縁の関係なのよ。えーと……はとこ、じゃなくて…………なんだっけ? ねえ、あんた知ってる?」
紅子は案内人に話を振った。
「みとこ、でございます。曾祖父母同士がきょうだいという関係です」
「それそれ。んで、わたしのひいお婆さんには、きょうだいが四人……五人だっけ? えーと……」
「……よろしければ、私が詳しくご説明しましょうか」
「ああ、お願い。さすが本家の人間は物知りね」
「てゆーか、お嬢様は自分のことなのに覚えてないんですか」
紅子とイルカに向かって、男はかしこまって話し始めた。
「五輪グループは今から百年ほど前、初代総帥・五輪竹蔵によってその基礎が築かれました。彼には五人の娘と末の息子が一人おりまして、その息子が五輪グループ総帥の座を継いだ現在の本家当主、五輪六郎太様です。そして六郎太様のお姉様達が嫁入りした先が『炎城寺』『海原』『空峰』『土橋』『天津風』で、この五つの家が分家と呼ばれるようになりました。以来、五輪グループは五輪本家と五つの分家が中心となり、発展を遂げてきたのです」
だがその発展も、このままでは途絶えてしまう。総帥である五輪六郎太に子供がいないからだ。
前方に、島の灯りが見え始めた。五輪本家の別荘島、パーティーの会場だ。
「現当主様の五人のお姉様方のひ孫が、今回のパーティーの招待客、次の本家当主候補ってわけですか。どんな人達なんです?」
「んーと……全部で六人いるのよね。まず、このわたし炎城寺紅子でしょ……それから……」
紅子は指を折りながら、彼らの顔を思い浮かべていく。
「この前スシタローでわたしの大トロ横取りしやがった、土橋王我。それとわたしのケーキ食いやがった、空峰紫凰。この二人は、この機会にボコボコにしてやりたいわね」
「食べ物の恨みは怖いですねえ」
「それと紫凰の兄貴の、空峰天馬ってやつがいるわ。親と喧嘩して家出したとか聞いてたけど、戻ってたのね」
その名を聞いて、イルカは愉快そうに、にやにやと笑い出す。
「これはこれは。空峰と聞いて、もしやと思っていましたが。感動の再会ですねえ、天馬くん」
「あんた天馬を知ってんの?」
「まあ、ちょっとした縁がありましてね」
「ふーん。じゃあ、あんたが会ったことないのは一人だけね。天津風美雷。昔から『く……静まれ……呪われた血め……!』とか言ってる変なやつよ」
「今あげた名前の中に、変じゃない人いましたっけ?」
「それと最後に、海原そよぎ。五輪一族の最年少。だけど、わたしは今回あの子が一番の強敵だと思ってるわ」
「そよぎ様は賢い子ですからねえ。しかしまあ、お嬢様とそよぎ様が争うなんて初めてですよね」
「そうね、そよぎはいつだって平和主義者だもの。だからこそ、ガチでやりあえる今回のパーティーは楽しみだわ」
クルーザーが、島の船着き場に接岸した。
堤防の上に、赤子の頃から見知った顔が並んでいる。紅子を歓迎するため……というより、遅刻した紅子に文句をつけるために出迎えたのだろう。
「お姉ちゃん!」
そよぎが手を振っている。
「紅子、遅いですわよ! このわたくしを待たせるとはいい度胸ですわね!」
紫凰がキンキン声で喚き散らす。
「フン。わざと遅れてイラつかせる武蔵戦術か、くだらんな。そんなものが通用すると思っているのか」
王我はイライラしていた。
「やっほー天馬くん、久しぶりー」
「千堂……お前、なんで……!?」
天馬はイルカを見て目を丸くする。
「………………」
美雷は、ただ黙って不機嫌な視線を送るのみだった。
「よっと」
紅子は、クルーザーの甲板から一足飛びで波止場へと降り立った。
月明かりに映える、美しい海岸線。その背後に続く小高い丘の上には、リゾートホテルと見紛うほどに巨大な屋敷、五輪本家の別荘がそびえ立っている。
あの中で、主である五輪グループ総帥・五輪六郎太が待っているのだろう。役者は揃ったのだ。
紅蓮の瞳を燃やしながら、紅子は高らかに咆哮する。
「さあ、
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