第23話 「おあいそ」はマナー違反なのか?⑦

「ハッ、くだらんな。隣席のバカはなにを勘違いしているんだ。貴様の幼稚な嫌がらせなど、オレには全く通じておらんというのに」


「なに強がってんのよ。本心ではタマゴが食べたくてしょうがないくせに…………え?」


 店員が王我のもとへオーダーを届けに来た。


「ふ、来たな」


 彼の目の前に供されたのは、だし巻き卵であった。


「は? なによそれ!? 結局あんたもタマゴ頼んでんじゃないの!」


「違うな。これは『だし巻き卵』であって『タマゴ』ではない」


「同じでしょうが!」


「牛丼とステーキは同じ料理か? フライドチキンと焼き鳥は同じか? 違うだろう。ゆえに、だし巻き卵とタマゴの寿司も別物だ」


そう言って、王我は悠々とだし巻き卵に箸をつけた。


「うむ、美味い。やはり卵はだし巻きに限るな。貴様らも食ってみろ」


 王我は目の前の部下達に皿を差し出す。


「もぐもぐ……。本当だ、タマゴの握りよりこっちのほうが美味いですね!」


「ククク。シャリがないぶん、だし巻き卵のほうが卵本来の旨味をダイレクトに味わえるというわけだ」


「さすが若! お見事です!」


「なにヨイショしてんのよ取り巻き共が! タマゴもだし巻き卵も同じだっての!」


「やれやれ、やかましいやつだ。そこまで言うなら、公正な第三者の意見を聞いてみるがいい」


「第三者……?」


「オレのTwiterを見ろ」



 土橋王我@orgablueey

『だし巻き卵を頼みました。これぞ寿司屋の実力を測れる一品です。隣の席では相変わらず炎城寺さんがギョク(笑)で喜んでるご様子www』


『さすが土橋さん、渋いですね』


『十八歳でもう大人の貫禄……かっこよすぎ……』


『炎城寺はギョクww』


『話聞いてるとだし巻き卵食べたくなりました。ギョクはいらないけどw』



「ほらみろ。Twiterの皆様方にとっても、だし巻き卵とタマゴは別物のようだぞ」


「こいつらあんたの信者でしょうが! なにが公正な第三者よ!」


 紅子は自らの部下の方を振り向いた。


「イルカ、あんたはどう思うのよ!?」


 だがあいにく、イルカは王我の部下達ほど忠実ではない。


「うーん。やっぱ寿司ネタのタマゴとだし巻き卵は別物じゃないですかねえ」


「い、イルカ……あんたわたしより王我につくの……」


 ショックを受けながら、今度はそよぎに同意を求める。


「そよぎはどう思うの!? タマゴとだし巻き卵は同じよね!?」


「そんな事どうでもいいから喧嘩はやめて」


 こちらはもっと冷たかった。


「そ、そんな……」


「ククク、結論は出たようだな。さて、残りのだし巻き卵を堪能するか」


 王我は勝ち誇って自席へ引っ込んだ。


「く、くそっ……! ……まあいいわよ。本当はわたしの勝ちだけど、これ以上しつこく粘着されるのも嫌だし、もうあんたの勝ちでいいわよ。そういうことにしといてあげるわ」


 典型的な負け惜しみのセリフを吐きながら、紅子はしぶしぶ座り直した。

 

