第27話 最後の一人③
緊急イベントが終了したところで、天馬は改めて美雷の説得を試みた。
「なあ美雷。どうしてもパーティーに来る気はないのか?」
「しつこいわね。嫌だって言ってんでしょ」
「あとはお前だけなんだ。あの紅子でさえ大人しく参加するんだぞ」
「紅子ぉ……?」
その名を聞いて、美雷は不機嫌を三倍増しにした。
「あいつが来るんなら、ますます行く気はなくなったわ。あたしは、あいつには殺したいくらい恨みがあるのよ」
「まあ、わたくしと同じですわね!」
「一緒にすんじゃないわよ素人が!」
「す、すみません……」
「紅子となにかあったのか?」
天馬の知る限り、紅子と美雷は仲良しでこそないものの、取り立てて嫌う関係でもなかったはずだ。
「……四年くらい前に、天津風家と炎城寺家の会合で、紅子があたしの家に泊まりに来たのよ。その頃のあたしは『パズル&ドラグーン』にハマってたわ」
「昔からゲームばっかしてんな、お前は」
「客が多くて部屋が足りなかったから、紅子はあたしと同じ部屋で寝ることになったわ。あたしはベッドで『パズル&ドラグーン』をプレイしてたんだけど、途中で寝落ちしちゃった。そしたら紅子のやつ、あたしが寝てる間に勝手にプレイしやがったのよ!」
「いいじゃないか、それくらい」
「いいわけあるか! あいつは半年かけて溜め込んだジュエルをクズガチャに突っ込んで全部溶かして、レアアイテムを滅茶苦茶な使い方して、スキルマに仕上げた人権モンスターを産廃の餌に食わせて、あたしのアカウントを壊滅させたのよ! それだけのことをやっといて、なんて言ったと思う!? 『セーブしないで電源切ったから大丈夫よ』だと!!! あの原始人があああぁぁぁぁ!!!」
その時の怒りを思い出したように、美雷のこめかみに青筋が浮かび上がる。
「……あたしが人生最大の怒りを感じたのはあの時よ」
「よく喧嘩になリませんでしたわね。わたくしなら紅子を殺してますわよ」
「……………………」
「喧嘩したけど負けたんだろ。お前じゃ紅子には勝てない」
「はっ……まるで自分なら勝てるって言ってるみたいね、天馬」
「少なくとも、四年前なら確実に俺の方が強い。今の紅子がどれほどかは知らないけどな」
五輪一族の人間は、気に入らないとなったら男も女も関係なく殴り合う。紫凰ほどではないが、天馬も紅子とは幾度となく喧嘩したことがある。地上最強の戦闘一族の中でも、トップの二強と目されるのがこの二人なのだ。
とはいえそれも中学までの話で、ここ二年ほどは紅子がアメリカに行っていたこともあり、天馬と紅子は顔も拳も合わせていない。
「けどまあ、そういうことなら今回の勝負は紅子に復讐するチャンスじゃないか。五輪一族の後継者争いっていう大舞台で、あいつを叩きのめして悔しがらせてやればいいだろう」
「……ふん、その手には乗らないわ」
わずかに心が揺らいだかに見えたが、結局美雷は突っぱねた。
美雷の説得は進まないまま、夜が訪れた。
深夜まで美雷はネットとテレビを眺めて過ごし、やがて寝落ちしてしまった。
仕方なく、天馬と紫凰も泊まっていくことにする。
そして次の日。
まだ薄暗い早朝に天馬は起き出し、隣で寝ている妹を揺さぶった。
「おい。起きろ、紫凰」
「……ん…………ふあ……お兄様……?」
「早く起きろ、静かにな」
「ふああ……どうしたのです……まだ五時ではありませんか……」
「大きな声を出すな。美雷が起きるだろ」
天馬は紫凰の口をふさぎながら、いまだスヤスヤと眠り込んでいる美雷の様子を伺う。
「なんですか、一体」
「美雷をパーティーに引っ張り出す算段がついた」
「えっ、どうするのですか?」
「あいつを怒らせて挑発すればいいんだ」
「怒らせる……?」
「俺達であいつを怒らせて、リベンジがしたければパーティーに来て勝負しろって言うんだ。幼稚な方法だが、結局あいつらにはこういう煽りが一番効くんだよ」
「なるほど。なんだかんだ言っても、美雷も紅子や王我と同類の馬鹿ってことですわね」
くすくすと笑う紫凰は、その同類に自分も含まれているなどとは考えもしない。
「それで、どうやって美雷を怒らせるんですの? 寝てる間に顔にラクガキするんですか?」
「小学生かよ。それはさすがに幼稚すぎるだろ」
「では鼻でも削ぎ落としましょうか」
「ヤクザか。どうしてお前はそう極端なんだ」
「じゃあどうするんですの。もったいぶらずに教えて下さい」
「あいつのゲームのデータを消す」
「は……?」
天馬は寝ている美雷の側に忍び寄り、枕元のスマホを拾い上げた。
美雷の指に指紋センサーを押し当ててロックを解除し、ホーム画面から目当てのアイコンを探す。
