第21話 宿命の対決・紅子VSイルカ⑩
「今日も引き続き、犯人探しの尋問を続けるわよ」
朝食後、全員をリビングに集めた紅子は改めて宣言した。
「紅子様……もう程々になさったほうが……」
さつきがさすがに諌めにかかる。
だが、紅子はにべもなく跳ね除けた。
「だったら、犯人はこの場で自首しなさい。そうすれば捜査はすぐに終わるわ」
「………………」
もちろんイルカは自首しない。すなわち誰も口を開かない。
押し黙ったままの使用人たちを、紅子は睨みつけた。
「やはり、どうあってもシラを切り通すつもりのようね。このわたしに、そんな態度は通用しないと思い知らせて……」
「お嬢様」
イルカが手を上げた。
「なによイルカ」
「お嬢様に進言したい事があります。あ、進言というのはアドバイスのことですけど」
「……言ってみなさいよ」
「この事件の犯人がわかったのです」
ざわめきが広がった。
「ふうん……それは、誰?」
紅子は胡散臭そうに尋ねる。
「その名前を申し上げる前に、お嬢様が……いえ、この場にいる全員が見落としている、ある事について説明させていただきます」
「は? 見落としている?」
「なんのことです?」
「それは、この事件の犯人についての『ある前提』が極めて不自然だ、ということです」
「前提が不自然……? どういうことよ?」
「いいですか、荒らしのIPアドレスがこの屋敷の回線のものだったということは、荒らしはこの屋敷の関係者――つまり紅子お嬢様の知人、これは確定ですよね」
「当たり前でしょ」
「『お嬢様の知人の誰かが荒らしたブログが偶然お嬢様のものだった』、それがこの事件の発端――というか、全てですが。
「えっ……」
「断言しましょう。そんな偶然はありえない、と。ネットは広い。それこそ海より宇宙よりも広いのです。犯人がたまたま荒らしたブログがたまたま知人のものであった、などという天文学的偶然の一致など、ありえないのですよ」
イルカは、大嘘を自信満々に言い放った。
もちろん、本当は偶然である。イルカが『“宿命の対決”応援ブログ』が紅子のものであると知った時、なんて不運な偶然だ、どんな確率だ、と嘆いたものだった。
(しかーし! むしろ、その不運な偶然を逆手に取ることで、こうやって偽りのロジックをでっちあげる事が出来るんですよ!)
イルカは、第一手の効果を計るべく、周りの様子をうかがった。
「たしかに……言われてみれば……」
「偶然にしても、確率が低すぎるよな……」
菜々香とはじめが、顔を見合わせる。
「ちょっと待ちなさい。ではイルカ、あなたはこう言うのですか。犯人は、ブログがお嬢様のものだとわかっていて荒らした、と」
さつきが言った。
「か……確信犯だったってことですか?」
みい子は確信犯の意味を誤解しているが、今はそんな事どうでもいい。
「確かに……そう、かもね……」
肝心の紅子も同意した。
重蔵だけが、苦い顔でイルカを見ていた。
(黒須さん、そんな睨まないでくださいよ。はいはい、わかってます。『犯人が過失ではなく故意でやったなどと言えば、紅子様の怒りはもっと酷くなるじゃないか』そう言いたいんですよね。ご安心ください、これからが本番ですから)
イルカは、満を持して再び口を開いた。
「ご理解いただけましたか。犯人は、お嬢様のブログと知っていて、わざと荒らしたということを」
「ええ。多分、あんたの言うとおりだわイルカ」
「ならば、これこそが手がかりですよ」
「は? なんで?」
「だってそうでしょう。犯人は『お嬢様がブログをやっていることを知っていた人間』なんですよ」
「!」
紅子も、他の五人も衝撃を受ける。
「……そ、そうよね。犯人は、わたしのブログのことを知ったからこそ、やって来たんだから……でも……」
それだけ言って、紅子は考え込んでしまった。
「たしか、紅子様のブログが初めて荒らされたのは、月曜日の夜だと仰ってましたね。それ以前に、ブログについて知っていたのは誰なのですか」
さつきが尋ねた。
「……いないわ」
「え?」
「あのブログのことは、誰にも秘密にしてた……誰も知るはずがないのよ!」
紅子が重苦しい声で言った。
「誰も知らなかったって……」
「じゃあ……犯人は誰……?」
イルカ以外の全員が、不可解な謎に困惑する。
(ブログの事は誰にも言ってなかったのですか。まあ想定どおりですね)
イルカにとって、ここまでは理想通りに進んでいる。
だが難しいのはここからだ。このまま、ブログの事は誰も知りえなかった、ということになれば、また疑いがこっちに戻ってくるかもしれない。
それを防ぐためには、罪を着せるニセ犯人が必要なのだ。
(お嬢様がブログを始めたと聞いた時、違和感があったんですよね。ただの日記ならともかく、漫画の布教をブログでやるなんて発想は、お嬢様からは出てこない。そこに至るまでに、誰かから助言を受けているはずなんですよ)
それは誰か。イルカでないなら残るは一人しかいない。
「お嬢様。そもそも、なぜブログをやろうと思ったんですか?」
「はあ? なぜって、そりゃあ“宿命の対決”っていう神漫画を世に布教するためよ」
「『布教』なんて言葉、よく知ってましたね」
「そよぎに聞いたのよ」
「そよぎ様に……! やはりそうでしたか」
「は?」
「ということは、そよぎ様だけはお嬢様のブログのことを、知っていたのではありませんか」
「はあ? そんなわけないわよ、そよぎにだってブログ始めたことは言ってないし、もちろんタイトルとかURLも教えてないもん」
「ではお聞きしますが。具体的に、そよぎ様とどのような話をされたんですか?」
「どんなって……えっと。“宿命の対決”の続きが描かれなかったこととか、人気が出れば再開するかもしれないって、で、ブログやSNSで布教活動してるファンがいるって聞いて……布教するなら匿名でやれって……そんな話よ」
「そこまで話せば十分ですよ。その会話と時期同じくして、“宿命の対決”の応援ブログがネット上に現れた。しかもブログ主のプロフィールは、東京在住の十七歳『青子』さん……『青子』て……プッ……いや失礼。……とにかく、これだけで十分特定可能ですよ。お嬢様のブログだってことは」
「……いや、いや。あんた、まさか……そよぎが犯人だって言ってんの!?」
「残念ながら、そうとしか思えないのですよ……」
イルカは、心底残念そうな表情で大嘘をついた。
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