お前ネットで私のことバカにしてただろ 〜今から住所突き止めて殺しに行くから謝ってももう遅い〜

秋野レン

シーズン1 キーボードクラッシャー紅 

第1話 炎城寺紅子


『ツイッターはもう古い? Z世代のコミュニケーションはインスタ・TikTokへ』


『ユーチューブへの挑戦。新興の動画配信プラットフォーム・ミルダムの台頭』

 



「はあ……」


 会社員・岡田沙織おかださおり三十七歳は、読んでいた雑誌を閉じてため息を吐き出した。


(インスタ? TikTok? ミルダム? ついて行けないわよ……)


 アラフォーの沙織にとって、インターネットのコミュニティツールはミクシィ・ニコニコ動画・2ちゃんねるが青春だった。二十代の頃は、その沼にどっぷり浸かっていたものだ。


 だが、IT文化の栄枯盛衰の流れは速い。それら国産のネットサービスは、ここ十年ですっかり斜陽となり、フェイスブック・ユーチューブ・ツイッターに取って代わられた。


 その流れとともに、沙織自身もネット上のコミュニケーションから疎遠になっていった。


 今ではツイッターを読み専で、たまに覗く程度が精いっぱいだ。なのに、そのツイッターすら古いと言われる始末。


 沙織は、つい最近職場の新人と交わした会話を思い出す。

 

『わあ。岡田さんのお土産のお菓子、可愛いですね。ありがとうございます』


『どういたしまして。みんなにも配ってあげてね』


『はい。あ、その前にインスタ撮っていいですか?』


『インス……ああ、写真ね。いいわよ』


 ――パシャ!


『さっそく上げちゃおっと』


『それ、ツイッター?』


『いえ? ですから、インスタですよ。あたし、ツイッターはやってないんです』


『へえ意外。若い子はみんなやってるもんだと思ってたわ』


『ツイッターって、なんかギスギスして嫌じゃありませんか? 変な人達が、口喧嘩とかマウント合戦とか、そんなのばっかやってて』


『う、うん。そう、かも……?』


『だから、もう友達みんなで決めたんです。ツイッターやめてインスタやろーよって。岡田さんもどうですか、インスタ』

 

 あの新人の言葉は、まさにZ世代がインスタへ移行しているという、この雑誌の記事そのままであった。


「ツイッターやってるのが時代遅れなら、ツイッターすらろくに使えない私はなんなのよ、ったく」


 つい声に出てしまい、沙織は慌てて周囲を見回した。


 ほかの乗客に聞かれなかっただろうか、と心配する。



 ここはニューヨーク発・東京行きの国際線785便、その飛行機の中なのだから。

 


 さいわい、エコノミークラスにぎっしりと詰め込まれた乗客の誰一人、沙織に目を向けるものはいなかった。


 ただ、隣の席の客には確実に聞こえたのでは……と思ったが、その客はイヤホンをつけてスマホをいじっていた。こちらをチラリとも伺う様子はないから、セーフだったのだろう。


(あー、よかった)


 安心した沙織は、なんとなく隣人の様子を観察し始めた。


 パーカーのフードを被って下を向いているため、はっきり顔は見えないが、肌の色からおそらく日本人の若い女性。ただ、髪の毛は派手な金色だ。


(いまどき金髪に染める子って珍しいわよね)


 ラフな服装で、横顔もあどけない。たぶん十代だろう。


 まさにZ世代。生まれた時から、インターネットが当たり前にあった世代だ。


 この子は、スマホで何を見ているのだろう?


 インスタ……は電波の届かない飛行機内では無理だ。ネットフリックスとかいうやつだろうか。


 沙織は、マナーが悪いとは思いながらも、その少女が手にしているスマホの画面を覗き見た。


(え……)


 それはスマホではなかった。


 ずんぐりと、異様に分厚い筐体。白黒の液晶画面。ピクセルが肉眼で認識できるほどに荒い画質。沙織の記憶の遥か彼方、小学生の頃に目にした覚えのあるゲーム機。


 それはゲームボーイだった。

 


 『ケンタロスのはかいこうせん!』

 

 『きゅうしょにあたった!』

 

 『てきのフーディンはたおれた!』


 

