第23話 宿命の対決・紅子VSイルカ⑫
だが、ここでみい子が声を上げた。
「そんなことないですよ!」
「みい子?」
「そ、そよぎちゃんが、そんな悪いことするわけないもん!」
そよぎとみい子は仲が良い。ここで反対に回るのは当然といえた。
だが、イルカにとってみい子相手のレスバトルなど、赤子の手を捻るようなものである。
「みい子はそよぎ様を庇うのですか?」
「そよぎちゃんは真面目で、かしこくて、やさしいもん! おじょうさまのブログを荒らすような卑怯なことしないよ!」
「じゃあ証拠あるんですか?」
「え……」
「そよぎ様が犯人ではないという証拠はあるのですか?」
「そ、それは……うう……」
「証拠がないなら、やはり犯人はそよぎ様で確定ですよ」
ここぞとばかりにレスバトルの禁じ手、悪魔の証明を叩きつける。
「やめなさいイルカ。潔白の証拠がなければ犯人だ、などと言うのはおかしいでしょう」
見かねたさつきが止めに入る。
さすがにこれは強引すぎたようだ。
(まあいいでしょう。ここまでで、海原そよぎ犯人説の『理屈』は出来上がった。後は『感情』を攻めればいいのです。所詮、人間というのは信じたいものを信じる生き物ですからねえ……ふふ……)
イルカは第二の矢を構える。
「わかりました。確かに、このような推測でそよぎ様を犯人と決め付けるのは良くありませんね。それでは、本人を呼びましょう!」
「え?」
「ここにそよぎ様を呼んで、尋問するのですよ。真実を明らかにするのは、それが一番いいでしょう。そうですよね、黒須さん?」
イルカは、炎城寺家の家令に顔を向ける。
「それは……お嬢様のブログの件も話して、我々の時のようにアリバイ調査をするということか?」
「当然じゃないですか、でなければ尋問になりません。徹底的に脅して、締め上げるんですよ。今までもそうしてきたんですから。ね、九条さん?」
今度はメイド長に話を振る。
「いえ、それは……」
さつきはしばらく言葉に詰まったが、やがて渋い顔で言った。
「それは、やめた方がいいでしょう」
「どうしてですか?」
「お嬢様と私達の間だけで、あれやこれやと騒いでいるならともかく、そよぎ様まで巻き込むとなると、もう冗談では済まされません。炎城寺家と海原家の間に、確執を生むことになりかねないのですよ」
重蔵も同意する。
「たかがブログが荒らされたというだけの話なのに、そんなことでそよぎ様に失礼な扱いをして、間違っていたら埋め合わせのしようがない。我々全員、旦那様から叱責……下手をすれば左遷もあり得るぞ」
二人そろって、まさにイルカの狙い通りの回答だった。
(大人特有の事なかれ主義、こうなると思ってましたよ。うえへっへ)
心中ほくそ笑みながら、あくまでイルカは不満げに尋ねる。
「では、お二人はこの件について、そよぎ様に追求はしないと仰るんですか?」
「そのほうがいいでしょう」
「では、はじめと菜々香。あなた達はどう思うんです?」
イルカは、今度は若手二人に意見を求める(ふりをする)。
「まあ、九条さんと黒須さんがそう言うなら、わたしもそれでいいと思うわ」
「今はもう、そよぎ様も反省したんだろうし。目をつぶってあげていいんじゃないか」
最後に、みい子に尋ねる。
「みい子はどうなんです? そよぎ様をここに呼んで、徹底的に拷問して自白させるのに賛成? 反対?」
「は、はんたい! 反対です!」
「ふーん、そうですか……。まあ、
これで六人の意見は一致した。
(そうそう、これでいいんですよ)
成り行きはまさにイルカの理想どおりだった。
(そよぎ様に罪を着せるといっても、完全に黒に仕立て上げるのは難しいしリスクも高い。それよりも、この『灰色』の状態こそがベスト。『極めて疑わしいが、あえて追求はしない』この結論こそ最適。スケープゴートには、自分が生贄にされたことにさえ気付かずにいてもらうのが良いのです)
そしてイルカは、紅子に向かって口を開く。
