第6話 紅子のスマホデビュー③
「ふむ。やはりここは、こう攻めましょうか」
ようやく戦法を決めたイルカが、反撃を繰り出した。
139
『>>138 さすがソニーのカメラは高性能だね。で、そのカメラでなにするの? インスタかなwww?』
140
『つまんねーぞ』
「ふふ。イラついてますね、このXperia野郎」
「なんでインスタって言っただけで、こいつもイルカも不機嫌になるのよ」
141
『>>139 そういうお前はスマホでどんな写真とるの?』
「ふ、芸のないオウム返しですか。そうくると思ってましたよ。ここで切り札を、と……それっ!」
イルカはポルシェ・カレラ911の写真を貼り付けたレスを返した。
142
『愛車のポルシェでドライブする写真とかかなw で、君はどんな車に乗ってるのwwww?
htttps://i.ingur.com/poruporudrive.jpg』
「スマホの話題から写真の話題に誘導して、こちらのポルシェを見せつけて悔しがらせるわけです。我ながら完璧な流れですね、うんうん」
「それ、わたしの車でしょうが」
「いいじゃないですか。こいつを煽るためなんですから」
143
『赤の911って炎城寺と同じ車種かよ。どんだけ信者なんだよキモ』
「おや、まだ反論してきますか。同じ車種……っていうか、まあ同じ車なんですけどね」
「こいつ、わたしのポルシェをキモいとか言いやがって! ムキーー!」
「落ち着いてくださいって。既にこやつは顔真っ赤の涙目状態、苦し紛れの負け惜しみを言ってるだけなんですから。簡単に煽り返してやりますよ、そりゃ!」
144
『で、君の車種は? 炎城寺さんのファンである私はポルシェに乗ってるわけだけど、アンチの君はどんな車乗ってるのかなwwwww?』
その後、五分たってもイルカのレスに反論は書き込まれない。
「おっ、黙っちゃってやんの。なにも言えなくなったのね」
「ほら見なさい。大勝利ですね」
これにて決着、と思いきや。ここでまた紅子は余計なことを思いついてしまう。
「よーし! わたしが追撃のダメ押しをしてやるわ!」
「え?」
紅子は部屋を飛び出して、ガレージの愛車を写真に収めて戻ってきた。
「どうしたんです、お嬢様。トイレですか」
「違うわよ、ポルシェの写真撮って来たのよ」
「なぜ?」
「わたしも炎城寺ファンその2として、奴らを煽ってやるのよ!」
そう宣言して、紅子はイルカを真似て、写真付きのレスを書き込む。
145
『わたしも炎城寺さんのファンで赤いポルシェ乗ってます! 炎城寺ファンはみんな金持ちでお洒落でセンスいいから、ポルシェ持ってるのは常識ですよね! 哀れなアンチ共は三輪車でも乗ってろよwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
htttps://i.ingur.com/poruporudrive2.jpg』
かくして、紅子、紅子ファン一号、紅子ファン二号と、一台のポルシェをもとに三人のポルシェ持ちが捏造されるのだった。
「はっはっは。これでもう完璧にわたしの勝利だわ。アンチ共は悔しすぎて発狂して死んじゃうかもね。炎城寺アンチスレも、この3129スレ目で打ち止めよ!」
高笑いする紅子。
だが、その傍らでイルカは啞然としてふるえていた。
「お、お……お嬢様……これ、このポルシェの写真…………」
「あん? なによイルカ」
「この写真、ナンバーが写ってるじゃないですか……!?」
「そうだけど。それがどうかした?」
「すぐに消してください! 速く!」
「なに言ってんの。2ちゅんねるの書き込みは消したりできないわよ」
「そうじゃなくて写真の方です! アップロードサイトから消してください!」
イルカは大慌てで主張するが、そのかいもなく、アンチスレ住人達に紅子の写真は見つかってしまう。
146
『>>145 これ炎城寺のポルシェじゃね?』
147
『マジじゃん!』
148
『こいつ炎城寺だったのかよwwwwww』
149
『ご本人降臨www ファーーーーーwwwwwwwwww』
150
『本人が信者になりすまして必死に擁護してたのwww?』
「え、え、ええっ!? なんでバレてんのよ!?」
「忘れたんですか! お嬢様のポルシェは、この前の交通事故のとき動画撮られてネットに晒されてるんですよ!? ナンバー見せたら特定されるに決まってるじゃないですか!」
「え……マジで……?」
151
『こうなると>>142も怪しいな』