「これだな、あいつが昨日やってた『プリンセスクエスト』ってやつ。じゃあ削除、と」
「え……お兄様……冗談ですわよね……?」
「本気に決まってるだろ」
「お、お止めください! そんな酷いこと、人間の仕打ちではありませんわ!」
「鼻を削ぎ落とすのは人間の仕打ちなのかよ」
「そんなことよりゲームのデータ消すほうがよっぽど重罪ですわ! 『風神雷神』のレベルまでアカウントを育てのに、一体どれほどの時間と資金が必要かお分かりにならないのですか!」
「今日からは、美雷も金と時間を無駄にしなくてすむな。いいことだ」
「やめてお兄様! 正気に戻ってくださいーーー!」
紫凰の悲痛な叫びもむなしく、天馬は淡々と作業を進めていく。
「お兄様、どうかお考え直しを……」
「もう終わった」
一分とかからず、天馬は顔を上げた。
「え……」
「もう消えた。完全にアンインストールした」
「ひ、ひいいいいいいいいーーーー!!!」
山嶺からわずかに顔を見せ始めた朝日を背に受けながら、天馬と紫凰は山道を引き返していた。
ゲームデータを削除した以上、美雷が起き出すまでに一刻も早く、遠くへ逃げなければいけないのだ。
「ああ……本当に、なんて恐ろしいことをなさるんですか、お兄様は……。あのような悪魔の所業を、平然と実行なさるなんて……」
平然と日本刀で人を斬りつける紫凰が、ぶつぶつと不満を垂れ流している。
「仕方ないだろう。お爺様の誕生日パーティーはもう来週なんだぞ。多少強引でも、美雷を引っ張り出すにはあれくらいする必要があるんだ」
「多少、ではありませんわ。一体どういう頭をしていれば、人のゲームデータを勝手に消すなどという残虐極まりない鬼畜の蛮行を考えつくのです。常識人ぶっていても、お兄様こそ五輪一族ナンバーワンの異常者ですわ……」
「そこまで言うか?」
天馬のスマホに、電話の着信が入った。誰がかけてきたのかは明白だ。
「思ったより早かったな……もしもし」
天馬が応答した途端、美雷の絶叫が耳に飛び込んできた。
『天馬アアアああああああぁぁああああっ!!! アンタよくもあたしのデータ消しやがったわねっ!!!』
「うるさいやつだな、たかがゲームで」
『現代ゲームの社会的地位も競技性も知らずに“たかが”呼ばわりすんなボケ! アンタも原始人かっ!』
「そういうのはFPSとか格闘ゲームとかのEスポーツの話だろ。札束で殴り合うようなソシャゲーを同列には……」
『黙れボケ! エロゲ作ってる奴に言われたくないわよ!』
「ほら、お兄様。美雷ブチ切れてますわよ……」
美雷の怒鳴り声は、天馬の側にいる紫凰にも丸聞こえだった。
『アンタのせいで、アプリをダウンロードし直してデータ復旧しなきゃいけないじゃない! 大変なのよ!』
「え……復旧……?」
紫凰が目をぱちくりさせる。
「あ、そうでした! ゲーム内でデータ連携の設定をしておけば、アプリが消えても復旧できるんでしたわ! もう、お兄様ったら。完全にアンインストールした、なんて言って本当は…………」
「できない」
「えっ」
『は?』
「データ連携用のパスワードは、俺が変更しておいた」
『……………………は?』
「だから、お前の設定したパスワードでは復旧できない」
『……ちょ……てんま…………おい…………』
「つまり、消えたデータを復旧できるのは俺だけだってことだ」
『ふっざけんんなあああぁぁぁゴルああああぁっっ!!!』
怒り狂った美雷の絶叫が、電話越しで空山に響き渡った。
「俺の言いたいことは分かるな? 来週の十月四日、パーティーに来れば復旧用のパスワードを教えてやる」
美雷の怒りに対して、天馬は平然と言い放つ。
『来週までゲーム放置できるわけ無いでしょうが!!! “プリクエ”は一日でもログイン休んだらあっという間に置いていかれる修羅の戦場なのよ!!! 今すぐ教えろカス野郎!!! 殺すぞ!!!』
「おいおい。また呪われた血が暴走してるぞ」
『ぎぃやおおおてんまああああああ!!! おまえもうころすころすコロスこおおるああ!!! てめいますぐおいかけてぶちころうぎいいいいいーーーー!!! ギャオオオオオオオオオオおおおおおんんん!!!』
「じゃあな。待ってるぞ」
そう言って、天馬は一方的に通話を打ち切り、美雷を着信拒否に設定した。
「これで六人全員、参加決定だ。お爺様も喜ぶだろう」
「お兄様……なんて酷いことを……」
「だから酷くないっての。普段お前がしてることよりよっぽどマシだ」
なにはともあれ。
五輪一族の後継者選抜戦は、これにて開催が決定したのだった。
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