シーズン2 宿命の対決
第1話 不人気動画の作り方①
アメリカのとあるメジャー雑誌に『世界の十代十傑』という企画がある。その名の通り、毎年偉大な功績を残したティーンエージャーを、世界中から十人選んで取り上げるというものである。
今年、その企画で選出された十人の中には、日本人の名があった。
だが、その炎城寺紅子はチャンピオンになったその日に、引退を宣言してアメリカの格闘技界から姿を消してしまった。故郷である日本へ帰国したとのことだが、年若い彼女がどうして、なんのために引退したのか、詳しく知るものは少ない。
アメリカ、いや世界中の多くの人々は疑問に思っている。
今、炎城寺紅子は何をしているのだろうか――?
「ああーーーちっくしょう! またわたしをバカにしやがって! くそくそ! くやしいいーーー!」
その炎城寺紅子は今、インターネットで煽られて涙目になっていた。
炎城寺紅子@Redfaire
『夢月らいちさん。あなたはYOUTUMEの動画で、わたしのことを日本一バカな女だと言っていましたね。すぐ謝ってください。謝らない場合は警察に追放します』
夢月らいち◆コスプレイヤー@dream7
『追放wwww通報って言いたいんですかw』
炎城寺紅子@Redfaire
『あげ足取りはやめてください。謝らないと警察に通報します。刑務所に行きたいんですか』
夢月らいち◆コスプレイヤー@dream7
『もうその発言があなたがバカだと証明してるんですけどww』
炎城寺紅子@Redfaire
『わたしが礼儀正しくしているうちに謝ってください。怒りますよ』
夢月らいち◆コスプレイヤー@dream7
『あなたのハンドルネーム、faireってもしかして火のつもりですか。正しいスペルはfireですよw』
炎城寺紅子@Redfaire
『あげ足取りはやめろって言ってるだろころすぞ』
夢月らいち◆コスプレイヤー@dream7
『本当にアメリカで二年も暮らしてたんですかw え、八百長試合だけじゃなくて、そっから作り話なのwww』
炎城寺紅子@Redfaire
『わたしは八百長なんかしてません。あなたのような嘘つきは絶対刑務所に行くべきです』
夢月らいち◆コスプレイヤー@dream7
『あなたは小学校に行くべきですねwwあ、幼稚園のほうがいいかなwwww』
炎城寺紅子@Redfaire
『おいクソアマおまえいい度胸だなおい! 次のおまえの撮影会に殴り込みにいってやるからな覚悟しろよ!!!』
夢月らいち◆コスプレイヤー@dream7
『はい犯罪予告ww警察に通報しときますねwww』
『炎城寺ざまあw』
『ほんとうにどうしようもないなこいつw』
『らいちさん、こんな人に構わないほうがいいですよ』
「うぎいいいいいーーーーー!」
紅子は、自室のパソコンの画面に表示されているSNS――『Twiter』のやり取りを睨みつけながら、金切り声を上げた。
偶然見かけた動画で、コスプレイヤー夢月らいちが自分のことをバカにしていると知った紅子は、文句を言ってやろうとTwiterで抗議した。だが結局、謝罪させるどころか、らいち本人と取り巻きに散々煽り返されてしまったわけである。
「ちくしょうちくしょうっ! リアルで勝負すれば、こんなやつ秒殺で沈めてやれるのに!」
じたばたと自室の床の上を転げ回りながら、顔を真赤にして悔しがる。
殴り合いなら世界最強の天才・炎城寺紅子は、口喧嘩では世界最弱だった。
「お嬢様。お茶をお持ちしましたよ」
メイド服に身を包んだ少女が、ドアを開けて入ってきた。少女が片手に持った盆にはプロテインシェイカーが載せられている。紅子にとって「お茶」とはプロテインのことなのだ。
「イルカ! いいところに来たわね、こいつに仕返ししてやってよ!」
紅子は床から立ち上がり、パソコンのモニタを指さす。
「なんですか、またネットで煽られたんですか」
メイドの少女――
お嬢様と呼ばれている通り、紅子は日本有数の資産家である炎城寺家の一人娘である。イルカは、その紅子が幼い時から傍で仕えてきた腹心の侍女であり、親友だった。
「どれどれ……え、夢月らいちって超有名なコスプレイヤーじゃないですか。こんな人と絡めるなんて、やっぱお嬢様はすごいですねえ」
イルカはTwiterのやり取りを見て感心する。
「なにが超有名よ、こんな奴よりわたしのほうが有名に決まってんでしょ。わたしはアメリカで『世界の十代十傑』に選ばれたのよ」
