第11話 アカウントバレにはご注意を②

 イルカは天馬のTwiterに表示される人物のプロフィールを流し読みしていき、やがて、ある人物に目を止めた。


「ああ、多分この人ですね」


「ええっ!?」


 イルカが示したのは、天馬への『おすすめユーザー』の一人として挙げられた、ハンドルネーム『カノニコ』である。



 カノニコ@ToyoCar98_GT

『Twiterはじめました』



 一年ほど前に最初の一文だけツイートして、それ以降なにも書き込んでいない。プロフィールには『会社経営者。二児の父』とだけあった。


「天馬くんのお父さんは社長さんですよね。二児の父、というのは当たってますか?」


「ああ、俺には妹がひとりいる……。でも、それだけじゃ断定できないだろ」


「この人、前にも見たことあるんじゃないですか」


「そういえば『おすすめユーザー』でよく見る名前だな」


「なら、もう決まりですよ。この『カノニコ』が天馬くんのお父さんのアカウントです」


「だから、なんでそんな事が分かるんだよ?」


「天馬くん。Twiterの『おすすめユーザー』にはどんな人物が表示されるか知ってますか?」


「え……そりゃあ、趣味とか仕事とか興味のあることが似てるユーザーだろ」


「そうですね。もちろん、それは判定基準のひとつです。けど、それだけなら、小説のことなんか一言もツイートしていない『カノニコ』さんが、天馬くんにおすすめされるのはおかしいでしょう」


「まあ、たしかにな」


「『おすすめユーザー』に表示される判定基準はもう一つあるんです。それは、『あなたのツイートをよく見ているユーザー』です」


「……!? それって……」


「そうです。この『カノニコ』さんは天馬くんのツイートをしょっちゅう見ているから、おすすめとして何度も表示されるんです。小説にもTwiterにも興味なさそうな、二児の父の会社経営者が、天馬くんのツイートをチェックする理由……ひとつしかないでしょう」


「…………そういうことかよ……くそ……」


「いやあ、怖いですねえネットって。なにも書き込まなくても見てるだけで、知らないうちに自分の行動があれもこれもデータとして集録されて、勝手に開示されるんですから。情弱には生きづらい世の中です」


 イルカは、またやれやれと首を振る。


「千堂、スマホを返せ」


 天馬が手を出してきた。


「どうするんです?」


「決まってるだろ。親父に文句言ってやるんだよ」


 天馬は怒り心頭に、『カノニコ』へ向けてリプライを送った。



 有馬峰@7Novel_UMA

『おい! お前、親父だろ!』


 カノニコ@ToyoCar98_GT

『なんですか貴方は? 貴方のことなんか知りません』


 有馬峰@7Novel_UMA

『嘘ついてんじゃねーよ! お前が俺のTwiter監視してるのはバレてんだよ!』


 カノニコ@ToyoCar98_GT

『知りません。いい加減なこと言わないでください』


 有馬峰@7Novel_UMA

『お前、英秋社にも光弾出版にも圧力かけて俺の仕事を潰しただろ! 分かってんだぞ!』


 カノニコ@ToyoCar98_GT

『知らないと言ってるだろ。あまりしつこいと運営に通報しますよ』



「くっそが……あの親父め、知らぬ存ぜぬで押し通すつもりだな」


 天馬は忌々しげに舌打ちする。


「天馬くんのお父さんは今、自宅にいるんですかね?」


「あん? そりゃまあ、忙しい奴だが、この時間ならさすがに帰宅してるだろ」


 壁の掛け時計の針は、すでに十一時を回っていた。


「なら、妹さんに協力を頼みましょう。自宅には妹さんもいるんでしょう? その人に頼んで、今お父さんが何しているか、確認してもらうんですよ」


「なるほど。その手があったか」


 天馬はさっそく電話をかける。


「もしもし紫凰しおんか、俺だ。ああ、元気でやってる……うん……悪いが、ちょっと緊急の要件だ。今、親父はなにしてる? ……そうか、スマホ見てるか。やっぱりな。……いますぐ、そのスマホを奪い取れ。……わけは後で話す…………そうだ、それで、スマホに入ってるTwiterのアカウントを俺に知らせろ。……理由は後で説明するって……とにかく、頼むぞ」


 一分後、天馬の妹から連絡が入った。父親のTwiterに表示されていたユーザー名は、やはり『カノニコ』であった。



 カノニコ@ToyoCar98_GT

『汚いぞ天馬! 紫凰を利用して俺を陥れるとはなんて奴だ!』


 有馬峰@7Novel_UMA

『汚いのはどっちだクソ親父が。俺の成功を卑怯な横槍で邪魔しやがって』


 カノニコ@ToyoCar98_GT

『だから知らんと言ってるだろ』


 有馬峰@7Novel_UMA

『まだ認めないか。往生際が悪いぞ』


 カノニコ@ToyoCar98_GT

『図に乗るなガキ。お前はこのアカウントが俺だということを暴いただけであって、英秋社と光弾出版に圧力をかけた証拠を掴んではいない。勝った気になるな』


 有馬峰@7Novel_UMA

『証拠を掴んではいない、って発言がもう自白だろうが!』


 カノニコ@ToyoCar98_GT

『知らん』



「あ、の、糞があ〜〜〜!」


「これが空峰グループの社長なんですか……なんとしょーもない……」


 日本経済のトップに君臨する親子の、実に見苦しい争いであった。

 

「ちっ……。もう、これ以上電波でやり取りしてても埒が明かないな」


 天馬がしびれを切らしたように立ち上がった。


「どうするんですか?」


「家に戻る。直接あの糞親父と話つけてきてやる。ついでにぶん殴る」


「天馬くんの実家ってどこなんですか?」


「東京だ」


 イルカと同郷であった。


「この時間じゃ、もう電車も夜行バスもありませんよ」


「自転車で行く」


「ここから東京まで三百キロ以上あるんですけど 」


「全力で突っ走れば朝までには着く」


「マジですか」


 天馬は「アサミ」を出て、店先に止めてあった自転車に飛び乗り、猛スピードで駆け出していった。


 イルカはその背中を、どこか懐かしい気持ちで見送った。


「うーん。天馬くんってなんか似てるんですよね……お嬢様に……」

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