 回転レーンが故障しているため、昨日のように大トロのオーダーを重ねるような作戦も使えず、紅子のテーブルも王我のテーブルも、以降は淡々と食事が進んだ。


「そういえば、そよぎはパーティーのことは聞いてるの?」


「本家のお爺ちゃんの誕生会のこと? うん、昨日お父さんから電話で聞いたよ」


「お誕生会は表向きの話で、実際は五輪グループの跡継ぎを決める勝負ってことも?」


「そこまではっきりとは聞いてないけど、まあそうなんだろうね。お爺ちゃんがやりそうなことだもん」


 そよぎはなんの気負いもなく、あっけからんと言う。


「小学生のそよぎ様まで、骨肉の権力争いに巻き込まれるのですか。酷な話ですねえ」


「んなことないわよ。五輪グループの総帥になれるチャンスなのに、そよぎを仲間外れにするほうが酷いでしょうが」


「お嬢様の感覚ではそうなんでしょうがね」


「そよぎ、勝負の日はわたしと組みましょ。そんで、王我と紫凰をボコボコにしてやるのよ」


「うーん……そういうふうにチームを組めるルールならいいんだけど」


「頭脳戦なら、そうでもしないとお嬢様に勝ち目ないですからねえ」


 そのような会話を交わしながら、紅子達は食事を終えた。


 隣席の王我達も、ひと通り食べ終えたようだ。


「ふう、食った食った」


「やっぱ美味いですねスシタロー」


「うむ。特にだし巻き卵が美味かった」


 そんな声が聞こえてくる。


 王我が店員の方に向けて手を上げた。


「店員さーん、アガリくださーい!」


「え……」


「あっ」


 その瞬間、紅子は超高速で王我の席へ突撃した。


 王我は、しまった、と顔を歪ませる。


「王我! あんたいま『アガリ』って言ったわね! 確かに言ったわ! それ、あんたが散々わたしのことディスってきた寿司屋の符帳ってやつじゃないの!」


「くっ……」


「人のこと偉そうに説教しといて自分も使うんだー! あんた、いますぐ自分のTwiterで懺悔しなさいよ! わたしは寿司屋で『アガリ』を使いました、炎城寺さんにお詫びしますって! ほらほら、早くしろよー!」


 鬼の首を取ったようにはやしたてる紅子。


 だがしかし、王我はこの局面でなお反撃を繰り出してきた。


「……なにを勘違いしているんだ」


「は?」


「オレは『アガリ』などと言っていない」


「ハア? 馬鹿じゃないの、この状況でとぼける気なの?」


「オレは『あ、ガリください』と言ったのだ。ガリ、つまりショウガの甘酢漬けが欲しかっただけだ」


「ふ、ふざけんな! そんな言い訳通ると思ってんの!?」


「言い訳も何も事実だからしょうがあるまい」


「だったら証拠見せてみなさいよ! あんたが『アガリ』じゃなくて『ガリ』を頼んだって証拠はあんの!?」


「もちろんある」


「なっ……!?」


 完全に王手していたはずの状況で切り返され、紅子はうろたえる。


 王我は、おもむろに目の前の湯呑みを指差した。


「この湯呑みを見ろ。これが証拠だ」


「は……?」


「見ての通り、湯呑みにはまだ半分以上の茶が残っている。この状況で新しく茶、つまり『アガリ』を頼むか? 頼むわけがない。よってオレの言葉が正しいことが証明されたな」


 王我は自信満々に言い放った。


 確かに、王我の指差した湯呑みには十分な量のお茶が入っている……が、そのすぐ隣にあるもう一つの湯呑みは空っぽだ。


「それはあんたのじゃなくて隣の奴の湯呑みでしょうが! こっちの空っぽの湯呑みがあんたのよ!」


「ほう、では聞いてみようか。おい、どうなんだ?」


 王我は隣の席に座っている部下の男へ振り向いた。


「お前の湯飲みはどっちだ? 正直に答えろ」


「え、その……」


「ど っ ち な ん だ ?」


「えと……、こっちです……空の方……」


 王我に凄まれた彼は、当然のごとく空っぽの湯呑みを指した。


「ほら見ろ。公正な第三者もこう言っているぞ」


「だ、か、ら! そいつはあんたの取り巻きでしょうが!! どこが公正な第三者よ!!!」


「フン。ではオレとこいつが嘘を付いているという証拠を見せてみろ。どうなんだ? この店の事務室に殴り込んで、監視カメラでも公開させるか? ま、そんなことすれば確実に警察を呼ばれ、日本中のスシタロー全店で出禁になるだろうがな。ククク……」


「ぐ、ぐぐぐ……」


 どう見てもでっち上げなのだが、それを証明する手段がない。王我の余裕の態度に、紅子は歯ぎしりしながら悔しがる。


 だが、ここで割って入る者がいた。


「うーん。それって、おかしくないですかねえ……?」


 誰あろう、イルカである。


「え……おかしいって、どういうこと?」


「王我様の言ってることは、根本的に矛盾してるんですよ」


「な、なんだと!?」


「うおおおおおおっしゃああ! よし、やっちゃえ! いけ、イルカ! レスバトルよ!」


 紅子はポケモン使いのごとく、イルカに戦闘命令を下すのだった。

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