本当は笑えるギリシャ神話~智将オデュッセウス編
秋月白兎
第1話 漂流①
トロイア戦争後の事です。生き残ったギリシャの将兵達はめいめい好き勝手に引き上げて行きました。勝手なものですね。よくこれで勝てたものです。
しかし、智将オデュッセウスだけは十年もの間彷徨う事になるのです。トロイア戦争で十年ですから合計二十年家を空けるわけです。単身赴任もびっくりですね。領主がこれだけ不在なら領地はさぞかし……とお思いでしょう。その通りです。オデュッセウスは自分の屋敷を不埒者達に占領されてしまっているのです。アガメムノン王も帰還するや王妃とその愛人に殺害されてしまいます。
結局トロイア戦争は(有名キャラは)一人残らず不幸になってしまったと言っていいでしょう。誰一人として得をしないというえげつない展開です。
さて、問題のオデュッセウスはどんな運命を辿ったのでしょう。彼ら一行はイーリオス(トロイアがあるあたり)から吹く風に流され、まずイズマロスのキコネス人の国に運ばれました。オデュッセウス達は彼らの街を襲い、女や財宝、多くの家畜を掠め取るのですが、住民の逆襲にあってしまい、六人の仲間を失い命からがら脱出します。どこまでも迷惑な連中ですね。というか、一般人の逆襲でこのザマとは……大した智将ぶりです。
今度は北風に二日二晩流されてマレイアの岬を過ぎ、更に九日間北風に流され十日目にロートスの実を嗜む人々の国に辿り着きました。このロートスの実という物は名前からすると蓮の実っぽいですが、その後の展開からすると阿片とかのヤバい物のようです。
具体的には、これを食べた者は全てを忘れてしまい、そればかりを食べたいと思うようになるというヤバい予感しかしない代物でした。明らかに「ダメ、絶対!」な果実です。
偵察に出た三人の部下はそれを口にしてしまい、任務も望郷の念も忘れてしまいました。仕方ないのでオデュッセウスは力尽くで彼らを連れて出航する事にしました。
「い、いややあぁぁぁ! ワシは……ワシはここでロートスの実を食べてホワ~ンとして過ごすんやぁぁぁ!」
「アホ! なに言うとんや、しっかりせんかい!」
などというやり取りがあった事でしょう。胸が熱くなりますね。
次に漂いついたのが一つ目巨人キュクロープス(サイクロプス)の国でした。オデュッセウスが言うには、彼らは横着かつ無法な連中で、不死の神々の力を恃んで蒔きも耕しもしないのだそうです。そう、キュクロープスは神々の血を引いているので不死なのです。ただのバケモノではなかった! 意外ですね。
翌日オデュッセウスは十二人の精鋭を連れて手近なキュクロープスの洞窟を偵察に赴きました。丁度洞窟の主は羊に草を食べさせる為に出ており留守だったのです。どうやら「蒔きも耕しもしない」けど牧畜はするようですね。
オデュッセウス達が洞内の様子を探ると、チーズで一杯の籠が並び、檻には山羊と羊がそれぞれ分けて入れられ、様々な桶や鉢には羊の乳が満ち溢れていたという事です。
そうすると一つ疑問が。このキュクロープス、「巨人」という事ですが、羊の乳しぼりが出来るという事ですよね? ならば巨人と言っても身長が何メートルもある訳ではなく、ちょっとデカいだけなのでは? せいぜいが二メートルちょいとかの。五メートルや十メートルだと、幾ら何でも羊の乳しぼりは無理でしょう。もしも出来るとしたら超絶器用か、羊や山羊がバカでかいかのどちらかです。
それは無さそうなので、やはり二メートル越えあたりなのではないでしょうか。
さて、オデュッセウスの部下達はチーズと家畜をいただいて早くこの島から逃げようと提案するのですが、オデュッセウスはこれを却下。巨人の帰宅を待つ事にするのです。
ああ、なんという事でしょう。さっさと逃げればいいものを、好奇心に惑わされたばかりに彼らはえらい目に遭うのです。私なら絶対にさっさとトンズラしています。
オデュッセウス達が火をおこし、チーズを食べながら待っていると程なくキュクロープスが帰ってきました。巨人は大きな薪を放り投げ、岩で洞窟の入り口を塞ぎます。戸締りはするようですね。感心です。
そして家畜の乳しぼりをすると火をおこし、その明りでオデュッセウス達を発見してしまうのでした。
「自分らは何処の誰や? 商人か? それとも海賊か? ファーッハッハッハ!」
と嘲笑うのです。オデュッセウスが精一杯の強がりで一夜のもてなしにあずかろうと訪れたのだと言ってもせせら笑い、二人の部下を地面に叩きつけて貪り食らい、山羊の乳を飲んで寝てしまうのでした。
オデュッセウス達は為す術もなく泣き叫ぶばかりです。だからさっさと逃げておけば良かったものを……。
巨人が寝静まった頃には気を取り直し剣で殺害しようかと考えますが、このまま始末したのでは入り口を塞いだ岩をどかす事が出来ません。嘆きながら朝を待つ事にします。
朝になるとキュクロープスはまず家畜の世話をします。何だ結構働き者じゃないですか。オデュッセウスのいう事は信用ならないんじゃ……?
