第3話 不人気動画の作り方③
それから数日後の夕方。
紅子はリビングルームで、なにやら、うきうきと動き回っているみい子を見かけた。
ソファのローテーブルには折り紙が数枚広げられ、その前には三脚が設置されて、みい子はそこに自分のスマートフォンを固定しているところだった。
「なにやってるのよ、みい子」
紅子は不思議に思って声をかけた。
「あ、おじょうさま。ちょっとだけここを使わせてもらいたいんですけど、いいですか?」
「別にいいけど」
紅子の父親の方針で、炎城寺家の各部屋や設備は使用人も自由に使えることになっている。そもそも紅子はリビングルームでくつろぐことは殆どないし、両親は海外出張中なので、リビングは実質、使用人達の溜まり場と化していた。
「また折り紙やってんの? 千羽鶴はもう完成したんでしょ?」
「はい。それで、余った折り紙を学校からもらってきたんです。今日は手裏剣を作ったんですよ、ほら」
みい子が、テーブルの上から折り紙の手裏剣を取り上げて、紅子に見せる。
「手裏剣かあ。デトロイトのスラム街で、デスマッチやった時に飛んできたわね」
もちろん、紅子が体験したのは折り紙でもおもちゃでもなく、本物の手裏剣である。
「よし、それじゃあ録画開始、と」
みい子はスマホの正面のソファに座った。
「ん、なにする気なの?」
「みい子、折り紙の動画を撮ってYOUTUMEに流そうと思うんです。世界中のみんなと楽しく折り紙できたらいいなって……おじょうさま、YOUTUME見たことありますか? 面白いですよ」
「わたしだってYOUTUMEくらい知ってるわよ、動画サイトのことでしょ。あんな有名なサイトを知らないなんて情報弱者の雑魚だけよ」
などと偉そうに言っても、紅子がまともにYOUTUMEを見たのは、先日の夢月らいちの一件が初めてなのだが。
「えーと、うぃっすー、こんにちは、YOUTUMEを見ているみなさん」
みい子がスマホに向かって語りだした。
「はじめまして、根岸みい子っていいます。今日は、折り紙で手裏剣を作ろうと思います。もしよかったらみんなも、おうちにある紙で真似してみてください。それじゃあ始めます」
そこまで喋って、みい子は傍らに立つ紅子へ顔を向けた。
「おじょうさま。今の台詞を英語で言うと、どうなりますか?」
みい子はこの動画をワールドワイドで発信するつもりらしい。
「“ショウタイム”よ」
「……? 本当にそれだけでいいんですか?」
「わたしはアメリカで二年間、英語だけ喋って暮らしてたのよ。そのあいだ、会話で困ることは一度もなかったわ。だから正しいに決まってるでしょ」
紅子は己の経験に基づき、自信満々に断言した。もっとも、紅子が困らなくても、会話の相手も困らなかったという保証はないのだが。
みい子はとりあえず納得したようで、「ショウタイム!」とスマホに叫び、折り紙を折り始めた。
「みなさん、みい子の手の動きをよく見ていてくださいね。まず始めに、折り紙を真ん中で2つに切ります。そのあと、片方をこうやって折って、それぞれの端を逆向きの三角に折ります。もう一つの方も同じように折ってください。できたら、こうやって組み合わせて星の形にします……おじょうさま、今の台詞を英語で言うとどうなりますか?」
「“ルック”ね」
「ルック!」
また紅子は自信満々に答え、みい子はその通り叫ぶ。
「これが手裏剣です。昔の日本で忍者が武器に使いました。こうやって飛ばして遊びます。でも人に向けて投げたら駄目ですよ……おじょうさま、今の台詞を英語で言うとどうなりますか?」
「“シュリケン”」
「シュリケン!」
叫んだのち、みい子はスマホの元へ移動して録画を停止した。本日の撮影は終了したらしい。
「ありがとうございます、おじょうさま。みい子、今日から折り紙YOUTUMERにデビューしますね」
みい子は満面の笑顔で宣言した。
「まあ、好きにすれば。頑張れば百再生くらいはいくんじゃないの」
あの夢月らいちの一万分の一くらいの再生数なら、みい子にだって稼げるだろう。紅子は楽観的にそう考えた。
「甘かったか……」
紅子は、自室のパソコンのモニタを眺めながらつぶやいた。
ディスプレイには、YOUTUMEに投稿されたみい子の折り紙動画の一覧が表示されているが、その再生数はいずれも十回すら超えていない。
