第5話 紅子のスマホデビュー②

「よーし。それじゃ次は、2ちゅんねるを見てみようかしらね」


 紅子は2ちゅんねるアプリをタッチした。

 日本のネット文化の基礎を築いたと名高い、最大手掲示板が開かれる。


「2ちゅんに来るのは久しぶりね。わたしのアンチスレって、今どうなってるのかしら?」


「初めてのスマホで、最初にやるのが自分のアンチスレを覗くことなんですか」


「しょうがないじゃない、他にわたしのスレないんだから」


 2ちゅんねるのスポーツ板において、紅子のアンチスレは大盛況しているが、ファンスレは一つも作成されていない。というより、最初はファンスレとして始まったものが、紅子の度重なる炎上事件に批判意見が殺到し、アンチスレへと変化していったのだ……というのがイルカの解説である。



【炎城寺紅子アンチスレ その3129】



「ちょっと見ない間にずいぶん増えたわね。スレが三千を超えてるわよ」


「よくまあ、ここまでディスられたもんですね。ギネスに申請すればきっと世界記録ですよ」


 賢明な人間なら、こんなスレは絶対に開かず即アプリを閉じるのだろうが、紅子にそんな選択肢はない。自分の悪口が言われていると分かっていてスルーすることは、紅子にとって逃げであり敗北なのである。ためらいなくスレを開いた。



『これが悪魔の巣窟、炎城寺一派だ!

