初恋ジンジャーエール カフェから始まる物語1

ゆうき

第1話

「はぁ……。やっぱりすごいな」

 大学進学のため上京してきた優にとって、東京の生活は未だに慣れない。夕飯を外で食べようと家を出ると、時計は八時を回っているというのにその明るさ、往来する人の多さに驚いてしまう。目に入った二十四時間営業のファミレスでとりあえずドリンクバーを頼み、ドキドキしながらボタンを押して注いだオレンジジュースにはさっきから一度も口をつけていない。

「明日、学校行きたくないな」

 ストローでくるくると氷を回しながらぼんやりしていると、つい嫌なことを思い出してしまう。

 長野の山奥で育った優は自然が大好きな女の子だ。大学で経済学を学び、過疎化の進む地域を元気にしたいと使命感に燃えて上京した。いよいよ初めての授業が始まる日。先生に聞きたいことをたくさんメモして意気揚々と教室に入ったとき、そこで初めて他の学生たちの様子を見たのだ。地元にはほとんどいなかった、同い年の同級生達。女の子たちは皆とっても大人っぽい。足にぴったりとフィットしたジーンズをはいている子、キラキラ光るピアスを付けている子、緩くパーマをかけた髪をサイドに流してふわふわの髪飾りで飾っている子――。

(本当に、私と同い年の人たちなの?)

 ゆっくりと自分の服装を見下ろすと急に恥ずかしくなってきた。初めての授業だから、今日は気合いをいれて一番お気に入りの格好をしてきたつもりだった。背丈が中学時代からあまり変わらなかったため、何年か前の誕生日に買ってもらったゆとりのある(言い換えればダボッとしている)ジーンズ、色が気に入ってずっと愛用している水色のチェックのシャツ。化粧はおろか、髪も頭の後ろで一本にぎゅっと縛っただけだ。急に居心地が悪くなり、回れ右をしようとしたその時だった。

「君、このクラスだよね。こっち来たら?」

 近くで仲間たちとおしゃべりをしていた男の子が声をかけてきた。つられて周りにいた子たちも一斉にこちらを見た。男の子の隣で楽しそうに笑っていた女の子は驚いたように目を大きく見開き、優を無遠慮に上から下までじろじろと眺めると、ぷっと吹き出した。ほかの子たちも似たような反応だった。カッと顔が熱くなるのを感じた。

「私、窓際が好きなの」

 聞こえるか聞こえないかの小さな声でそれだけ返すと、逃げるようにそこから離れた。空いていた席に着いたが、さっき笑った女の子がまだこちらを見ているのを感じ、急いで教科書をだして一生懸命読んでいるふりをした。

 その日は一日中そんな調子で、アパートに帰り着くやいなやベッドに倒れ込んだ。寝転びながらポケットに入れっぱなしにしていた、買ってもらったばかりの携帯電話を見ると一件留守電が入っている。

『今日から学校だね。頑張りすぎないようにね。具合が悪くなったりしたらすぐ電話するのよ。じゃあ、またね』

 優しくて大好きなお母さんの声だった。東京の大学に通いたいと伝えたときから一番の協力者になってくれて、一緒に学校を調べたりアパートを探したりしてくれた。その懐かしい声が電話を通して聞こえてきたとき、とてつもない寂しさが込み上げてきた。既に上京している兄がいたが、忙しい人なので何かあったらお母さんに言いなさいと言われていた。今すぐ電話をかけたくなったけれど、最初の一ヶ月間は弱音を吐かずに頑張ることに決めていた。初めての生活で何もかもが順調にはいかないことは予想済みだ。優は携帯をしまい、布団に潜り込むと少し泣いた。

 あれから二週間。未だにクラスの誰とも話ができていない。いつも授業は窓際の席に一人で座り、終われば真っ先に教室を出た。もちろんお弁当も一人で食べている。今の自分にとってはこれが精一杯だった。しかも、これからの生活のことを考えるとそろそろバイト先を探さないといけない。

「はぁ。前途多難……」

 のろのろとメニューを眺めると、カレーライスに決めて呼び出しボタンを押した。

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