152
『クソワロタww』
153
『バカすぎるだろこいつwwwww』
154
『炎城寺ファンはみんな金持ちでお洒落でセンスいいから ←どんな顔してこれ書き込んだのw?』
「く、くそ……やばいわ! なんとか誤魔化してよイルカ!」
「もう無理ですよ、これは。いまさら写真を消したところで、とっくに保存されてるでしょうしね」
こうなってはイルカにもお手上げだ。
もはや完全に形勢は逆転し、紅子叩きの強力な燃料を得たアンチ達は、ここぞとばかりに盛り上がる。
155
『おら、なんとか言えよ炎城寺』
156
『シコシコ自演して楽しいかーー? んーー?』
157
『笑いすぎて死にそうwww助けてwww』
「ぐぐぐ……こいつらぁ……! ついさっきまでお通夜状態だったくせに、わたしのちょっとしたミスで鬼の首とったように攻撃してきやがってぇ……!」
案の定、何も反論できなくなった紅子は怒りのまま発狂レスをぶちまけてしまう。
158
『ああああああそうだよ! 炎城寺紅子だよ! だからなんだよ! 人の悪口ばかり言ってるお前らが悪いんだろうが! 調子に乗りやがってクズが! もう殺すからな! お前ら全員住所特定して殺しに行ってやるからな!!!』
そんな紅子の醜態を見て、イルカはため息を付いた。
「あーあ、結局こうなるんですね……」
あとはただひたすら、紅子がネット民に馬鹿にされ続けるお決まりのパターンだ。イルカも、紅子自身ですら、そう感じていた。
だが――――。
159
『すみませんでした』
160
『悪ふざけ過ぎました。ごめんなさい』
161
『許してください』
162
『ころさないで』
「は?」
「え……あれ……?」
意外にも、怒り狂う紅子に対して、アンチ達は謝罪を始めたのだった。
「な……なによこいつら……? 急に素直になったわね。なにかの罠かしら? わたしが『分かればよろしい』とか書き込んだ瞬間に『嘘だよバーカ』とかレスするつもりなんじゃ……」
アンチのこんな反応は初めてで、紅子は戸惑ってしまう。
イルカも怪訝な表情でスマホをのぞき込んでいたが、やがて察したように顔を上げた。
「いや、これはマジですね。こいつら、本気でお嬢様のことが怖いんですよ」
「え? どういうこと?」
「先日の、ジャスティス仮面の家に乗りこんだ一件が原因ですよ。ライブ配信でお嬢様をディスって挑発した奴が、その直後に大泣きしながら謝罪動画あげたんですから。タイミング的に、お嬢様が奴の家にリアル凸した以外ありえないというのは、誰にだって分かります」
「それが?」
「こいつらも同じ目に合うかもしれないって怯えてるんですよ。お嬢様が『住所特定して殺しに行く』なんて言ったせいで」
実際には、完全匿名の2ちゅんねるで住所特定などまず不可能なのだが、それでも「ひょっとしたら……」と思わせるほどに、紅子の恐怖のイメージは膨れ上がっているのだろう。
「そうなんだ…………ってことは、結局はわたしの完全勝利ってことじゃない! いえーい!」
紅子は笑いながら、高らかに右手を突き上げる。
だがその時、新たにレスが書き込まれた。
163
『こんな奴になに皆びびってんの? 住所特定して殴り込むとかクソワロスww できもしないくせにwwww』
「む、こいつ……!」
「おお、反抗するものが一人いましたか」
164
『ほらほら、かかってこいよ炎城寺www どうせできないんだろwwwwww』
「この野郎、わたしを炎城寺紅子と分かった上で喧嘩売るってのね! 受けてやるわよクソが! イルカ、こいつの住所特定して! リアル凸するわよ!」
「無理ですよ。なんの手がかりもないのに」
「どうしてよ!? 仮面野郎の時はできたじゃない!」
「奴のホームは動画サイトでしたからね。配信動画にはいろいろと手がかりが残りますけど、掲示板はただの文字ですから、圧倒的に情報量が少ないんですよ。まあ、諦めるしかないでしょう」
「なに言ってんのよ! ここでこいつを放置したら、他のアンチ共にも舐められるじゃないの!」
165
『おーい、黙っちゃってどうした? 自演する知能もない馬鹿ゴリラwww』
「ぎ、ぎぎぎ……こ、この……ゴミがあ……」
「お嬢様、ⅰPhoneがミシミシいってますよ」
「くそ、とにかく反論よ! 反論しなきゃ!」
166
『お前の方が馬鹿だよバーカバーカ! バカじゃないなら証拠見せろよ!』
「よし、これでどうよ!」
「幼稚園児の喧嘩ですか」
167
『TOEIC900点ありますけどなにか?