「それ、取り下げろって抗議が山ほど来てるらしいじゃないですか」
紅子は世界的有名人だが、その頭と口の悪さゆえに、世界中のあらゆるネット社会で叩かれている嫌われ者である。
「うっさいわね。とにかく、このコスプレ女は許さないわ。絶対こいつを悔しがらせて泣かせてやるんだから。
「はいはい。では失礼しますよ」
選手交代、とばかりにイルカがパソコンの前に座る。
「…………ふむふむ…………ふーん……では、こんな返しはいかがでしょう」
イルカはしばらく夢月らいちのTwiterを眺めたのち、紅子のアカウントからリプライを書き込んだ。
炎城寺紅子@Redfaire
『らいちさんって、いつも同じ角度で写真撮ってますね』
炎城寺紅子@Redfaire
『左ななめ上からの構図ばっかりですけど、なにかこだわりあるんですか。正面から撮れないんですかw』
夢月らいち◆コスプレイヤー@dream7
『ポーズ決めるの私じゃないんですけど。お仕事で言われた通りに撮ってるだけです』
「あ、効いてるわこれ! 語尾にダブリューが付かなくなったもん!」
紅子がプロテイン片手に笑い出す。
『言われてみれば似たような構図多いな、この人……』
『どんなポーズでも顔の角度ほとんど同じだ』
『やめてw言われなきゃ気付かなかったのにwww』
「いい流れですね。中立の位置にいたフォロワーが、こっち側に寄ってきましたよ」
「よしよし! その調子でもっと煽り散らしなさい!」
気を良くした紅子がはやし立てる。
「では、ここでさらに追撃の一手を、と……」
イルカは高速でタイピングし、ツイートを連発していった。
夢月らいち◆コスプレイヤー@dream7
『何も知らない素人が勝手なこと言わないでください。無知をさらすだけですよ』
炎城寺紅子@Redfaire
『あ、ごめんなさい。プロにはいろいろあるんですよねw失礼しましたw』
炎城寺紅子@Redfaire
『ところで、らいちさんがよく上げてるスイーツの写真ですけど』
炎城寺紅子@Redfaire
『なんでいつもテーブルの手前半分しか写さないんですか? 向こうに誰かいるんですか? いつも一人でカフェ巡りしてまーす、って言ってるのに』
夢月らいち◆コスプレイヤー@dream7
『いません』
炎城寺紅子@Redfaire
『先週アップした、池袋のカフェの写真もおかしいですよね。卓上にコーヒーミルクが写ってますよ。らいちさんが注文したのはレモンティーなのに。レモンティーにミルクなんて入れませんよね。コーヒー頼んだのは誰なんですか?』
【この画像は夢月らいち◆コスプレイヤー@dream7さんによって削除されました】
炎城寺紅子@Redfaire
『池袋の写真削除されたみたいですね。わたしは保存していたのでアップしときます。気になる人はどうぞ』
炎城寺紅子@Redfaire
『で、一緒にいる人は誰なんですか?』
炎城寺紅子@Redfaire
『ひょっとして彼氏ですか?』
炎城寺紅子@Redfaire
『おーい、もしもーし?』
【夢月らいち◆コスプレイヤー@dream7さんはあなたをブロックしました】
「……ブロックしてきましたか。まあ、これくらいで十分でしょう」
そう言って、イルカは席を立つ。
「ブロックしたってことはあいつの負け! このバトルわたしの勝ちね!」
紅子の脳内ルールでは、Twiterで相手をブロックすることは口論からの逃げであり、敗北なのである。……この歪んだ価値観のせいで、紅子のTwiterは百人以上のアンチに常時粘着され、荒らされ続ける地獄の惨状になっているのだが。
とはいえ、イルカの書き込みは夢月らいちのフォロワー達に衝撃を与えたようで、彼らは早速らいちの過去のツイートを掘り起こして検証を始めた。この様子をかんがみれば、今のらいちが先ほどまでの紅子と同じように、顔を真っ赤にして悔しがっているであろうことは想像に難くない。
紅子は満足気にうなずいて、椅子に腰を下ろした。
「でも、なんで彼氏いるのかって聞いただけで、こいつは逃げ出したのかしら?」
「わからないんですか。やれやれ……お嬢様はITスキル以前に、世間の常識というものを身に付けるべきですね」
イルカは偉そうに肩をすくめた。
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