第3話 紅子とくじらとインターネット③

「ねえ、お姉ちゃん。この『砂くじら』って知ってる人なの?」


 そよぎが不思議そうに尋ねた。


「うーん、覚えがないわね。常連のアンチじゃないわ」


 常連のアンチ、などとという言葉を使うのは、この世で紅子だけだろう。


「あのね、この『砂くじら』さんって、お姉ちゃんの味方かもしれないよ」


「え、味方……って、なに言ってるのよ。こいつは『虹色ビスケット』とかいうアニメを褒めてたじゃない」


「『虹色ビスケット』は一期と二期で監督が交代して、内容もすごく変わっちゃったんだ。そのせいで、一期が好きなファンと二期が好きなファンとで派閥争いみたいな事が起こってるんだよ」


「はあ? たかがアニメで派閥争いって……馬鹿じゃないの?」


「ファンにとっては真剣なんだよ。で、この『砂くじら』さんは、『すべての人に生きる権利を』さんがアイコンに一期の主人公を使ってることから一期派だって考えて、わざと二期が面白いって言って煽ったんだよ」


「へえ……さっきのレスバトルは、そんな高度なテクニックが使われてたのね」


「いや、べつに高度じゃないから。誰でも出来るから」


「じゃあ次からわたしもこの技使おっと」


「やめて!」


 そよぎは悲痛な叫びを上げた。


「まあ……とにかく。この『砂くじら』さんが『すべての人に生きる権利を』さんをわざと怒らせたのは、お姉ちゃんを助けるためなんだと思うよ」


「なるほど。つまりわたしの味方ってことなのね」


「うん。そうだよ」


「いい人なのね」


「うーん……いい人、なのかなあ……?」


 そよぎの価値観では、レスバトルなどをやってる人間を「いい人」とは判定しかねるようだ。


「それに……この人のハンドルネーム、『砂くじら@uodnes_akuri』って、これは……」


 そよぎがさらに何かを言いかけたとき、Twiterが通知を示し、ダイレクトメールが届いたことを知らせた。


 差出人はまさに話題の人物、『砂くじら』からであった。



 砂くじら@uodnes_akuri

『炎城寺さん、あの“すべ生き”は私へのリプライで暴言を連発してきたから運営に通報しておきました。“死ね”とか“殺す”とか連呼していたから確実にアカウント凍結されると思いますよ』



「あ、やっぱり『砂くじら』さんはわたしの味方なんだわ。ふふん、それにしても『すべ生き』の奴も馬鹿ね。ちょっと煽られただけで殺害予告を連発してアカウント止められるなんて。救えないアホだわ」



 砂くじら@uodnes_akuri

『私、炎城寺さんの大ファンなんです。だから炎城寺さんが荒らしに馬鹿にされているのを見ていられなくて……余計な事だったらすみません(汗)』


 

「わたしのファン……ああ、Twiterでまともな人と会話したの初めてだわ……」


 紅子はつい感動して涙ぐむ。


「良かったですね、おじょうさま」


 みい子も、素直に紅子のネット初の友人の誕生を祝福する。


「…………」


 はしゃぐ紅子とみい子の傍らで、そよぎだけは怪訝な顔で考え込んでいた。



 炎上寺紅子@Red_Faire

『いえいえ。ありがとうございます、砂くじらさん。まあ、わたしが本気を出せば、あんな“すべ生き”など一秒で論破して涙目にしてやれたのですが。それでも、あなたの厚意はありがたく受け取っておきます』


 砂くじら@uodnes_akuri

『そう言っていただけて安心しました! 実はわたし、今までROM専でしたが炎城寺さんのTwiterは開設当初から楽しみに見させてもらってるんです』



「ふふ。砂くじらさんはいい人ね。こういう人は心だけでなく、きっと見た目も美人なんでしょうね。人のSNS荒らすことでしか劣等感を解消できないブサイク共とは違うわね、うん。……ところでROM専ってなんのことかしら」


「読むだけで書き込みはしない人のことですよ、おじょうさま」



 砂くじら@uodnes_akuri

『炎城寺さん、この一週間Twiterに書き込みしてなかったから、何かあったのか心配してたんです。まあ、以前みたいに一日中更新してても、ずっとパソコンにしがみつきっぱなしなんじゃないかと心配になりますけど……(汗)』



「え……?」


 このとき、紅子は初めて『砂くじら』の言葉に違和感を覚えた。



 砂くじら@uodnes_akuri

『とにかく、炎城寺さんの近況をたくさん知れるのは、ファンとして嬉しい限りです』


 砂くじら@uodnes_akuri

『あの……もしよければこの砂くじらと、相互フォローをお願いできないかなーなんてw 厚かましいお願いなんですが……(汗)』



「………………」


「この人、おじょうさまの大ファンなんですね。フォローしてあげましょうよ、おじょうさま」


 みい子は無邪気に喜んでいるが、紅子はもう『砂くじら』の正体に気付いてしまった。


「なにがファンよ、ぬけぬけと……」


「おじょうさま?」


 先ほどまでの上機嫌は雲散し、紅子は憮然とした表情で砂くじらへ返信を送る。



 炎上寺紅子@Red_Faire

『いつまでくだらないお芝居やってんのよ、イルカ!』

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