 危険度Sランク

 ・炎城寺紅子:精神異常者の原始人

 ・九条さつき:殺人未遂犯

 危険度Aランク

 ・黒須重蔵:スリ師

 危険度Bランク

 ・根岸みい子:底辺ユーチューマー

 ・蜂谷はじめ:上の匂わせ役

 ・千堂イルカ:謎の女。炎城寺のTwiterで裏切者として晒されていた。 ※現在、該当ツイートは削除済み 』



「おやおや。もはやお嬢様だけでなく、わたし達ほとんど本名晒されちゃってますね。情報が流出していないのは菜々香だけですか」


「ちっ。あのジャスティス仮面のクソ野郎のせいよ」


「わたしの名前を拡散したのはお嬢様なんですけど」


「まあいいわ。この程度のことで動揺するわたしじゃないわよ」


「お嬢様はよくても、九条さん達はめちゃ動揺すると思いますがね」


「なら、今ここで仇討ちよ! わたしの可愛い部下達を晒しやがった仕返しをしてやるからね!」


「ほほう、頼もしいお言葉。いいでしょう、わたしが不在だったこの二ヶ月の間に、お嬢様のレスバトルの腕がどれほど上がったか拝見させていただきましょうか」


 腕を組んで見守るイルカの前で、紅子はポチポチとフリック入力で書き込みを作成し、『投稿』ボタンを押した。


「くらえ! わたしの必殺技!」



125

『お前達が文句言ってるの本当はただの嫉妬なんだろwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』



「クズ共の劣等感を盛大に煽る、奥義・草四十一連発よ! どうだまいったか!」


「まだそれ使ってたんですか……」



126

『べつに嫉妬なんかしてませんが? 俺は超大手IT企業の社長で年収一兆円あるんで』



「ええっ! い、一兆円!? す、すごい!」


「……まるで成長していない………………」


 二ヶ月どころか、初めてパソコンを買った三ヶ月前と全く同じリアクションを繰り返す紅子にパソコンの大先生はため息を付く。


「あのねえ、お嬢様。そんな大嘘を真に受けないでくださいよ…………」


「わ、分かってるわよ。こんなの嘘に決まってるわよね、うん」


「あと、せっかくデュアルSIMスマホ買ったんですから、その利点を生かしたレスをしてみてはどうでしょうか」


「ああ、デュアルSIMで回線を切り替えて書き込むってやつね。よし、次はそれでいくか」


「くれぐれも、同じ人間が書き込んでいるとばれないようにしてくださいよ。回線を切り替えたときに、ちゃんとIDが変わっているか、必ず確認してから書き込むんですよ」


「分かってるっての」


 紅子はイルカの言葉に従い、別々の回線から二つのレスを別人を装って書き込んだ。要するに自演である。



127

『お前らってアンドロイド使ってそうだなwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』


128

『>>127 やめたれwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』



「どうだ! 完璧な連続攻撃よ! ばっちりIDも変わってるし、これなら誰も自演だなんて見抜けないわね!」



129

『自演乙www』


130

『バレバレの自演じゃねーか』


131

『恥ずかしすぎるw』



「ぐぎいいいいいーーーー! なんでバレてるのよ!」


「毎回語尾に草四十一個付けるからですよ…………」


「また馬鹿にされたーーーー! くやしい! くやしいいいいいーーー!」


 紅子は顔を真っ赤にして、涙目で床の上を転げまわる。


 現実リアルでは最強の天才・炎城寺紅子は、インターネットの喧嘩では最弱なのである。


「やれやれ。仕方ない、わたしも参戦いたしましょうか」


 イルカが自分のスマホを取り出した。


 紅子とは対照的に、他にとりえはないがレスバトルだけは強いのがイルカである。



132

『結局誰もスマホのことには答えてないの草。炎城寺さんはTwiterで最新ⅰPhone買ったって言ってるのに、お前らは激安中華スマホなのかな?」



「おお、いい煽りだわ!」


「ふふふ。これは効いてますよ」


 だが一分ほどして反論のレスが返ってくる。



133

『俺が今使ってるのはXperiaⅢですが、なにか?』



「む、マークスリーだと……? これは手強いですね……」


「なによそれ? 凄いの?」


「アンドロイドスマホの最高級品です。このレベルになると、一概にアンドロイドとⅰPhone、どちらが上かとは言い難いものがあります」


「簡単にはマウント取れない相手ってわけか」


「このXperiaと、あとGoogleピクセルというアンドロイドは、ⅰPhoneにブランド力・高級感で劣りません。いえ、厳密にいえばGoogleピクセルの方が上でしょうね」


「……ひょっとして、あんたが使ってるそのスマホがGoogleピクセル?」


「そんなことはどうでもいいのです」


 さり気なくマイスマホを持ち上げるイルカだった。


「このXperiaのマークスリーっていくらするの?」


「十五万円くらいですかね」


「たっか! わたしのⅰPhoneより高いじゃない!」


「ですから、単純に値段でマウントは取れないのです。ここは慎重に考えなければいけませんよ。次の一手を間違えたら、相手を一気に調子に乗せますからね……むむむ……。ゴッキー乙、と返しますかね……いや、それではあまりに芸がない……うーん……」


 イルカが珍しく考え込む。


「イルカ、次のレスまだなの?」


 ここであまり時間をかけたら、このまま133は勝利宣言して逃亡するかもしれないのだ。紅子としては気が気ではない。


 その時、ふと気付いた。


「……ん? そもそも、こいつがXperiaⅢを持ってるって本当なのかしら? こんなネットの底辺でいじけてチマチマ悪口書き込んでるような負け組が、十五万するスマホを持ってるもんなの? ……いや、そんな筈ないわよね!」


 紅子はニヤリと笑い、反撃のレスを書き込んだ。



134

『お前本当にXperiaⅢ持ってるのかよ! だったら証拠見せてみろ! できないならお前の負けだからな!』


135

『はい写真。

 htttps://i.ingur.com/Xperiperisan.jpg』



「げえ、写真アップしてきやがったわ!」


 相手の提示したリンク先には、まごうことなくXperiaⅢの画像がアップされていた。スマホと一緒にレス番IDを記載したメモ用紙も写っており、盗用画像だと言いがかりをつける余地もない。


「お嬢様……『証拠見せろ』って煽りは、証拠見せられない時にしか使っちゃいけないんですよ……」


 相手が写真を提示したことで、ますます紅子サイドの立場が悪くなってしまう。


「ぐぐぐ……ちくしょうがぁ…………」


 歯ぎしりする紅子だが、ふと違和感を覚えた。


「…………ん? あれ……? おかしくない……?」


 どんなスマホにもカメラは付いている。だから、そのカメラで撮った写真をネットにアップすることもできる。それくらいは紅子も知っている。


「けど……どうやってスマホのカメラで・・・・・・・・スマホ自身を撮影する・・・・・・・・・・のよ? そんなこと出来るわけないじゃない!」


 天啓を得て、紅子は再びニヤリと笑う。


「今こいつは携帯ショップにいるんだわ! それで展示品のXperiaⅢを自分のスマホで撮影して、さも自分のもののように装って自慢してるのね! くくく、見切ったわよ!」


 勝利を確信し、紅子はレスを返す。


「今度こそ勝った! くらえ!」



136

『お前どうやってその写真撮ったんだよ! やーい嘘つきー!』


137

『二台持ちですがなにか?』



「二台……持ち……」


 あっさりカウンターをくらい、紅子は撃沈した。



138

『ちなみに、もう一台はGoogleピクセルなw

 htttps://i.ingur.com/googoopxsel.jpg』



「うぎいいいーーー! またこれみよがしに写真アップしやがってーーー!!!」


「お嬢様。もう何もせず引っ込んでてくれませんか」


「い、イルカ……わたしのことを足手まといのお荷物みたいに言いやがって……」


 イルカに呆れと憐れみのこもった視線を向けられ、紅子はしぶしぶ引き下がる。大人しく指を加えてイルカの動向を見守ることにした。

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