 そんなバトルが、最新のCGモーションではなく静止したドット絵で繰り広げられている。


(うわあ……懐かしい……)


 衝撃的なノスタルジーに襲われ、沙織はしばし呆然としていた。


 なんで、こんな若い娘が三十年前の化石のようなゲーム機で遊んでいるのか。いや、若かろうが年寄りだろうが、二十一世紀以降にゲームボーイで遊んでいる人間など見たことがない。


「ねえ」


 気が付くと、少女がこちらを見ていた。


 やはり日本人だった。


 端正な顔立ちの、可愛らしい少女である。だが、その瞳はなぜか充血したように紅く、そして鋭かった。


「なに見てんの、おばさん」


 少女が咎めるように言った。


「あ。ごめんなさい」


 沙織は、慌てて目をそらした。


 失礼な子だ。そりゃあ、人のゲーム機の画面を勝手に覗いていた自分が悪いのだろうが、それにしたって初対面の相手を「おばさん」呼ばわりとはどういうことだ。


(まったく最近の若い子は……)


 まさにおばさんそのものの言い草で愚痴り、沙織は手にしていた雑誌を再び開いた。


 パラパラと、何か面白い記事はないか適当にページをめくっていく。


「あっ」


 少女が声を上げた。


「ねえ、ちょっと。おばさん、その雑誌」


 少女はイヤホンを外して、沙織の方へ身を乗り出してきた。


「な、なに?」


「その雑誌の、ちょっと前のページ見せてよ」


「え……ここ?」


「違う違う、もっと前よ。あーもう、ちょっと貸して」


 沙織の返事も聞かず、少女は勝手に雑誌を奪い取ってページを開く。


 そこには若い女性の顔写真が掲載されていた。


 アジア人と思われる肌色だが金髪で、燃えるような紅い瞳の、端正な顔立ちの少女。


「え……これ、貴女?」


 その写真の人物は、まぎれもなく目の前の少女と同一人物だった。


「そうよ。ふふん、凄いでしょ」


 この少女は、雑誌に取り上げられような有名人だったのか。


 そういえばどこかで見たような気もする。人気アイドルかなにかだろうか。


「おばさん、ちょっとこれ読ませてね。いいでしょ、あとでサインあげるからさ」


 そう言って、少女は雑誌の記事――自分自身について書かれた記事を読み始めた。


(……まあ、いいか)


 十分かそこら、自分の記事だけ読んだら満足して返してくれるだろう。


 それに、この子が有名人だというなら、サインくらい貰っておいてもいいかもしれない。ヤフオク……いや、今はメルカリが主流なんだっけ? とにかく、そこで高く売れるかも……。


「なによこれ!」


 突然、少女が叫び出した。


「この記事わたしのことディスってんじゃないの! なにが『外国で日本の恥を巻き散らす若者たち』よ! ふざけんな!」


 少女は雑誌からページを引き破り、ぐしゃぐしゃに丸めて床に叩きつけた。


「いつもいつも! 雑誌もテレビもわたしのことバカにしやがって! マスコミのクソ野郎ども! 死にやがれ!」


 顔を真っ赤にした少女は、狭い座席の上で手足を振り回し喚き散らす。


「ちょ、ちょっと貴女。静かにしなさいよ」


 沙織は慌てて少女を諫めた。


 周囲の乗客が揃ってこちらに注目していることに気付き、少女もしぶしぶ大人しくなった。


「フン」


 ふてくされて座席にもたれこむ少女。


 沙織は、丸めて投げ捨てられた雑誌のページを拾い上げた。


「そんなの読むのやめなさいよ。嘘つき野郎の書いたフェイクニュースよ。ゴミよ」


 『日本の恥』などと書かれたら、そう言いたくなるのも当然かもしれない。ただ、沙織としては記事の内容より、この少女が何者なのか、そちらの方が気になったのだ。


 丸まったページを開き、皺を伸ばし、記事を読み始めようとした、その瞬間。



「この飛行機は我々が占拠する!」



 野太い声が聞こえた。


 前方の通路に立ち上がった、黒ずくめの服装の大男が怒鳴っていた。


 その男だけではない。似たような服装の男が何人も、同じように立ち上がっている。


 彼らはみな、その手になにか不吉な鉄の塊を握っていた。


(なによ、これ?)


