第9話 転売屋を追いかけろ③
威勢よく宣言したものの、そのためにどうすればいいかは、全く当てがない。
「なんかないのかしら……こいつをぶちのめす方法は……」
とりあえず、転売男のプロフィールを開いてみる。
男のハンドルネームは『バフェットたくま@InnovatorTKM』。
彼がこれまでオークションに出品した商品は千件を超えており、その内容はスポーツの試合やアイドルのライブのチケット、ブランド品の時計やバッグ、アニメの限定グッズなど。いずれも未使用品であり、転売目的であることは明白だった。
「わたしの以外のチケットも転売してんじゃない。これは絶対、犯罪でしょ……なんで放置されてんのよ、こいつは」
「まーぶっちゃけた話、転売屋をあれこれ苦労して捕まえても、割に合わないってのが一番の理由でしょうね」
「割に合わない?」
「お嬢様の件は別としても、他のチケットの転売については確かに違法のものがほとんどでしょう。発行元がこいつを訴えれば、もしかしたら逮捕することはできるかもしれません。でも、そんなことしてなんか得ありますか?」
「は……?」
「転売が目的だろうがなんだろうが、この男がお金を出して買ったことに変わりはないんです。商品を売る側からすれば、誰が何の目的で買うとしても、同じ代金を払ってくれればいいんですよ。本当にチケットや限定品を欲しいファンは困るでしょうが、売る側は実質なにも困らないんです」
「……だから放置しとくってわけ?」
「警察に訴えるのも、弁護士雇うのも、実際にやると凄い面倒くさいんですよ。なんの得にもならない事のために、忙しい大人はいちいち時間割いてられないんです」
「情けないわね。大切なのは損か得かじゃなくて、勝ちか負けかでしょうが」
「素晴らしく独創的な考え方ですね。さすがお嬢様」
紅子のルールには、このまま転売屋を放置すれば負けと、すでに刻み込まれているようだ。
「ところで、ちょっと思うんですがね」
イルカが声のトーンを落として切り出した。
「なによ」
「こいつ、同じハンドルネームでTwiterやってるかもしれませんよ」
「え……?」
「このハンドルネームの付け方、Twiterのルールそのまんまですから。それに『バフェット』っていうのも、Twiterの意識高い系が好んで使う名前です」
「まさか、いくらなんでも……そんなことは……」
半信半疑ながら、紅子はTwiterで『バフェットたくま@InnovatorTKM』を検索してみる。すると、なんということか、全く同じ名前のユーザーが表示された。
「マジじゃん! あはは、バッカじゃないのこいつ!?」
「こんなおかしなハンドルネームが偶然一致するわけないですし、間違いなく同一人物でしょうね」
「ガード甘すぎねこいつ! 反撃開始よ!」
「どうするんですか?」
「決まってるじゃない。このバフェットたくまって野郎が犯罪者のクソ転売屋だってことを、こいつのフォロワーの前でぶちまけて晒し者にしてやるのよ!」
「はあ。そうですか」
「都合のいいことに、こいつ結構な数のフォロワー抱え込んでるみたいだからね。それでこそ、本性を暴露されて人気が失墜したときのダメージが大きいってもんよ。さあ、くらえ!」
紅子は勝利を確信して、バフェットたくまへリプライを書き込んだ。
炎城寺紅子@Redfaire
『FF外から失礼します。あなたはわたしから騙し取ったチケットをオークションで転売しましたね。隠しても無駄です。これがそのページです。http:o-kushon-yahoooooo-buybuy.jp なにか反論ありますか?』
バフェットたくま@InnovatorTKM
『どうもw あなたのおかげでまた一つビジネスのカードが増えました。より効率的なポートフォリオによるアセットマネジメントが期待できそうですw』
「は……? なによこいつ……」
知らぬ存ぜぬを主張するわけでも、逆ギレするわけでも、ブロックして逃げるわけでもなく、平然と紅子の指摘を肯定してくる反応は予想外だった。
『あれマジで本物のVIPチケットなんだスゲー』
『たくまさん、オークションの入札額六十万超えてるじゃないですかwやべえww』
『たくま先生、さすがです!』
「ちょ、ちょっとなによこれ!? こいつは悪者なのよ! なんでフォロワー達も平然としてるのよ!」
「ふーん、やっぱりこういうタイプの奴でしたか」
混乱する紅子の傍らで、イルカは悟ったようにうなづいた。
炎城寺紅子@Redfaire
『あなたは転売屋の犯罪者です。反省してください』
『犯罪者とか……クリエイティブなネットビジネスをこんなふうに言う人まだいるんだ……』
バフェットたくま@InnovatorTKM
『まあ私のようなイノベーターやアーリーアダプターは、こういう変化に適応できない人達に理解されないものですからね。私の生徒さんたちは、情報をキャッチアップするスピードとシステムを理解するセンスを常日頃からブラッシングして、こんなルーザードッグにならないように心がけてほしいものです』
『はい、たくま先生!』
『先生についていきます!』
『武道館のVIPチケット入手したってマジだったんですね。さすが先生です! 一体どうやったんですか?』
バフェットたくま@InnovatorTKM
『ここではとりあえず、誰も気が付かないシステムの構造的欠陥をトレースした、とだけwww 入手方法の詳細は、有料ブロマガの方でレクチャーしますww』
『楽しみに待ってます!』
炎城寺紅子@Redfaire
『わけのわからない言葉ばっかり使ってごまかさないでください。あなたは詐欺師の転売屋で死刑になる犯罪者です。フォロワーの人達も目を覚ましなさい』
バフェットたくま@InnovatorTKM
『あーあ、また嫌われちゃったかーー。もうビジネス関係のツイートは止めようかな、嫉妬されるだけだから』
『そんな! 止めないでください、たくま先生!』
『この炎城寺って人ほんとうざい……マジ消えてよ』
まるで暖簾に腕押しの状態で、どれだけバフェットたくまの悪行を言い立てても、まるで手応えがない。紅子はとうとうツイートする手を止めて、モニタに向かって吠えだした。
「おい、こらあ! チケット返せよ猿芝居野郎! 取り巻き共も聞けよ、こいつは悪人だっての! 騙されんじゃないわよ!」
「無駄ですよ、お嬢様。この男はどうやら開き直っている……というより、悪者気取りが大好きみたいですから」
「なによ、それ?」
「んーつまり……自分の転売ビジネスへの批判をすべて『頭が良くて要領よくお金を稼いでいる俺様への嫉妬』に脳内変換しているから、悪人と呼ばれるとかえって喜ぶんです。取り巻きのフォロワー達も、『世間から嫉妬され疎まれるたくま先生を賢い僕だけが理解してあげられる』という思考に酔っていますから、お嬢様がいくらこいつの悪事を暴き立てて騒いだところで、このコミュニティにはなんのダメージもない……というかむしろ、気持ちいいだけなんですよ」
「なによそれーーー!?」
紅子の鉄拳が机に炸裂した。
「泣き落としでもらったチケットをネットで売っただけでなにがビジネスよ! で、その方法を信者共は金払って教えてもらうわけ!? この世にここまで超弩級のクソバカ集団が存在してたなんて信じられないわよ!!!」
顔を真赤にして、いつもの五割増しの力で机を殴りつける。
ひとしきりスチール製の机を連打し、落ち着いたところで紅子は傍らのイルカへ顔を向けた。
「イルカ!」
「はいはい」
「こいつを殺せ!」
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