htttps://i.ingur.com/eigo-sugoitest.jpg 』
「うぎいいい! また写真貼って自慢してきやがった!」
アップされた画像にはTOEICテストの結果通知書が写っていた。点数は935点、トップクラスの外資企業でも通用する超優秀な成績である。
「もうやめてくださいよ。これ以上悪あがきしても逆効果にしかなりませんよ」
「ぐぐぐ……。くそ、くそ……こんな奴にわたしが負けるなんて……」
さすがにここまでかと思ったとき、紅子は気付いた。
「あれ……?」
アップされた写真には、TOEICの成績書の隣に窓付き封筒が置かれていた。成績書が郵送されてきた時のものだろう。その封筒の、宛先の住所がかすかに写っているのだ。
「これ……文字は小さいし、ちょっとピントずれてるけど……拡大すれば……」
ピンチアウト操作で写真の封筒の部分を拡大する。
封筒の宛先は、青森県○○市△△町622番地。はっきりと読み取れた。
「あーーーーーっはっはっは!!! 勝った!!! 勝ったわよ!!!」
勝利を確信し、紅子は凄まじい声量で雄たけびを上げた。
「馬鹿め! なんて間抜けなミスを! なにがTOEIC900点よ! テストの点自慢するために自爆かましてりゃ世話ないっての! ねえイルカ、ほんと馬鹿よねーこいつ!」
「はあ……しかし、これは……」
「さあ、さあ、さあ! お望み通り殺しに行ってあげるわ! 覚悟してろよこの野郎!!!」
紅子は立ち上がり、車のキーを手に取った。
「え……あの、今から行く気ですか? 青森まで?」
「当たり前じゃない。こいつの家はそこにあるんだから」
「いや、ここから青森までって、車でも十時間以上かかりますよ。ちょっと悪口言っただけの相手に、そこまでしますか……?」
「こいつはわたしに喧嘩売りやがったのよ!? 青森どころか地球の裏側でもわたしは突撃するわよ!!!」
「はあ。ではまあ、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「あんたも一緒に行くに決まってんでしょうが!」
「ひえ……やっぱり……」
紅子はイルカの首根っこを掴み、有無を言わさず引きずっていく。
廊下でさつきと顔を合わせた。
「どこかお出かけですか、紅子様」
「青森にいる奴がネットでわたしのこと馬鹿にしたから殺しに行ってくるわ」
「そうですか」
玄関先では、はじめが掃除をしていた。
「どっか行くんですか、お嬢」
「わたしのアンチをぶっ殺しに青森まで突撃するのよ」
「そうすか」
もはや紅子の異常行動に慣れきってしまっている炎城寺邸の住人は、誰も止めようとしない。
とばっちりを食うのはイルカ一人である。
「あの、お嬢様。もう一度よく考えてください。アップした写真に自宅の住所がうっかり写ってしまったなんて、ちょっと不自然ですよ。あまりにも間抜けすぎます」
「この世には信じられないくらいの馬鹿がいるものよ」
「それはそうですが……」
まさに目の前に、その実例がいるのだからイルカとしても強く否定しづらい。
二人はガレージへ向かい、紅子の愛車、ポルシェ・カレラ911に乗り込んだ。
「さあ行くわよ! あのカス野郎に天誅をくれてやるわ!」
はるか北の彼方へ向けて、紅子はポルシェを発進させた。
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