それは置いておいて、キュクロープスはまた二人の部下を捕まえて朝餉とします。うう、想像したくないですね……。
そして家畜の群れを駆り出すときちんと岩で出口を塞いでしまいました。これでは逃げられません。何とか復讐したいオデュッセウスは、洞窟内にあったオリーブの大木から一尋(ひとひろ:百五十センチちょい)の棒を切り出し、先を尖らせ火で炙り固くしました。それを洞窟奥の家畜の糞の中に隠し、勇気ある(無謀とも言える)四人を選抜して手はずを整えました。
夕方になると巨人が戻ってきて、まず家畜の世話をします。ここだけなら働き者で済むのですが、やはり二人の部下が夕餉にされてしまいます。ああ、嫌だ嫌だ……。
オデュッセウスが進み出て持ってきていた黒い葡萄酒を勧め、乱暴な振る舞いを窘めるのですが当然の如く聞き入れません。当たり前ですね。キュクロープスにしてみればオデュッセウス達は単なる空き巣です。その上この島は無法地帯。生殺与奪は圧倒的強者たるキュクロープスの手にあるのですから、空き巣の説教など聞こう筈がありません。
やがて酔いが回ってきたのか、キュクロープスはオデュッセウスの名前を聞きました。
「なら教えたってもええが、その代わりに何かええモンを貰えるか? ワシの名前はウーティスや」
「さよけ。ほな自分は最後に喰ったろ。それがおんどれにくれてやるええモンや。どや、嬉しいやろ。だーっハハハハ!」
と答えた途端に眠り込んでしまいました。不自然な展開ですね。きっと「黒い葡萄酒」に何か混ぜていたんじゃないんでしょうか。普通は葡萄酒って黒くはありませんし……名前も偽りですし、不穏な気配満載です。
オデュッセウスは仲間を励まし(或いは唆し)用意しておいたオリーブの棒を火に突っ込んで焼き、部下達と共にキュクロープスの眼にフルパワーで突き刺し、更に力任せにグリグリとねじ廻したのです。
ああ、なんと残虐な事をするのでしょう。キュクロープスの一つしかない眼にそんな事をするとは。お互いさまと言えばお互い様ですが。いやしかし、こんな事が通用するとは……やはり十メートル級の巨体なんでしょうか。良く分かりません。
オデュッセウス達は素早く洞窟の奥に隠れ、キュクロープスが痛みのあまり暴れるのをやりすごします。するとキュクロープスが大声で仲間を呼ぶではありませんか。これは大ピンチです。一体のキュクロープスでもヤバい事この上ないのに、二体三体と集まれば絶望以外ありません。
しかしここでオデュッセウスの知略が生きるのです。
「ポリュペーモス、どないしてん? こないな夜更けに大声で騒いどったら眠れへんやろ。誰かが悪さでもしてるんか?」
「悪さどころやない! ウーティスがワシを殺そうとしとるんや!」
この「ウーティス」がポイントです。ウーティスとは「誰も~ない」という否定の意味なので、「誰も殺そうとしていない」という意味になってしまうのです。オデュッセウスがやっと智将らしいところを見せましたね!