 目の前の光景に、理解が追い付かない。沙織だけではなく、乗客のほぼ全員が同じだったであろう。


 だが、次の瞬間に鳴り響いた轟音が、現実を認識させた。


「全員、両手を頭の後ろに組んで伏せろ!」


 男たちの怒声が、機内に響き渡る。


 そして、再び耳をつんざく轟音が響く。同時に漂う硝煙の臭い。


 沙織も他の乗客たちも、恐怖にふるえながら命じられたとおり顔を伏せた。


「……う、……うえ……ん……うええーん……」


 どこかから、赤ん坊が泣く声が聞こえる。


「ヘイッ! そこのガキを黙らせろ!」


 再び銃が火を吹く。


 赤子の母親が、我が子の口をふさいだのだろう。それ以降、機内は完全に沈黙した。


 沙織は、伏せた顔をほんのわずかに傾け、通路の前方を伺った。銃を手にした黒ずくめの男が、にやりと笑っているのが見えた。


(うそ……でしょ……)


 嘘ではない。冗談でもない。



 ニューヨーク発・東京行きの国際線785便は、ハイジャックされたのだ。



 

 だが――。


 

「うるさい」


 隣の席から聞こえた声に、沙織は反射的に顔を上げた。


 近くにいたハイジャック犯の一人が、耳ざとく聞きつけてやって来るのが見えた。


「おい。お前、いまなんて言いやがった」


 次の瞬間、彼の体は宙を舞い、床に叩きつけられた。


 そして、それきり彼は動かなくなる。


「…………え?」


 何が起きたのか、沙織にも、そしておそらく他の誰にも理解できなかった。


「何てことしてくれんのよ、あんたら…………」


 隣の席の少女が、立ち上がった。


「あんたらのせいでゲームボーイ壊れたでしょうが!」


 跳弾が当たったのか。さきほどまで少女が手にしていたゲーム機の液晶は粉々に砕け、弾丸がめり込んでいた。


「おい! 立ち上がるんじゃ――」


 銃を構えた前方の男へ、少女は凄まじい速さで詰め寄り、みぞおちを激しく打った。


 そして彼もまた、気を失い床に崩れ落ちる。


(なによこの子は!?)


 沙織は驚愕して目を見張る。


 女が、まだ二十歳にも満たないであろう小柄な少女が、銃を持った巨漢二人を殴り倒したのだ。


「……ったく、二年ぶりの日本へ凱旋ってときに。なんでこんなのに出くわすんだか」


 まるで通り雨に文句を言うような口調だった。


 いつの間にか、沙織以外の乗客も顔を上げて少女に注目している。


「え……炎城寺…………?」


 誰かが、言った。


(あっ!)


 沙織は思い出した。


 他の乗客も、ハイジャック犯たちも、赤子を除いた機内の人間すべてが、その名前に反応する。


 炎城寺えんじょうじ紅子べにこ――――!


 そうだ、間違いない。


 金髪に紅い目の日本人の少女。沙織も、何度もテレビで目にしたことがあった。


 ひと月前に開催された、全米史上最大の総合格闘技無差別級トーナメント。この、実質的に全格闘家の世界チャンピオンを決めるに等しい大会は、文字通りの無差別――身長、体重、年齢、国籍、まで全て無差別――で行われ、その結果、優勝したのは十七歳の少女だった。


 世界中が驚愕し、混乱し、わけのわからぬまま開かれた優勝インタビューで、その少女、炎城寺紅子は「引退して故郷の日本へ帰る」と発言したのだった。


「炎城寺だと……あの狂犬、『クラッシャー・クレナイ』か……!」


 通路前方の男がそう叫んだとき、すでに少女は、凄まじい速さで五人いた他のハイジャック犯たち全員を昏倒させていた。


 最後に残った大男は、慌てて少女へと銃口を向け――ようとした、その瞬間。


 またしても光のごとき速さで少女は男へと詰め寄り、その拳がアゴを撃ち抜いた。



 