「お嬢様。たとえ犯人がそよぎ様だったとしても、本人を追求すること、断罪することは止めていただきたい、それが我々六人の総意です。……まあ、とはいっても、最終的に判断を下すのはお嬢様ですが」
「………………」
「お嬢様、どうするんですか」
「わたしは……」
紅子はそれ以上言わずに押し黙る。
(くく……お嬢様の考えてることは、よーく分かりますよ。そよぎ様が相手なら、たとえブログ荒らしの犯人だとしても鉄拳制裁などしたくない。だけど、あれほどわたし達相手に裏切り者は許さないと宣言しておきながら、いざとなったら手のひら返しでは示しがつかない。そのジレンマに苦しんでるんですよねー。ふふふ)
ここまでくれば、あと一歩である。
あとは紅子が犯人捜しの中止を宣言さえすれば、真実は闇に葬られるのだ。そして、すでに紅子の気持ちはそっちに傾いている。
(さあ、悩めるお嬢様に助け舟を出してあげますよ)
イルカは紅子の前に進み出て、大仰に頭を下げた。
「お嬢様、恐れながらお願い申し上げます。どうかそよぎ様を許してあげてください。わたしには、お嬢様とそよぎ様がこのような形で仲違いするさまを見ていられません」
「イルカ……」
「みい子、あなたも同じ気持ちでしょう?」
イルカは振り返ってみい子に尋ねる。
「え、う、うん」
「じゃあ、一緒にお嬢様にお願いしましょう! そよぎ様を許してあげて、と」
イルカの勢いに促されて、みい子も慌てて紅子の前に進み出て、頭を下げた。
「えっと、お願いします! おじょうさま、そよぎちゃんを許してあげててください!」
自分の発言がそよぎを犯人だと断定していることに、みい子は気付かない。
イルカとみい子に詰め寄られ、紅子はたじろぐ。普段なら人の説得などまるで聞く耳持たないのだが、今の紅子はそよぎ犯人説に動揺していた。
「ちょっと二人共、落ちつきなさいよ。わたしだって、べつにそよぎを追い詰めたいわけじゃないわよ」
「では、そよぎ様を許してくださるのですね!?」
「う、うん……まあ……」
「では、これでブログ荒らしの犯人探しは終わりですね!」
「え? そよぎを許すことと、犯人探しをやめることは別問題じゃない?」
「えええっ! ではやはり、そよぎ様を許さないということですか!? それでは仲良しのお二人の友情も破局! 炎城寺家と海原家は戦争に! わたし達は全員その責任でクビ! そうなっちゃうわけですか!?」
「いや……だからそれとこれとは……」
次第に紅子はしどろもどろになる。長々と迷走する議論を聞き続け、さすがに頭がこんがらがってきたのだろう。
「紅子様。やはりここはもうイルカの言うとおりに……」
「私もそう思いますな。そよぎ様を巻き込むことだけは承諾いたしかねます」
さつきと重蔵が「責任」「クビ」という言葉に敏感に反応してイルカの援護に回る。
「おじょうさま! お願いします! お願いします!」
「お嬢様ー!」
イルカとみい子は必死で喚き立てる。
とうとう紅子は根負けした。
「あーもう、わかったわよ! もう犯人探しはやめ――」
――ピンポーーン!
チャイムの音がした。
「……………」
「……………」
「……誰か、来ましたね」
「こんな時間に……?」
今は日曜日の朝八時。
早朝とは言えないが、客が尋ねてくる時間帯ではない。宅配便も営業時間外だ。
「誰か、心当たりがある人はいますか?」
さつきが聞いたが、他の六人は全員首を振る。
「菜々香。お願いします」
さつきの命令で菜々香が立ち上がり、リビングルームの隅に備え付けられたインターホンを覗き込んだ。
そのまま訪問客と二言三言、会話を交わす。
他の面々は、なんとなく黙ってその様子に注目していた。
やがて菜々香は振り向き、紅子に向かって言った。
「あの……お客様がいらっしゃいました」
「誰よ?」
「それが……その……」
菜々香は複雑な表情で、訪問者の名を告げる。
「そよぎ様です」
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