「なんや、『誰も殺そうとしてない』んなら何かの病気やろ。親父のポセイドンにでも祈らんかい」
と、近所のキュクロープス達は帰ってしまいました。近所のキュクロープスというのも凄い話ですが、そういう島なんですから仕方がりません。
ポリュペーモスは刺さったオリーブの棒を抜き取り、洞窟の入り口に座り込み、出ていく羊の背をまさぐってオデュッセウス達を見つけようとするのです。意外と頭を使ってますね。
対するオデュッセウスは柳の枝を使って羊を三匹ずつ一組にして縛り上げ、その腹に仲間を一人ずつ隠して運びだします。自分は一番大きな牡羊の腹にしがみついて洞窟を脱出するのでした。
全員が難を逃れた頃にはもう、夜が明けていました。
船に戻りつくと、策に使った羊たちを大量に船に乗せて出航します。今度は羊泥棒ですね……。もうキュクロープスの方が被害者に見えてしまいます。
さて、幾分船が岸から離れた頃、オデュッセウスはポリュペーモスの名前を叫び、思いっ切り罵ります。余計な事をしますね、この智将は。
「おいキュクロープス、おんどれの無様な負傷の原因を聞かれたらオデュッセウスにやられたんや~と言うがええわ。なーっハハハハ!」
ああ、なんという事でしょう。よりによって自分の本名まで明かしてしまうとは。まったくの「要らん事しい」ですね。智将が聞いて呆れます。
「なんちゅう事や、旧い予言の通りや。ワシはオデュッセウスちゅう男に盲目にされるやろうっちゅう予言を受けとったんや。さぞや大男で怪力の主か思うとったけど、まさかこないなドチビでしょうもないヘナチョコやとは思わへんかった! さぁ戻ってこい。ええモンやるさかい。ついでにおんどれの航海の安全をポセイドンに祈ったる。ポセイドンはワシの親父なんやぞ!」
尚もオデュッセウスが言い返すと、ポリュペーモスは父なるポセイドンに「オデュッセウスにあらん限りの災いが降り注ぐように」と祈るのでした。
ヤバいです。神様は身内に大甘という法則がありますから、この祈りは最優先で聞き届けられる事になるのです。
さて、この後オデュッセウス達は「出発した地点に引き返して豊かな肉と葡萄酒で終日宴をはった」とありますが、まさかキュクロープスの島には帰らないでしょう。ではイーリオス? 幾ら何でもトロイア戦争の地までは戻らないでしょうし……ならばロートスの実を食べる人の島? それもすぐに戻れる距離ではないでしょうし……。距離的にはキュクロープスの島ですが……リスクが高過ぎるのでは……。智将ならではの「裏をかく」というアレでしょうか。
その後、一行は風を司るアイオロスの島に到着しました。彼等は一カ月に渡り彼らを歓待し、出帆が近付くと牡牛の革で作った袋にあらゆる逆風を封じ込めてあげるのです。いい人……いや、いい神様ですね。
そして「この革袋を開けたらえらい事になるから、絶対に開けたらあかんで?」とオデュッセウスをきつく戒めました。もうフラグ成立ですよね、これ。
案の定、十日目に疲労でつい眠ってしまったオデュッセウスの隙をついて部下が袋を開けてしまうのです。九日間に渡る不眠・不休の努力がオジャンになった瞬間です。
部下達は何も聞かされていなかったらしく、「あの中にはお宝が入っとるに決まっとるで!」となったのです。最初から言っておけば良かったのに……それで信じなかったらオデュッセウスの人望が知れるというものです。
これまでの分の逆風をまとめて受けた船はあっという間にアイオロスの島に戻ってしまいました。さすがのオデュッセウスも今度ばかりは絶望して死を選びかけましたが何とか思い直し、恥を忍んでアイオロスに再度の助力を頼むのです。が、風の神は打って変わった態度に出ました。
「こらもう、おんどれが神々に憎まれてる証拠やわ。とっとと帰らんかい!」
と、揉め事に巻き込まれるのはご免被るとばかりの冷たい応対だったのです。
仕方なく風一つもない海を延々と漕ぎ続け、七日目に海上に突き出した岩の島ライストリューゴネス人の都に着きました。この国には夜が無く、一日のほとんどが昼という白夜状態でした。地中海沿岸にそんな自然現象は有り得ないので、きっと神々の力による現象なんでしょうね。
オデュッセウスが部下のうち三人を選んで偵察にいかせたところ、この国の王女が水を汲んでいるところに逢い、宮殿に案内してもらいます。そこで山のように巨大な王妃に出会い度肝を抜かれます。そして王妃が夫のアンティパースを呼び、王は仲間の一人を捕らえて食ってしまいます。よく食われますね、まったく……。
これを見て驚いた残りの二人は命からがら逃げのびて船に知らせました。大急ぎで綱を切って出航しますが、王の呼び声に応じて集まった巨人たちが大岩を雨あられと投げつけ、味方の船は次々に撃沈され、残ったのはオデュッセウスが乗る一艘だけという有様でした。そして溺れる乗員たちは巨人の手で魚の如く串に刺され、持ち帰られてしまったのです。何とも悲惨ですね……。
よく考えたら王女は普通の身長だったという事になるのですが、そうすると成長率が凄いという事なんでしょうか。謎の島ですね……。
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