「おい! 寝てんじゃないわよ! わたしのゲームボーイ弁償しろよ! 聞いてんのかおい! 起きろ!」


 炎城寺紅子が、男の襟首を掴んで怒鳴っている。


 命の危機が過ぎ去り、本来なら歓喜に湧くべき沙織たち乗客は、少女の異常な戦闘力と言動にあっけにとられたまま、沈黙し続けていた。


「あ、あの……お客様……もうおやめください……」


 せっかく気絶したハイジャック犯が目を覚ましてはかなわん、と乗務員が止めに入る。


「ち、しょうがないわね」


 紅子は舌打ちして男を掴む手を離した。


 乗務員たちは、慌てて寝ている男を縛り上げる。


 紅子はまだ不満顔で、沙織の隣の席へ戻ってきて腰を下ろした。


「…………」


「あの……炎城寺さん?」


 沙織は、恐る恐る話しかけた。


「なに」


「えと、ありがとう。貴女のおかげで、たぶん死なずにすんだわ」


「んー。ま、気にしないで」


 淡泊な反応だった。


 沙織は、ふと、紅子の写真を撮りたくなった。


 世界一の格闘家がハイジャック犯を取り押さえる現場を目撃、しかも隣の席だった。


 これは、とんでもなく貴重な体験ではないだろうか。ここで紅子の顔写真の一枚でも撮って、SNSに上げれば滅茶苦茶に注目される(バズる、とかいうんだっけ)ことは間違いない。


 沙織はバッグからスマホを取り出した。


「ねえ、炎城寺さん。貴女の写真、撮らせてもらっていいかしら」


 図々しいかな……とは思ったが、一流アスリートがファンに写真をせがまれるのは珍しいことではないはずだ。


 だが、紅子は胡散臭そうな目を沙織に向けた。


「あんた、もしかして記者じゃないでしょうね。また『炎城寺が暴力事件起こした』とか書く気?」


「え……」


 そういえば、炎城寺紅子は極めて素行の悪い問題児でもあった。世界一の格闘家として称賛される一方で、非難されることも非常に多い。


 試合で対戦相手を過剰なまでに殴り、止めに入ったレフリーも殴り、それを批判した記者も殴り、ブーイングした観客も殴った、などというとんでもないニュースを聞いたことがある。


 それ故に、付いたあだ名が「クラッシャー・クレナイ」。


 だが、もちろん沙織は命の恩人である紅子を非難する気などない。


「ちがうわよ。ただ、貴女の活躍をSNSにアップしたいの。叩いたりなんかしないわ」


「SNSってなに?」


「は……」


 紅子の問いに、沙織は固まった。


 この子は、SNSを知らないのか。


「あの……SNSってのは、スマホでこう……」


「スマホってなに?」


「はあっ!?」


 あろうことか、稀代の天才、世界一の格闘家、炎城寺紅子は、スマホを知らなかった。


「これよ。わたしが手に持ってる、これがスマホ」


「それってケータイでしょ」


 ケータイは知っているらしい。


「ええと、まあ……高機能なケータイ、ね」


「で、SNSってのは?」


「えっと……スマホで写真とか、文章とかをネットに上げて……」


「ネットってなに?」


「はああああああああああああっっっ!?」


「なによ、うるさいわね」


「え、あの……いや、ちょ……。嘘でしょ……貴女……インターネット知らないの?」


「ああ、ネットってインターネットのことか。それなら学校で二、三回やったことあるわ」


 人生で二、三回しかインターネットに触れた経験がないらしい。


「で、SNSって?」


「ええと、ネットに上げた写真とか文章とかを、みんなに見てもらうのよ」


「みんなって誰よ。おばさんの友達?」


 あいにくミクシィを引退して以来、沙織がネットでつながる友人はゼロだ。


「インターネットやってる人たち、みんなよ。世界中の人たちって言ってもいいかも」


「世界中って凄いじゃん。おばさんって大手の記者なの?」


「違うわよ。SNSっていうのはね、ただの一般人の書き込みでも、場合によっては世界中の人から注目されるのよ」


「そんなことってあるの」


「ある……らしいわよ」


 ついさっき、若い子にはついていけない……などと愚痴っていた沙織が、なぜか二十歳年下の少女に、聞きかじりのSNSの知識を披露する羽目になっていた。


「今はもう世界中でSNSの影響が強くて、半端なテレビや新聞の情報よりずっと注目される……らしいのよ」


「そうなんだ」


 本当にこの少女は十七歳なのだろうか。SNSも、スマホも知らず、ゲームボーイで遊んでいるZ世代など聞いたこともない。三十年前からタイムスリップしてきたのではあるまいか。