みい子が折り紙YOUTUMERとしてデビューしてから、一週間がたっていた。
あれ以来、みい子は毎日YOUTUMEに動画を投稿しているのだが、再生数は全く伸びていない。みい子本人と紅子を除けば、誰ひとり見ているものはいないのではないかと思えるレベルだった。
『こんにちは、みなさん』
モニタからみい子の声が聞こえてきた。
超不人気、無名、空気な現状にもめげず、今日もみい子の配信が始まったのだ。
『みい子、今日は初めてのライブ配信にチャレンジします!』
なんと今回は生放送らしい。
「なんでチャンネル登録者ゼロ人の状態で、ライブ配信やろうなんて思うのよ」
チャンネル登録者というのはTwiterでいうところのフォロワーであり、要はその動画配信者のファンということだ。ライブ配信は、このチャンネル登録者が千人いて、ようやく十人くらい見に来てくれるくらいのものだ……と、紅子はイルカから教わった。
『えっと……それで。今日はみい子にどんな折り紙を折ってほしいか、昨日のコメント欄でリクエスト募集してたんですけど……』
みい子はそこで言葉を切ってうつむいてしまった。
『コメントは一つもついてませんでした……』
さすがに落ち込んだ声だった。
「……悲しすぎる」
紅子も思わず同情してしまう。
だが、みい子はすぐ笑顔を作り、朗らかな声で実況を開始した。
『えっと、リクエストがなかったから、みい子の方で決めました。今日はやっこさんをつくります! 今日は初めてのライブ配信を記念して、金の折り紙を使っちゃいます! だから、みんな応援してください!』
みい子はとっておきの金色の折り紙をカメラに向ける。
『スマホが遠くて、みんなのコメントがちょっと読めないんですけど……沢山の人がこの放送見ててくれたら嬉しいです!』
しかし、画面に表示されているのは『視聴者数:1人』の文字。すなわち、このライブを見ているのはこの世で紅子ただ一人という、残酷な事実であった。
そうとも知らず、みい子は健気にやっこさんを折り始める。
『えっと……こうして……こう折って……はい、やっこさんの出来上がりです!』
特に面白いパフォーマンスもトークもなく、数分でやっこさんは完成した。
『わーーい! ……これで今日の放送は終わりです。ありがとうございました。明日も同じ時間に生放送やります。よかったらまた見てください』
それで終わりだった。
「…………………………つまんねえ……」
紅子の頭をどれだけひねっても、それ以外の感想は出てこなかった。
「つまらなすぎるでしょ……この動画……」
紅子にしては珍しく、万人が同意する感想である。
「折り紙にしても、もっと超絶技巧のペーパークラフトとか。でなきゃ、交番の前で紙鉄砲ならしてみたー、みたいな面白ネタならともかくさあ…………子供がやっこさん折ってはしゃいでるだけの、山なし落ちなし意味なしのクソ動画を誰が見るのよ……」
だが、このままではみい子があまりにも哀れだ。なんとか手助けしてあげなければ、と紅子は考える。
「そうだ、わたしのTwiterで宣伝してあげよっと」
人気者になりたいなら何よりまずプロモーション、宣伝をすることだ、と紅子はアメリカ時代のマネージャーから聞いたことがある。
さっそく自分のTwiterアカウントを開いて、ツイートを書き込み始めた。
炎城寺紅子@Redfaire
『女の子が折り紙してるこの動画すごく面白いです! ハラハラドキドキして、こんな素晴らしい動画は初めてです! youtume.com watch-kamikaminegimeko1234wao』
炎城寺紅子@Redfaire
『ちなみに、わたしはこの動画のみい子ちゃんとは知り合いでもなんでもなく、赤の他人です。身内をひいきして宣伝してるとかそういう事はありません』
「よし、これでいいでしょ」
紅子は書き込みを見直して、満足げに頷いた。
「超有名人のわたしが実名で宣伝してやったんだから、それなりに効果はあるでしょ。明日の生放送には、五人か十人くらいは見に来てくれるわよね、きっと。がんばりなさいよ、みい子」
紅子は楽観的にそう考えた。
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