「それって、わたしにもできる?」


 紅子が聞いた。


「え」


「わたしがSNSやったら、このクソ雑誌のクソ記事より注目されるかしら?」


 紅子が、沙織の前座席のシートポケットに突っ込まれていた雑誌の切れ端を指さす。


その見出しには『炎城寺紅子また暴力事件』『外国で日本の恥を巻き散らす若者たち』と書かれていた。


「え、ええ。多分、されるんじゃないかしら」


「ほんと!」


 紅子が紅い瞳を輝かせる。炎が燃えているように見えた。


「いまはアスリートも芸能人も政治家も、有名人ならほとんどSNSやってるらしいわよ。それで、その人たちのファンが十万人とか百万人も見てくれる……らしいわ」


「百万人! 凄い! それなら、もうわたしのこと叩くだけのマスコミなんて必要ないじゃん!」


 そう言ってはしゃぐ炎城寺紅子の笑顔は、無邪気で可愛いらしい。


 そんな彼女の様子を見ていると、沙織も応援したい気持ちになってきた。


「そうね。炎城寺さんならきっと人気者の……えっと、インフルエンサーになれるわ」


「インフルエンサー?」


「ネット上で人気者になった人のことを、そう呼ぶのよ。炎城寺さんみたいな可愛い子なら、絶対なれるわよ」


 そうだ。多少素行に問題があろうとも、炎城寺紅子は世界の頂点をとった天才であり、この機内の乗客数百人の命を救った英雄ではないか。こんな雑誌の三文記事で『日本の恥』などと非難されるいわれはないはずだ。


 この子には、ぜひネットの世界で正しく評価されてほしい。


「で、SNSってどうやればできるの。そのスマホってのを買えばいいの?」


「うーん。本格的にやるなら、スマホよりパソコンの方が便利なんじゃない」


「じゃあパソコン買えばいいんだ」


 さすがにパソコンは知っているらしい。持ってはいないようだが。


「それで、パソコンでどうするの」


「まずSNSのアカウントを……」


「アカウントってなに?」


 そのとき、機体がガクンと揺れた。


 また新たなトラブルというわけではない。目的地――日本の成田空港に到着したのだ。


 話の途中だが、これで紅子とはお別れということだ。


「それで、アカウントっての作って、それからどうすればいいの?」


 紅子はまだ聞きたがっていたが、沙織とてそれ以上詳しくはない。


「ごめんなさい。私もあまりよく知らないのよ。貴女の友達とか家族に、SNSやってる人はいないの? そういうのに詳しい人に相談するのがいいと思うわ」


「ああ。それなら、パソコン博士みたいな奴が一人いるわ。そいつに聞いてみる」


「パソコン博士ねえ……」


 自分も十代の頃はそう呼ばれていたな、と沙織は思った。



 

 炎城寺紅子とは、そのまま空港で別れた。結局、写真もサインも貰い損ねたのは惜しかった。


 それ以来、沙織は彼女と会っていない。


 ひと月ほど経って、沙織はふと彼女のことを思い出し、SNSを『炎城寺紅子』で探ってみた。


 彼女はすぐに見つかった。



 だが――。



 

 炎城寺紅子@Redfaire

『おい! お前昨日の書き込みでわたしの悪口言ってただろ!』


 

 炎城寺紅子@Redfaire

『お前、わたしのこと八百長って言いやがったな! そんなにわたしが弱いって言うなら、勝負しに行ってやるから住所さらせよ!』


 

 炎城寺紅子@Redfaire

『おい逃げんな! 匿名でコソコソ悪口言いやがって! 正々堂々勝負できないのかよ!』


 

 炎城寺紅子@Redfaire

『お前もう殺す! 絶対殺す! 住所突き止めて殺しに行ってやるからな!!!』


 

 炎城寺紅子@Redfaire

『今のうちに遺書かいとけよ!!! おい! こらあ!!!』



 

「…………なにやってるの……あの子……」


 沙織は、今さらながら後悔した。


 ひょっとして自分は、とんでもない狂犬――いや、とんでもない猛獣を、インターネットの世界に解き放ってしまったのではないだろうか、と。

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